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「むさくるしい部屋ですが、どうぞ」
招き入れられた扉の向こうは、想像していた以上に狭く見えた。
部屋に奥行きはあるものの、幅は廊下に並んだ扉の間隔とほぼ同じ位しかない。
部屋の奥に間仕切りがあって、そこに水場関係が集められているようだ。
生活空間としては、その手前のみ。そこへソファとテーブルが置いてあるだけの簡素な部屋には火の気も、人の気配もまるでない。
そのことに心の底からホッとした。
とりあえず待っていた人を追い出すことはしなくて済むらしい。
──そういえば、ブレト・バーン隊長には恋人とかいないのかな。
結婚していない事は知っている。婚約者がいないことも。
けれど、それとお付き合いしている人がいるかどうかは別の事らしい。それ位は、知っている。
部屋に灯りを点し、浄化を掛けて回っているブレト・バーン隊長を見下ろす。
本人はよく自分のことを伯爵家の三男坊などと自虐を込めた自己紹介をよくしているようだが、近衛に入っている時点でこの国ではエリートである。近衛隊を卒業して、軍へ戻っても上位の役職に就けることは間違いない。
武力を認められ、知力を認められ、見目麗しくなければ推薦は受けられないのだから。
近衛にいると王城に泊まり込むことになるので、結婚するとなると家族と別れて暮らすことになる。いない訳じゃないけれど、新婚の内は厳しいらしい。
だからこそ若い内に所属して、卒業していくのだけれど。
「あー。少し、待っていてください。お茶位ならお出しできると思います」
「あ。あぁ、いや、いい」
「え? 話し合いの時に飲み物はあった方が良いと思うのですが」
しまった。飲み物について問われたのか。
きっと実家には見合いの申し込みが殺到しているんだろうな、なんて考えていたところで話し掛けられて、何を問われたのかすら考えず反射的に否定してしまった。
恥ずかしさに、ブレトの肩を掴む手に力が入った。
「お茶もなにもいらない。近衛隊長を信じていない訳じゃないし、僕には毒も効かないけれど、何かあっては迷惑を掛けることになるから」
「なるほど」
できるだけ表情を変えないように取り繕いつつ、取ってつけたような言い訳をしたけれど、素直に受け入れらえてしまった。お陰で居た堪れなさに拍車がかかる。
視線を合わせることもできないでいると、「座っていいでしょうか」と聞かれたので首肯することで答えると、何故だかそのまま腕に抱きかかえられたままソファに座られてしまった。
あー、逃げられないようにってことなのかな。
逃げないのに。とりあえず、摘み取られた薔薇のロザチャン様に関する情報を教えて貰うまでは、絶対。
どうやって切り出そうかと悩むこともなかった。
近すぎる距離に戸惑ったのは、僕だけじゃなかったらしい。
視線を泳がせたブレト・バーン隊長は、早々に本題に切り込んできた。
「えーっと。それで、その。殿下は“摘み取られた薔薇”について、どの程度の知識をお持ちですか?」
「殿下と呼ばなくていい。ディーまたはディードと呼んでくれて構わない。僕も近衛隊長を、ブレトと呼ぶから」
自分で距離を置いてやると決めたんだけど。
このままでは会話の主導権が取れそうにないので、少しだけ揺さぶりをかけるつもりだったんだけど。
話している最中に、自分の頬が熱くなっていって、困る。
生まれた微妙な間を破ってくれたのも、ブレト・バーン隊長、……ブレトだった。
「わかりました。では、ディード様。コホン。“摘み取られた薔薇”について、どの程度の知識をお持ちですか?」
仕切り直しのつもりなのか軽い咳ばらいをしたブレトに再び問い掛けられ、覚悟を決めた。




