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好きを取り上げられた王子様は  作者: 喜楽直人
第二章 ディードリク・エルマー・グランディエ 第一部 摘み取られた薔薇
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2-1-19.



 結局、あの後どれだけ探してみても、飲食兼宿泊業者一軒しか“摘み取られた薔薇(ピケットローズ)”という名前の店は発見できなかった。


「行ってみようかな」


 店まで行けば、そこが賢者ロザチャン様のいらっしゃる摘み取られた薔薇(ピケットローズ)がどうかハッキリさせることができる。


「ここで悩んでたって答えは出ない」


 そもそも僕には、ぐずぐずしている時間なんかない。


 父から期限を切られた訳ではないけれど、このままではドラン師から推薦を受けた令嬢の中から選ぶことになってしまうだろう。


「やっぱり、父上が言われた『好きだと思える相手』は、ドラン師の言う利のある相手ではない気がするし」


 そう信じていた。いいや、信じたいのかもしれない。

 ドラン師の論説を受けてからずっと考えていた。


 このまま何も自分で選べない与えられた婚約者(もの)を受け入れるだけの人間は、王として相応しくないのではないかと。


 好きを取り上げられてからずっと、自分の心が全てに対して平等というよりも、何に対してもあまり興味を持てず、自信も持てなくなっていた。

 お陰で誰かを信じる事すら難しい。


 そんな自分が嫌で仕方がなかった。


『勿論です』


 まっすぐに肯定してくれた、バーン隊長の言葉。

 あの言葉を聞いた時、久しぶりに胸の高鳴りを覚えた。


 あの気持ちを、好きを、自信を取り戻したかった。


「まぁね、そうは言っても、バーン隊長にはいろいろ苦労させられたけれど」


 いつもなら、扉の向こうに立っているその人は、今日いない。

 昨日もいなかった。明日もいないらしい。


 ずっと取っていなかった有給休暇を、異動してしまう前に消化しないといけないと上から言われてしまったそうだ。

 でも一気に一か月丸々近衛隊長が休む訳にもいかないと、小分けにして取ることになったのだと、休みに入る前に挨拶に来た。


『まだしばらくは近衛隊に所属しますが、そろそろ色々と整理しないといけないようです。ご迷惑をおかけしないで済むように、気を付けます』


 腹立たしいほどの笑顔だった。思い出すだけで、眉が寄る。


 来月もまた3連休を取るし、その後も普段の休みと合わせて4連休というのを、半年後の近衛卒業まで続けるらしい。


「人の事を言ってる場合じゃないけれど、皆、期限を切られて右往左往しながら生きているものなのかもしれないなぁ」


 王都の宿屋へ行っても、そこは賢者様のすむ場所にあやかって同じ名前を使っているだけかもしれない。


 けれどそれならそれで、賢者ロザチャン様に繋がるヒントを得られるかもしれない。


「次につながる可能性を、この手で掴み取ってみせる」


 その為にも、やはり王城を抜け出す算段をつけなければならない。


「本当に、認識阻害(ハイド)が使えるようになって良かったよ」


 認識阻害を使えば見咎められる可能性はほとんどない。

 それでも街中で声を我慢できるとは限らない。声を上げた時点で術が途切れてしまうなら、吃驚した瞬間、忽然と貴族そのものな服装をした僕が現れたら大騒ぎになってしまうだろう。

 せめて周囲に溶け込むような悪目立ちしない服装をしていくべきだ。

 少しでも厄介ごとに巻き込まれる可能性は下げておきたかった。


 目立つ髪と瞳の色を隠せるフード付きの地味な外套は、申し訳ないけれど王城の門番たちの詰め所から、埃塗れでロッカーの奥にしまわれていたものを拝借した。


 靴は辞めていった庭師が置いていったものを、やはり勝手に持ち出させて貰った。

 僕自身の履いている靴の方が動きやすいかとも考えた。けれどデザインが一番シンプルなものでも、どう考えてもひと目で貴族だとバレてしまうほど、王宮内で勤めている使用人たちの履いている物とは作りが違い過ぎた。


 サイズが合うものが見つからなければ、それでも自分の靴にしたけれど、なんとかフィットするものが見つけられて本当にホッとした。


「外套も靴も、後で返しに行かなくちゃね」


 着ていく服は外套で隠れるんだし、ちゃんとサイズが合っていないと万が一の時に動きにくいと困るので、いろいろ考えて鍛錬の時に着ているトラウザーズと襟なしのシャツを着ていくことに決めた。


 見て触れば、素材があまりにも違うことは一発でバレてしまうだろうけれど、デザインや色は騎士団員が着ている物と同じなのだ。きっとこれが一番だ。


 これなら腰のサッシュベルトに短剣を隠し持てる。細剣と違って外套が無駄に翻ることにもならないだろう。


「あとは、授業で渡された貨幣、えっと銅貨と銀貨と金貨……白金貨も一応持っていこう。賢者様への報酬がどれくらい必要か分からないし」


 コレでも足りない可能性もある。けれど、近衛のサルコン卿が支払える額ではある筈だ。彼の月給より高い白金貨があれば足りる筈だ。


「僕は、僕の好きを取り戻す」


 覚悟は決まっている。



「あとは……」


 扉の外。そこに立っているであろう近衛の姿を思い浮かべる。

 やっかいな隊長殿は溜まりきった有給休暇を消化する為に、昨日から休みに入っている。明日もいない。


「もしかして、今この時が、千載一遇のチャンスなのかも?」


 思いついて胸のドキドキが大きくなる。


 あとディードに必要なのは、勇気だけだ。


 そうだ、今夜決行しよう。




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