2-1-25.
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「結局、ここでも同じかぁ」
路地裏の隅に座り込む。
ドラン師やジェラルド・キーツに見つかったら、みっともないと叱り付けられそうだ。けれど、正直疲れた。
王宮内で情報を集められなかった理由と同じ。
とにかくこの街へさえやってくれば、何かしら得られるものがあると思っていたけれど、考えが甘かった。
前を素通りしていく人々の姿を、フードの陰から覗き見上げる。
夜会の華やかさとは明らかに違う、思い思い自由に着飾った男女。
洗練された動きではないけれど、誰もが楽しげだ。
これだけの人が集まっているのだから、どこかで誰かが摘み取られた薔薇やロザチャン様について会話を交わしていてもおかしくはない。
けれど、それに行き当たる可能性がとんでもなく低いということに、なぜ僕は思い至らなかったのだろう。
仕方がない。新しい情報を得られることはできなかったけれど、摘み取られた薔薇の住所は分かっている。王都内の地図も頭に入っている。とにかく摘み取られた薔薇へ向かうしかなさそうだ。
そうするしかないとは思うものの、なかなか足が動かなかった。
自分の不甲斐なさと計画の杜撰さで心が痛い。
見つめる先にある煌々と辺りを照らす松明から、ぱちりと大きめの火花が飛び散った。
「馬鹿すぎ」
「おい、お前!」
突然、外套のフードをぐいっと掴まれた。
「俺を馬鹿っつたな?」
声を出してしまったせいで魔法の効果が切れてしまったのだと気が付いた。
自嘲したその言葉が耳に届いた通りすがりの人に勘違いされたようだった。
「いいえ。僕が、僕自身を馬鹿って言っただけです」
正直に答えて、頭を下げた。本当は王族が簡単に頭を下げちゃいけないんだろうけれど。
「はっ。“僕”だと? どこのオボッチャマだ、お前。大体、そんな口先ひとつで言い逃れができると思ってるのか?」
「おいおい、ガキにいきってどうすんだよ」
げらげらと連れらしい男たちが揶揄う。
その言葉に、男は余計に引くつもりがなくなったらしい。
「こんな時間にこんな場所でうろついてるガキが真っ当な訳ねえだろ。大人として躾けてやらなくちゃなぁ」
拳を何度も握り締めたり指を開いたりして見せつけてくる。その姿すら僕には滑稽でしかない。
でも困った。どうやら勘違いじゃなくて因縁を付けられただけらしい。知ってる。
いちゃもんをつけてお金を脅し取ったり、暴力を揮って自分を大きく見せるための見せしめにしたいんだ。
──でも、そんなことに付き合っている時間はないんだよね。
さて。どうやって撒こうか。
「おい、聞いているのかよ!」
いきり立った男が、殴りかかって来た。
当然そんな基礎のなっていない派手なばかりの大振り攻撃に当たる訳もない。
ステップを踏むことすらせず、上体を逸らして拳を避ける。
「ぎゃあぁぁあぁ!」
男は蹈鞴を踏んで身体を泳がせ、そのまま道端に積み上げられていた木箱にツッコんでいった。
「嘘でしょ」
避けただけだ。自爆するほどの攻撃でもなかったのに。
ガラガラバキッと箱が崩れ落ちて割れる音が辺りに響く。
周囲から悲鳴が上がった。
「きゃー!!!」
「おい、クソガキが。逃げんじゃねぇ!」
揶揄っていた仲間達が、男がやられたというか勝手に自爆しただけなんだけれど、それでも僕に責任を取らせようというのか怖い顔して迫って来た。
慌ててフードを深く被って、仲間達の間をすり抜け走る。
「え、おい。どこ行った」
「クソガキ戻ってこい!」
怒声を背中に浴びながら人混みの中にあえてつっこんで進み、ちいさく何度も魔法を唱えた。
「認識阻害、認識阻害、認識阻害……」
気が付けば、追い掛ける声も、人混みに向かってツッコんで走る僕を避けて避難の声を上げる人もいなくなっていた。
どうやら認識阻害が効いたらしい。
ホッとした。この程度走った所で息が上がったりする筈もないんだけれど、それでも大人の男の人に怒声を浴びせられて逃げ惑った経験なんてないから、心臓がばくばくいっている。
息を整え、辺りを見回した。
──ここ、どこだろう。
追手を捲こうと走り回った僕は、自分がどこにいるのかまったく分からなくなっていた。




