表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
好きを取り上げられた王子様は  作者: 喜楽直人
第二章 ディードリク・エルマー・グランディエ 第一部 摘み取られた薔薇
44/128

2-1-38.



「無理です」

「なんで?」


「無理だから、ですかね」

「んー? 何が無理なの」


「無理だからですね」


 何度聞いても「無理」といって首を振ってばかりいるブレトと押し問答している内に、なんだか妙に楽しくて仕方がなくなってくる。


 つい先ほどまで、あれほど悲愴感に溢れた気持ちでいっぱいだったのに。


「だから! 何がどう駄目なのか聞いてるんだってば」


 手を伸ばしても嫌がられなかったことに励まされ、ブレトの首にしがみついてダダを捏ねる。


 目線も合わせてくれないし、目も閉じたまま首を振るばかりのブレトだけれど、こうして触れていることは嫌がられていないのが分かる。

 うだうだ絡んで、拒否されてるのに、嫌がられてなくて。何が何だか分からない。けれど、とにかく嬉しくて楽しいのだ。心が弾む。


 いつまでだってこうしていたかったけど、タイムリミットはある。


「あー、えーっと。そうそう、それでですね。“摘み取られた薔薇(ピケットローズ)”も“ロザちゃん”に関しても、もう良いですよね?」


 そう。ここはブレトの個人で借りている部屋だ。

 僕は僕の居場所に戻らなくちゃいけない。


「そうだね。ある意味で、この世の真理がある場所ではあるんだろうけど、僕が知りたい物とは別物だってブレトが教えてくれたからね」


「それと……俺の方から、今日のことについて上へ報告を上げなくてはいけません」

「それは、そうだね」


 こくん、と頷いた。

 僕はすべてを欺いて、勝手に王城を抜け出して夜の街へと繰り出した。

 それについて罰を受けなくてはいけないのは分かっていた。


 僕が求めた賢者様は王都にいなかった。

 全部僕が勝手に頭の中で創り上げた幻だった。

 そう考えると、あれほど懸命に禁止魔法まで使えるようになっちゃった努力の方法もすべてが明後日すぎて、恥ずかしくて死ねる気がする。


 けれど、一緒にそれを探してくれそうな仲間は見つけられたから、それでいいんだ。


 こんなに身近にいたなんて。吃驚だ。

 僕の為に思い出しただけで涙するような恥ずかしい過去を話して聞かせてくれるなんて。


「口説くのに時間掛かりそうだけど。誕生日に間に合わなかったとしても、まぁいいか」


 だって今は嬉しいから。


 間接照明といえば聞こえは良いけど、壁に取り付けられたランプの明かりはちいさくて、窓から差し込む月灯りの方が明るいくらいだ。

 ソファとテーブルがあるだけの部屋は、ここで大きなブレトが寝泊まりできるのか心配になるほどの広さしかない。

 まさか床に転がって寝てるのかな。今度連れてきて貰う時に、聞いてみよう。


 きっと僕は、今日あったことを一生忘れないだろう。


 無様に逃げ出したことも。

 王城を抜け出した開放感も達成感も。

 男たちに追いかけ回された恐怖も。

 休暇中のブレト・バーン隊長に見つかった絶望も。

 弱音をはいて、眉を顰められなかったことも。

 ブレトの教えてくれた、この世の真理についても。

 誰かにダダを捏ねて、それを邪険にされない幸せも。


 色んな事、ありすぎな一日だった。


 苦しいばっかりだった毎日を、塗り替えることができた。そのすべてを。


「なにか言いましたか?」

「ううん。何でもないよ、ブレト。王城へ、一緒に帰ろう?」


 いつか。僕が完璧なんかじゃなくて、魔法の使い方にムラがあるような欠陥品だってことも、ブレトになら言える気がした。

 凄いって褒めて貰ったことは嬉しかったけど。本当の僕を、いつか知って欲しいと願う。


 そしてそんな僕を、ブレトは受け入れてくれるような予感が、した。


「もうちょっとだけ、甘えさせて」

「え? しょうがないですね、このまま連れて帰って差し上げますよ」


 僕の言葉を勘違いしたブレトが笑って言った。


「うん、ありがとう」


 ぎゅっと抱き着いて、このまま連れて帰って貰うことにする。


 ふたり一緒に、入って来た時と同じように部屋を出る。

 けれど、帰り道はまるで来た時とはまったく別物だった。


「ちょっと失礼しますね」

「?」


 あのにぎやかな街を通り抜ける時、ブレトが一軒の出店に立ち寄った。


「ここのは格別なんですよ。殿下もおひとつどうぞ」


 差し出されたのは、綺麗な色をした飴玉だった。

 琥珀色をした飴の中心に果物が透けて見える。色とりどりだ。


「綺麗」


 青い色をした物を一粒抓んで目線の高さに持ち上げてみれば、篝火を受けた飴玉はまるで宝石のようだった。


「ブルーベリーは、出始めの物だから酸味が強いですけど、飴の中に入ってると甘さと酸味のバランスが丁度良くて美味しいですよね」


 そう笑った瞳は、篝火のせいなのか少し赤味を帯びていて、飴玉と同じ色に見える。


 ぽいっと口にして齧った。カリッとした甘い飴は軽やかに弾け、柔らかなブルーベリーの果汁が口の中に広がった。爽やかな酸味。


「あまい」


「飴ですからね」


 笑って言うブレトに、僕の言葉の本当の意味が、伝わらなくて良かったと思う。


 僕は、連行されて強制送還されるんじゃない。

 ブレトと一緒に、帰るんだ。





第二章第一部完


といっても普通に次話に続きます。

更新日もそのままですー

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ