2-1-23.
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「……気のせいか」
気が済んだのか、くるりと踵を返したドラン師が、僕を避けて通り過ぎていく。
認識阻害はまだ有効らしい。
それが分かっても、僕の動悸は一向に収まらなかった。
──まだすぐそこにいるのだ。油断を誘われているのかもしれない。
じっと目を閉じ、遠く去っていくのを待つ。
──早く。早くあっちに行って。
「どうかしたんですか?」
「いや。なにやら妙な気配がした気がしたのだが。気のせいだったらしい」
「きっとあれですよ、今の教え子が不甲斐なさ過ぎてお疲れなんですね」
「ははは。そうだな、もう少し手応えが欲しいものだ。もっと厳しく指導してといかなればならんかもしれないな」
「是非! そうしてやって下さい」
カツンカツンと階段を上りきり、廊下を曲がっていく足音に耳を澄ませた。
遠くなっていく間も交わされるふたりの会話にも、もう反発する気にもなれなかった。
すっかりふたりの立てる音が聞こえなくなっても、僕はそのままその場に立ち尽くしていた。
『自分の体調管理もできないのか』
──うるさい。
『ガワだけ見ておれば、完璧だと勘違いする者がいても仕方がない』
──うるさい、うるさい。
『手の掛かる子供と同じだな』
──うる、さい。
悔しくて、情けなくて。
感情の赴くまま言い返してしまえば、この計画がすべてパーになってしまうというだけではなく、僕の中にふたりの会話を否定する確固たる自信がないことが情けなくて動けなかった。
そのまま、どれくらいの時間をそうしていたのだろう。
ひとつ大きな息をはいて、目元を袖口で拭う。
今更な気もしたけれど、フードを深く被って髪と顔を隠した。
自信を、得るために。前に進まなくちゃいけない。
僕は、今度こそと頬を叩いて、気合を入れる。
自分を取り戻す冒険へ、足を踏み出すことにしたのだから。
「認識阻害」
念の為にも小さな声で魔法を掛け直して、まっすぐ前を向く。
『自分の体調管理もできないのか』
──馬鹿ジェラルド・キーツ。あれが演技だって分からなかった癖に。
心の中で言い返して、足を踏み出した。
『ガワだけ見ておれば、完璧だと勘違いする者がいても仕方がない』
──僕のこの白金の髪と金の瞳は、この身体に流れる血が王族であるという証だ。この身には膨大な魔力を宿している。僕たちグランティニエの王族が国のトップに立っているからこそ、他国は容易にこの国へ手を伸ばすことができないんじゃないか。そのどこに恥じる必要があるっていうんだ。
ずんずんと、弾みをつけるように階段を下りる足を速める。
『手の掛かる子供と同じだな』
──それは、ちょっとあるかもしれない。けれど、でも僕だって頑張ってる。努力だって、ちゃんとしてる、し……。
ちょっとだけ自覚があったから、その分だけ足の動きが遅くなって歩みが止まりそうになった。
『勿論です』
ブレト・バーン隊長の言葉が、頭に浮かんだ。
『最小限のあの動きだけで、サーフェス副団長の剣を避けられるなんて。俺には無理だな。すごい』
『あのサーフェス副団長に勝てた殿下は強いです』
『身体を動かしていた時の殿下のお顔の方が、私は好きですね』
そうだ。僕の努力の結果を、認めてくれる人だっている。
それがあのブレト・バーン隊長だってことはちょっとだけあれだけど。
でも、僕の認識阻害を見破れる、ブレト・バーン隊長だからこそ、その言葉に価値がある気がした。
階段を下りきり、目の前の廊下を曲がったら、王宮の出入り口はすぐそこだ。
勝手なことを言っているあんな奴等に、僕のこれからを踏みにじらせ続ける訳にはいかない。
絶対の、絶対に。今夜、僕はこの手に自分を取り戻してみせるのだ。




