2-1-31.
■
胃の腑がよじれるような悔しさ。後悔で、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
自身の不甲斐なさが遣る瀬無い。
今日この一日で、一体何度の挫折感を味わうことになったのか。
ようやく王城を抜け出して、ここまで来たというのに。
ひょろひょろな僕とは全く違う、あっさりと逞しい肩に担がれて手も足も出ずに連れ戻されている。
あんなに努力して手に入れた魔法も、役に立たない。
「……なにが、すごいんだ。僕の、どこが」
揺れる松明の明かりに照らされた街が、人が、歪んで輪郭が涙に滲む。
どんなに強く溢すものかと思ってみても、見る見るうちに涙は目尻の縁をやすやすと乗り越えて溢れていった。
口にも、目にも、こみあげてくるものを表に出したくなんてないのに。
握りしめたまま解けなくなった拳でどれだけ押さえてみても、どうしても抑え込めなかった。
喉と頬がふるふると震え出し、声が漏れる。
「ふっ。うっく……っ」
「あっ。担ぎ方が悪かったですか? すみません、普段は隊の新人どもがやらかした時くらいしか担いだりしないので、痛がろうと関係ないもんで」
堪えきなかった嗚咽に気付かれてしまった。慌てて肩から下ろされた。
とは言っても、腰を掴んだ手を放してくれることもなく。
彼は、自らの肘の上へと僕を乗せた。
そのまま手首を使って膝下を纏めて抱え込まれる。
片腕に座らせられているだけだ。不安定なはずなのに、不思議なほど安定している。
それでも周囲を見回すと、普段とはまるで違う視界の高さに思わず怯んだ。そっと太い首元へ手を廻す。
ずっと高い位置にあった彼の顔が、近い。それも見下ろす形だ。
視線が、絡む。
整えられていない黒髪の向こうから、心配そうに見上げる青い瞳に映っているのは、僕だけだった。
そこには、侮蔑も不遜な軽視もなにも混ざっていなかった。
力量をはかろうというような、探られているという居心地の悪いものもない。
ただ純粋に心配をしているのだというその想いが伝わってくる。
身体のこわばりが取れ、かたく冷たく閉ざしていた気持ちが解れる。
そのまま導かれるように、誰にも相談するつもりのなかった目的が、口から零れた。
「僕は、あの先にある、“摘み取られた薔薇”にいって、“ロザ”さんという女性から“好き”と“愛してる”を教えて貰わなくちゃいけないんだ。きっと今日しかないのに。時間がないんだ」
ブレト・バーン隊長が僕を見つめる瞳が大きく見開かれたまま、動かなくなった。
口にしてしまった後悔で、頭がぐらぐらした。
今更無理かもしれないけれど、なにか言い繕って誤魔化すべきかもしれないと思っても、頭が上手く働かず言葉がでない。
街を行き交う人の気配はするのに。僕たちふたりだけ、時が止まったような気がする。
どうやらそれは僕だけじゃなかったらしい。ブレト・バーン隊長も止めていた息を大きく吐き出すと、慌てた様子で問い質してきた。
瞳が激しく動いて、動揺しているのが分かる。
もしや、認識阻害について知っていたように、ブレト・バーン隊長は、“摘み取られた薔薇”の“ロザチャン”さまに関しても、知識を持っている?
しかしそんなに都合がいいことがあるだろうか。
でも、もしかしてもしかするんじゃ?
駄目だ。期待しすぎて、その当てが外れた時が、怖かった。
期待に高鳴る胸を押さえて、躊躇いつつも見上げてくるブレト・バーン隊長の視線を受け止め、言葉を待った。
「ちょっと待て。いや、お待ちください、王太子殿下。『“摘み取られた薔薇”』がどんな場所だか、本当に理解してますか?」
視線を逸らしたら負ける気がした。
だから、まっすぐ見つめたまま、頷いた。
ブレト・バーン隊長は少しだけ逡巡して見せた後、頷く。
「殿下。そのお話は、我が家で何か飲みながらゆっくりいたしましょう。男同士の会話です。内緒話といきましょうか」
あれほど強硬に僕を王城へ連れ帰ろうとしていたのに。この変わりようだ。
やっぱりだ。
近衛隊の隊長なら、王都に住む賢者に関する情報を持っていて当然なのかもしれない。




