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好きを取り上げられた王子様は  作者: 喜楽直人
第二章 ディードリク・エルマー・グランディエ 第一部 摘み取られた薔薇
43/128

2-1-37.



 なのに。


「無理です」

「なんで?」


 即座に却下されてしまい、引っ込んでた涙が再び滲んでくる。

 潤んでいく視界のままで見つめていると、ブレドが詰めていた息を吐いた。


「あー……その、コホン。ディード様に、この世の真理をお教えしましょう。俺がこの歳まで生きてきて、ようやく掴んだ(ことわり)です」


 目線を彷徨わせ、落ち着かない様子でとても言い難そうに話す。どことなく声もいつもと違う気がする。


「この世の真理?」


 なるほど、と告げられた言葉にひとつ頷いて姿勢を正した。

 それは確かに話し出すのを躊躇っても仕方がないだろう。それに大きな声で話す訳にはいかないのは当然だ。


 僕は、ブレトの言葉を一字一句聞き漏らさないように真剣に向き合った。


「いいですか? まず、恋はひとりで出来ます」

「恋はひとりで出来る」


 頷くブレトは渋い表情をしていて、まるで一子相伝の秘伝を漏らそうというかのような厳かな雰囲気を醸し出してさえいるブレトに、メモを取りたいから筆記用具を出すので待ってくれと言い出せなかった。頑張って暗記するしかない。思わず復唱する。


「恋愛は、ひとりではできません。相手にも自分に恋をして貰うことで出来るようになります」

「?」

「つまり、ひとりでは出来ないってことです」

「恋愛はひとりでは出来ない」


「恋愛関係をお互いに育てていくことに成功すると、愛が生まれます」

「育てないといけないんだ」

「そうです。それもお互いに育て合うんです。相手の想いを」

「育て合うの?」


「好きだ、と思うだけで恋はできます。けれど愛はそれだけじゃ育たない。差し出してくれた心を栄養にして恋は愛へと育ちます。同じように、相手に差し出した自分の心を栄養に、相手の恋は愛へと育つんです。片方だけが育っても駄目です。差し出すばかりでは心が死んじゃうんで」


「心が、死んじゃう」


「えぇ、死んじゃうんです。つまり何が言いたいかというとですね、俺の好きは萎んじゃって、死んじゃったんです。愛は育てられなかった。そんな俺には、好きを教えることなどできないってことです」


 それまで、どちらかというと淡々と説明を続けていたブレトの言葉が途切れる。

 催促できる雰囲気でもなく、むしろあんまりにも辛そうに顔が歪んでいくから、もういいよって言おうと思ったんだけど、ちょっと息を吐いて気持ちを持ち直したのかブレトが言葉を続けた。


「なによりですね、好きを成就できて、更にお互いに心を交換することもできて、愛を育てることに成功した者たちというのは、結婚するんですよ。永遠を誓い合う」


「永遠を誓い合う」


「そうです。つまり、今現在結婚適齢期を過ぎても独り者でいる俺は、好きを成就できていない。好きを失って……うしなっ、うっ」


 説明を再開したブレトの瞳に、薄く涙の膜が張っていくのを見て、動転する。


 大人でも、ブレト・バーン隊長ほどの大人の男の人でも、過去に失った恋を思って泣くんだ。


 困った顔をして見せていても、落ち着いて対処に当たる青い瞳が、揺れている。


 かわいい──とてもじゃないけど、大人の男の人であるブレトに対して感じるべき感想なんかじゃないんだけれど。ちょっと間違っているような気がしないでもないんだけれど、それ以外に言い表せない感情が湧き上がってくる。


 それは、僕の心に不思議なきらめきをもって突き刺さり、いつまでも消えそうになかった。


 慰めたくて、そっと黒髪に手を伸ばした。


 僕の銀色の髪と違う、少し硬い手触りのその髪は、短いこともあって指先を擽る。

 意外にも心地よい感触に、僕こそが夢中になってしまいそうになる。けど、今は目的が違うので!


 少しは慰めにならないだろうかと、よこしまな気持ちを封じて、真剣な気持ちで撫で続けた。


 しゅんとしたまま目を閉じてしまったブレトに、先ほどとはちょっと違う提案をすることにした。



「そうか。つまり、ブレトもいまは好きが分からなくなってるんだね。じゃあさ、じゃあブレト。僕と一緒に、好きを探そう?」




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