2-1-21.
■
そっと。
静かに取っ手を押せば、重厚な扉は音もなく薄く開いた。
その間からちらりと廊下が見える。
寝室の中と違って、廊下には煌々と灯りが燈されていて、毛足の短い緞通の折り目までよく見えた。
たぶんきっと今も扉の両端で、王太子の眠りを守っている近衛たちが立っている筈なのだ。
けれど、薄く開いた扉に気付いた様子はなくて、ホッとした。
認識阻害を唱えて扉を開ける瞬間は、いつも緊張する。
ちゃんと発動しているのかどうかは自分には分からないし、なにより扉の前にあの人がいたらどうしようって思うからだ。
──なんで、ブレト・バーン隊長にだけ、効果ないんだろう。
黒い髪をした、背の高い男の姿が頭に浮かんだ。
そういえば、申し出られた剣の手合わせをまだしてなかった。
バーン隊長が近衛を卒業していくまでの間、今回のように溜まっていた休暇を取っていくのだろうから、本当に手合わせをするなら早めにスケジュールを合せないといけない。
手合わせの申し出を喜ぶ姿を想像して、頬が弛んだ。
垂れ目だからだろうか。真面目な表情をしているつもりでも、どこか笑っているような気の抜けた顔をしている。そもそも、どこかしら抜けているからかもしれない。あれだけ髪を短くしているのに跳ねていることもしょっちゅうだ。
それでも、彼は強い。
バーン隊長はなんだかんだと僕の剣を褒めてくれたし、サーフェス副団長に勝てるなんて凄いと言っていたけれど、自分には勝てないとは言わなかった。
副団長という地位には、個人技だけではなく組織を率いる為の知識や人望、掌握術など様々な資質が必要になるけれど、模擬個人戦の成績だけならバーン隊長の方が上だ。
でも、だからといって僕の魔法が効かないことは納得できる訳じゃない。
そもそもブレト・バーン隊長は近衛だ。身体能力を上げる強化魔法を得意とする武官であり、魔法を得意としている訳ではない。
あっ。もしかしたら、強化魔法によって五感を高めて、認識阻害を掛けている僕を見つけているのかもしれないと思い浮かんだけれど、自分で却下する。
野生の感だと言われた方がずっとマシだ。
ドラン師でも見破れない魔法を、強化しただけの耳や目で破れるなんて。あり得ないだろ。納得できない。
なんでブレト・バーン隊長だけが僕を見つけることができるのか。その理由を知りたいとは思うけれど、そんな探求に費やす時間は今のところまったく無い。
──今は、摘み取られた薔薇に集中しないと。
横へと流れていこうとする思考を、頭を振ってモヤモヤする気持ちを振り払い、気合を入れ直す。
フードのついた襟元の合わせ目を無意味に撫でつけて、もう一度深呼吸した。
グッと手に力を入れて目の前の扉を大きく開く。
もう後戻りはできない。
普段の僕が一生着ることがないであろう古びた外套を身に着けた姿を見咎められるようなことがあったら、次のチャンスはやってこない。
けれど、そんなことにはならない。しない。
絶対摘み取られた薔薇の情報を手に入れてみせるのだと自分へ喝を入れて、僕は堂々と顔をあげて寝室から足を踏み出した。
今夜の担当は、ギリウス卿とキンケード卿だ。
サルコン卿のようにおしゃべりに興じたりしない真面目なふたりは、黙って周囲に対して警戒している。
そんなふたりの間で、僕はそーっと扉を閉めて、口を閉ざしたまま抜け出したのだった。




