2-1-28.
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「僕は強いからね。ここまで来る間に僕に気が付いたのは、バーン隊長、あなただけだ」
つん、と顔を背けて突っぱねた。
視線の先に広がっているのは、たくさんの人がひしめき合い、今だって歓声とも嬌声ともつかぬ声が響いている眠らない夜の街。
眠れない夜に窓のカーテンの隙間から、街の明かりを見下ろしたことは何度もあるけれど。
そこに降り立ってみれば、静かな灯りのひとつひとつに人々の営みがあるのだと、頭の中で繋がっていなかった知識と知識が繋がった。
揺らめく松明の明かりで照らし出される人の表情は、笑っていることは分かっても、そのひとつひとつのパーツを見定めるのは難しくて。人相を見分けるには向いていない。
僕は、この国を守る者として勉強をしてきたけれど、それを本当の意味で知ってる人なんか、この街の中でどれ位いるのだろう。
僕を僕として見ている人のいない街の真ん中で。
自分の心の中に自分で創り探し出す孤独に飲まれそうになる僕を。
何故この人は、こんなところにいる筈もない僕を、見つけてくれるのだろう。
僕はそれがこの人だと、何故すぐに分かったのか。
先ほどまであれほどうるさかった人混みの中。なのに今は、僕の心臓の方がずっと煩い。
視線を合わせることすらできない癖に、先ほどの男たちの時のように走って逃げることすらできないでいる。
「認識阻害を使って、王宮を抜け出して来たんですね」
ひと言で言い当てられて目を瞠った。
思わず顔を振り向くと、まっすぐな視線に射貫かれた。
それにしても、さすがというより仕方がなかった。
今回の事が無ければ僕だって知らなかった禁呪魔法認識阻害を言い当ててくるとは思わなかった。
近衛隊長の役職は、名ばかりではないということか。
あっさり見抜かれて恥じる気持ちと、分かって貰えてむず痒いが交差して、口から出て行くのはやっぱりかわいげのない言葉だった。
「王宮を脱してからだって気を抜いたつもりはなかったんだけど。すごいね、さすがは近衛隊、最年長の隊長だ」
嘲るつもりはないけれど、挑発しているような響きが声に乗った。
そんなつもりもなかったんだけど。
ブレドの形のよい眉が、さらに寄る。
「なんとでも。でもそれで笑って誤魔化せると思ったら大間違いですからね。さぁ、私と一緒に今すぐ王宮へお戻りを」
大股で近づいてきたブレドの大きな手が迫ってくる。
「嫌だ。大体、お前に見つかるまでは僕の認識阻害を見破れる者などいなかった。僕は、強い」
ブレドの視線はすっかり僕に固定されている。
当然だ。ここで逃げられたら面倒だと思っているに違いない。
「殿下」
僕が逃げ出さないように、とばかり思考がいっているブレドの隙をつくように、無言で拳を振り上げながら近づいてきた男たちへ魔力の塊をぶつけて吹き飛ばした。
先ほどの男たちかと思ったけれど、顔が違う。
土地勘のない僕が走って逃げられるような相手ではなさそうだ。
なによりどう考えても凶悪そうな顔つきをしているし、気配を消して襲い掛かってくるその様子が、妙に手慣れていた。
焔や水を生じさせるには呪文が必要になるけれど、これならば発動まで瞬時だし、効果としては拳で殴るのと大差ないから、街への被害も出ないだろう。
あっさりと弾き飛ばされた男たちがもんどり打ち、店の看板にぶち当たって地に崩れ落ちた。
「キャー!」
突然、目の前に男が吹き飛ばされてきた女性が、悲鳴を上げた。
その悲鳴が上がる少し前。僕の魔法が不審な男たちに向かって発動したのとほぼ同時、後ろから小刀を振り下ろそうとした男の手を、ブレト・バーンはあっさりと掴んで捻り上げ、道へと抑えつけた。
人混みから一転して、人々が遠巻きになった。
これで、ブレト・バーン隊長が襲ってきた者たちに気を取られている間に、人混みに紛れ込んで逃げ出すのは難しくなってしまった。
それが面白くなくて、いちゃもんをつける。
「ホラ、お前が見破った挙句に大きな声を何度も上げたせいだぞ。変な輩の気を引いてしまったではないか」
嘯く僕のその言葉で、会ってからずっと顰められたままの眉が更にぎゅっと寄るのを見つけて、愉快だった。




