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好きを取り上げられた王子様は  作者: 喜楽直人
第二章 ディードリク・エルマー・グランディエ 第一部 摘み取られた薔薇
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2-1-32.



「ホント、無理すぎる」


 ちいさく呟くブレト・バーン隊長の声には、気付かない振りをする。表情を見る勇気もない。


 不本意で、当然だ。


 せっかくの休暇中に、部下に任せたはずの護衛対象である王太子が、ひとりで夜の繁華街でふらふらしていたのだから。

 明日まで休みの筈なのに、登城しなくてはいけないのかと頭の中で予定変更の算段を付けているのだろう。


 迷惑を、掛けている。


 それは重々分かっているけれど、ここで引き下がる訳にもいかない。

 どこまで僕の側の事情を隠せるかも分からない。

 けれど、できることなら、情けない僕の実情を説明することなく終わらせたい。

 実際の所、僕はどこまで話せるだろう。

 どこまで話せば、ブレト・バーン隊長は、僕に賢者ロザチャン様について教えてくれるだろう。


 いいや、僕は、情けない僕をこの人に曝け出せるだろうか。


 腕に乗せられ膝を抱えられたまま、夜の王都をゆく。


 一応は成人している僕を腕に乗せているというのに、疲れなど一切感じさせないその足取りは軽い。


 まっすぐ迷うことなくギョルマクの細い路地を進んでいく。


 いつか、僕もこんな風に颯爽と歩けるようになるのだろうか。


 なれるだろうか。


 分からない。なにも。





 ブレト・バーン隊長が足を止めた先にあるのは、まるで壁のような建物だった。


 隣の建物と一体化しているのではないかと思うほど、建物同士の間に隙間がないくて、全部がひとつの建物みたいだった。

 使っている煉瓦の種類も色も違うのに、なぜか建物自体の高さや窓のある位置が一緒なせいだろうか。不思議な統一感がある。


 その中のひとつに近付くと、ブレト・バーン隊長は腰のポーチから鍵束を取り出し、誰に声を掛けるでもなく入っていく。


 勿論、僕を腕に乗せたままだ。


 玄関を潜った先に続く廊下の両側に、ちいさな扉がいくつも並んでいるのが見える。

 けれど僕たちはその廊下を進まず、右手にある折り返しになっている木製の階段を上った。

 ……僕の場合は、運ばれているというのが正しいかもしれないけど。


 建物の中を歩いているのに、階上や、建物の外の音が直に響く。

 それだけじゃなくて、一歩ごと段を上る度に階段がギシギシと鳴くので、崩壊しないか少しだけ不安になった。

 視線を上へと向ければ、階段はずっと上まで続いている。

 あまり上層階には行きたくないなと思っていると、2階まで上っただけで済んでホッとした。


 ブレト・バーン隊長が黙って廊下を進んでいくので、僕は落ち着く為にも、建物内を観察することにした。

 廊下の両側にそれほど離れていない間隔で同じ形の扉が並んでいる。

 僕の私室の続き部屋より近い間隔しかない。

 見慣れない構造が面白い。


 どうやら、扉ごとに借りている主が違うらしい。それぞれに表札がついている。

 そのどれもが、名字がない場合がほとんどだ。

 同じ名前だったらどうするんだろうって思ったけれど、部屋ごとにマークが入っていることに気が付いた。

 全部の部屋で違うマークを考えるのは大変そうだと思ったけれど、1階、2階で同じマークであっても何階のこのマークの○○とすれば、宛先を間違うこともないのか。

 でも、階を間違えたら悲惨そうだな、と想像してくすりと笑う。


 ──あ。ノンツォって表札がある。まさか?


 そうだ。名字が書いていなくとも、ただ明記してない可能性もあるのかもしれない。

 だとすれば、平民ばかりが部屋を借りているとも限らないのだ。


 周囲を見回している内に思い出した。


 近衛隊に勤めている者たちには皆、王城内に宿舎を用意されているけれど、そこで過ごしては心が仕事から離れられないといって、高位の職になればなるほど王城の外にプライベートで部屋を求める者は多いのだという。


『婚約者を宿舎に呼び寄せる訳にはいきませんからね』

 近衛の誰が言っていたか定かではないけれど、そんな会話を聞いた覚えが確かにあった。


 つまり、いま僕が連れてこられたこの建物内に、ブレト・バーン隊長がギョルマクで個人的に持っている部屋がある、ということなのだろう。


 もしかしたらブレト・バーン隊長も、この休暇で、ここの部屋へ、恋人を連れてくるつもりだたのかもしれない。


 いいや。いまこの瞬間だって、部屋で待っている可能性だって、ある。


 どんな地位にいる人がそこにいるとしても、これから交わす会話の内容的に、ブレト・バーン隊長と僕以外の同席を認める訳にはいかないだろう。


 もし追い出すようなことになってしまったとしたら、どう謝ればいいんだろう。


 オロオロとするだけじゃなくて、ちくりと胸が痛んだ。


 そうだ。今、僕のすぐ傍にいるこの人には、好きな人が、いるのかもしれない。


 ううん、ちょっと違う。


 僕以外のすべての人に、好きな人がいる可能性に、気が付いた、というべきか。


 その事に、どうしようもなく嫉妬した。




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