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好きを取り上げられた王子様は  作者: 喜楽直人
第一章 ブレト・バーン
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3.



「無理です」

「なんで?」


 純粋すぎる瞳に見つめられて、俺は胸が痛くて仕方がなかった。

 正直に、話すしかないのだろうか。


「あー……その、コホン。ディード様に、この世の真理をお教えしましょう。俺がこの歳まで生きてきて、ようやく掴んだ(ことわり)です」


「この世の真理」


 目の前で俺を見返す金色の瞳が、真剣味を増した。かわいい。


 16歳で俺は騎士団へ合格した。もっとも見習いになれただけだが。

 だから、もうすっかり自分は大人だったと思うのだが、目の前にいる王太子殿下はただの子供に見えた。


 理不尽な大人のこだわりに振り回され心と身体の発育が遅れたのだ。

 栄養失調とまではいかなくとも成長期に十分な栄養を取り入れることができなかったであろうことに、心が痛む。


 この年の頃の俺は、肉さえあればいいと心から思っていた。

 野菜や豆類も食べなさいと何度叱られたか分からない。

 食べたいとも思わなかったし、実際に食べなくても大きく強くなれた。


 大人になった今は、野菜も食べないと体調が悪くなっていく気がする。あれはあれだな、大人になってから食習慣を変えるより、子供の頃から野菜や豆類を食べる訓練をしろという教えだったのだ。多分。


 だが、普段王族として正しく過ごされている時の殿下は、その身体の細さを一切感じさせることはなかった。


 座学も剣術も乗馬ももちろん魔法についても、すべてに秀でた存在として、尊敬されていた。


 楽しさを感じることを禁じられ、ただ心を揺らさずに鍛錬に励むことを強いられている状態で、それほどまでに己を鍛え上げられる者がどれだけいるだろう。

 上手くなっても喜べば叱責が待っているのだ。苦痛でしかない。


 豪奢な衣装を堂々と着こなし、金色の瞳に知性の輝きを乗せて光り輝く正しき王太子殿下。


 ずっとそれが実際のグランディエ王国王太子ディードリク・エルマー・グランディエ殿下であると思っていたのだ。


 実際にはまだ大人の庇護を必要とする、ごくごく普通の、ひとりの少年なのに。



「いいですか? まず、恋はひとりで出来ます」

「恋はひとりで出来る」


 俺の言葉を律儀に復唱する。かわいい。


「恋愛は、ひとりではできません。相手にも自分に恋をして貰うことで出来るようになります」

「?」

「つまり、ひとりでは出来ないってことです」

「恋愛はひとりでは出来ない」


「恋愛関係をお互いに育てていくことに成功すると、愛が生まれます」

「育てないといけないんだ」

「そうです。それもお互いに育て合うんです。相手の想いを」

「育て合うの?」

 残念ながら、尽くすばかりの恋は萎むのだ。

 無償の愛なんてありはしない。見返りのない恋は続かないのだ。


 その人の笑顔を見ているだけで幸せだと思える期間は短い。すぐにそれだけじゃ満足できなくなる。もっともっとその人を知りたくなって、その人のすべての感情を自分へ向けたいと願うようになる。


 そんな自分勝手な願いをお互いに持つ奇跡が恋愛関係を成立させる。


「好きだ、と思うだけで恋はできます。けれど愛はそれだけじゃ育たない。差し出してくれた心を栄養にして恋は愛へと育ちます。同じように、相手に差し出した自分の心を栄養に、相手の恋は愛へと育つんです。片方だけが育っても駄目です。差し出すばかりでは心が死んじゃうんで」


「心が、死んじゃう」


「えぇ、死んじゃうんです。つまり何が言いたいかというとですね、俺の好きは萎んじゃって、死んじゃったんです。愛は育てられなかった。そんな俺には、好きを教えることなどできないってことです」


 相手の言う「好きだ」に心が伴っていないと理解した頃には、俺からは抜け出せないほどその人にすべてを捧げすぎていた。

 金も、少ない自由時間どころか睡眠に費やすべき時間までもすべて。

 その人に呼ばれればそれだけで幸せになれたし、傍にいられるならすべてを差し出せた。恋に狂った馬鹿だったので。


 挙句、散々搾り取られて搾りかすになった俺は、「結婚するから」と捨てられた。

 実際の所、近衛になりたてだった俺には自由になる時間が足りなくて、あの人には物足りなかったのだ。

 たまにつまみ食いできれば十分満足できる、飾りみたいなものでしかなかった。


「なによりですね、好きを成就できて、更にお互いに心を交換することもできて、愛を育てることに成功した者たちというのは、結婚するんですよ。永遠を誓い合う」


「永遠を誓い合う」


「そうです。つまり、今現在結婚適齢期を過ぎても独り者でいる俺は、好きを成就できていない。好きを失って……うしなっ、うっ」


 今度は自分が泣きそうだった。

 先ほどのディード様の涙と違って、なんと情けない涙なのかと思うと本気で泣きたくなった。

 大人なので泣いたりしないけど。


 俺は、よっぽど情けない顔をしていたのだろう。

 ディード様が、俺の洗いざらしの黒髪をそっと撫でてくれた。

 近衛は王宮内でも羽根飾りのついた帽子を被ることが決まっているので髪油って手入れをしなくてもいい。やっている奴はいるようだが、俺はこれまで使った事もなかった。

 面倒臭がらずに、少しは手入れをしておけば良かったと少しだけ悔やむ。


 頭の上を往復していく、ちいさくて少し冷たい手。

 その感触は思いの外心地好よくて、当時に引き摺られて荒んだ俺の心は大いに慰められた。


 捨てられた当時、誰かにこうして貰っていれば良かった。

 それこそ“摘み取られた薔薇(ピケットローズ)”の出番だったのかもしれなかった。


 しかしそれではあの莫迦ふたり組と同じになってしまう。それは嫌だ。廃案とする。


「そうか。つまり、ブレトもいまは好きが分からなくなってるんだね。じゃあさ、じゃあブレト。僕と一緒に、好きを探そう?」




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