表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
好きを取り上げられた王子様は  作者: 喜楽直人
第二部 王太子教育
51/128

2-2-7.



「よし。寝るか! すみません、侍従どの。開いている客間に泊めて頂けるとのことですが、案内して頂いてよろしいですか」


「はい。かしこまりました」


 廊下で控えていてくれた侍従に声を掛け、そのまま先導を受ける。

 明日に備えて、体調を整えねば。


 ベッドに入る前に、サーフェス団長に伝えた分も含めて今夜あった事を紙に書き出していく。


「国王陛下から『妃にする相手は、ちゃんとお前が好きだって思う相手を選びなさい』と言われたと、ディード様は泣き出し……いや、ここは書かなくてもいいか。殿下も、知られたくない事かもしれないし。いや、陛下にご自身の軽はずみな発言を反省して貰う為にも、お伝えすべきだろうか。しかし」


 うーむと悩んで、ペンを机に放り出す。


 頭に、あの涙が、思い浮かぶ。


「ディード様の涙。金色の真珠みたいだった」


 神秘的な金色の瞳から溶けだし生れ落ちる金色の真珠のような光の粒が、温かくブレトへ降り注ぐ。

 月の光を浴びて輝く白金の髪は流れ落ちる星々の軌跡のようですらあったし、溢れ出る涙は、それ自体が奇跡のようだった。


 ──ずっとそのまま見ていたいと思うほど、美しい。


 そこまで考えて、なんてことを考えたのだと頭を勢いよく振って、その記憶を引き剥がす。


「なんと不敬なことを。考えなくちゃいけないことは他に沢山あるっていうのに」


 気持ちが昂っていたからだろうか。少しぼかしていたものの、サーフェス副団長には、摘み取られた薔薇(ピケットローズ)に関して伝えることはできた。

 しかし明日、陛下の前で、それを説明できるだろうか。

 もっと詳しくと言われたとして、それが自分にできるだろうか。


「ディード様に恥をかかせない説明の仕方を考えなくちゃ。こればっかりは無理だなんて言ってる場合じゃないぞ」


 問題だらけの王太子殿下の大脱走。

 自分があまり口が巧い方ではないと自覚している。どう上手く説明するべきなのか。頭を抱えたまま夜が明けていく。


 結局、一睡もすることはできなかったし、ベットに横になることすらできなかった。




 そして、眠れなかったのはブレトだけではなかった。


 ブレトからの聴き取りを終えたふたりとディードリク殿下を寝かしつけた侍従長は、慌ただしくその調書の裏を取るために奔走していた。


 馬鹿正直にいきなり本人を呼び出す訳にもいかず、仕入れ記録やメニュー記録、ディードリク殿下周辺の担当人員記録などを丁寧に調べ、状況証拠を積み上げていく作業は時間が掛かると思われた。


 しかし、思いの外長く誰にも気づかれないまま続いてしまっていたからだろうか。それとも本気でこれがディードリク殿下の王太子教育として正しいことであると信じ切っていたからなのか。隠ぺい工作も何もなく、ディードリク殿下の為の食事の予算が別の帳面にきっちりと纏められているものが見つかった。

 仕入れも隠れてしている訳ではなく、最高級の豆や香料が数多く納入されていた。


 なにより、更なる情報を極秘に集めようと忍んでいった夜中の厨房で、ひとり満面の笑みを浮かべながら豆をすり潰している料理長を発見したサーフェス副団長は怒りのまま厨房へ踏み込み、彼を捕縛。そのまま地下牢での尋問を開始した。

 それにより、毒見役や給仕に対するディードリク殿下用の食事に関する申し送り書まであるのが分かった。

 そこには至極当然のように「特別食が供給されているので、味については不問とすること」とされており、ドラン師のサインが書かれていた。


 あまりに大胆な行動だった。大胆過ぎて盲点だったともいう。


「気が付かなかった我らが抜けているのか」

 王城内でこの件に係わった者が多過ぎる。王宮医師長と侍従長は自らの不明を恥じ頭を抱えた。


 関係者一同を処罰するにしても、王宮内で内密に処理するには薄く広がりすぎていて、取り調べを行う手も足りなければ、収監する場所も足りそうにない。


 そして本丸となるドラン師は、他国にも弟子が多く当然孫弟子まで数えれば膨大となる。事情聴取をするにしても名目をハッキリさせない内は手を出しにくい相手だ。


 そこでやはり眠れずにいた陛下への報告が夜が明ける前になされた。

 



「……以上が、ブレト・バーン近衛隊長からの聞き取りを受けた上で行った調査の結果となります」

「ううむ。まさかあのドラン師がこのような教育を施すとは。いやこれは本当に教育なのか?」

 書き出された食事の内容や、授業の内容など、資料を読み進んでいくほどに国王が絶句する。その顔が段々と国を治める治世者のものではなく、父親のそれになっていく。

 自ら選んで息子の教育を任せた相手の暴走は、目も当てられないほどの有様だった。


「私もまさかとは思いましたが、納得するものもあるのです。ディードリク殿下の成長曲線は、我が国の王族としてもあまりにも低い」

「そうだな。子供の頃の私も貧弱ではあったが、あれほど細くはなかったと思う」

「しかし、ディードリク殿下はお強いです。あの強さは本物です」

「魔力で体力や筋力を補完しているのかもしれません。あの御方の魔力量は歴代最高を誇ります故」

「なるほど。それはあり得ますな」

「ドラン師からディードリクの魔法は安定していないと心配されたことがあるのだが、そこに原因があるのかもしれない。なんと本末転倒なことか」


 そこまで会話をしたところで、何とも言えない微妙な無言の時間が生まれた。

 突然明らかにされた前代未聞の王太子教育という名の王族への虐待行為。

 どう対処するべきかを考えなくてはならないのだが、どうしても、それに気が付かなかった自分の不明が悔やまれる。そうして相談して貰えなかった情けなさもあり、心が落ち着かないのだ。


「ディードリクが起きてくるまではまだ時間があるだろう。一度、持ち帰って頭の中で整理する時間を取ることにしよう」


 王がため息まじりにそう告げれば、ふたりが素直に頭を下げたのだった。


 だがもうひとりが、どうしてもと意見を上げた。


「解散する前に、もうひとつ気になることがあります。さきほどのディードリク殿下の魔法が安定しないという話にも通じることかもしれません」

 声を上げた割に、サーフェス副団長はそこで一度言葉を切った。

 そうして思い切った様子で、その疑義を口にする。

「私の知る限り、ブレト卿の情緒はいつだって安定していました。それがディードリク殿下との会話を思い出させただけで、まるで別人のように不安定な様子になりました」

「それがどうした。自国の王太子が虐げられていたという異常事態だ。少しくらい不安定になってもおかしくないだろう」

「……はぁ。そちらはもう少し様子見をしてからにしたかったのですがなぁ」

 ちらりとサーフェスの方を睨んで、医師長は言葉を引き受けた。

「だが確かに、私の聴き取りの際も、突然泣き出されていましたよ」

「医師長もおかしいと感じたということか。そういうことはきちんと報告して貰わねば困る」

「議題が多過ぎると頭が混乱します。なにより、デリケートな問題ですしなぁ。今回の件とは別に扱いたかったのですよ」

「だからその、デリケートな問題とは、どういうことだ?」

「ディードリク殿下の魔法を見破れたのも、ブレト卿のみだということです。つまり……」

「いやまさか。……ふたりは男同士だぞ?」

「えぇ。ですが、過去に例がない訳でもありません」

「それに……それに、ブレト・バーンはディードリク付きの近衛隊の隊長であろう。長年傍にいて、これまで気が付かないものなのか? それと、なぜ昨夜突然そのように大きく反応が出たのだ」

「近衛であろうとも、王族の御方を素手で触れることはないでしょう」

「基本的に、制服の革手袋をしていますからね」

 サーフェス副団長の補足に、医師長は頷いて己の推測を続ける。

「昨夜、ブレト卿はディードリク殿下を安全に確保しお連れする為でしょうが、腕に抱えて帰ってきたとお聞きしました。傍にいても分かる筈なのでしょうが、触れ合えば、『魂が共振する』と言われております」

「なるほど。ようやく魂がその相手を見つけたのに引き剥がされたので、情緒が不安定になったのか」

 サーフェス副団長が無邪気に受け入れられるのは、もしかしたらと思っていたからなのか、所詮血の繋がりがないからなのだろうか。


 しかし、この場で唯一、最も濃く血の繋がっているひとりは、穏やかに受け入れることは難しいようだった。


「それは……ううむ。なるほど。そういうことも、あるのかもしれんな」


 ふうと大きく息を吐き、この国でもっとも高貴な男が椅子の背に身体を預けた。

 いや、今だけは父親としてなのかもしれない。

 前例があるということと、自分の息子が、というのはまるで別物だろう。


「それにしても、王家の方に魔力の相性が良いお相手が見つかるなんて久しぶりですな。前は山が割れた時に見つかったんですよね」

「なんだそれは」

「あれ、王家に記録は残ってないんですか? 曾祖母がお相手の家の出身だったので幼い頃から聴かされてたんですよ。『大雨が続きた土地への視察へ当時の第一王女様が訪れる途中で、山が割れ崩れた。まるで木々が斜面を流れ落ちるように王女様の乗る馬車へと襲いかかった時、地元の兵士として同行していた大叔父さまと、ふたり心をあわせて祈ると辺り一面へと魔力が迸り、まあるい何かに覆われたそうです。全てが終わった時には土砂崩れにより何もかもが流された真ん中で、王女様の隊列だけが残っていたと。そうして子爵家の大叔父は王女様の伴侶になった』そうですよ」

「子爵家……そうか、曾祖母様はアール家の出身か」

「その際、伯爵位へと昇爵して頂いたとか」

「そういえば、王家に関わらず魔力の相性が良い相手が見つかる時は何らかの危機に直面した時が多いそうですな。初めて公に認められた方々も大規模な噴火が原因でしたな」


 最も古く残る魔力の相性がいい相手に関する資料にもう一度目を通さなければと王は考えた。それ以外の本も集めなくてはいけないだろう。


「なるほどな。これは……明日は色んな意味で、心しておかねばならぬようだ」




年内最後の更新です。

皆様、よいお年を



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ