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木を隠すなら森の中だという格言がある。
人の暮らしの中に紛れれば、賢者は隠遁生活ができるということだろうか。
「賢者だって、着るものだって必要だし、食べるものだって必要だろう。つまりそこには経済活動があるということだ」
もしかしたら、この世の心理を授けている隠れ蓑として何か別の業務を行なっている可能性はないだろうか。
客の出入りがないのに潰れない店があったら逆に噂になる。
普段は普通の店の振りをしていて、普通に商売を行っている可能性はある。
「そうして、なにか割り符か合言葉などを使って……いいや、賢者さまなんだから、きっと見ただけで知恵を授けるべき相手かどうか分かりそうだ」
違う名前で営業している可能性だって捨てきれないけれど、でも摘み取られた薔薇の名前そのままで営業しているかもしれない。
「うん。調べてみる価値は、ありそうだ」
何も無くとも、それ以外だと捜索の範囲が狭められたと思うこともできる。
「とにかくできることをしていくしかない」
僕は王都内のすべての届けられている業種について“摘み取られた薔薇”という名前の店を探すべく、資料室へと足を運んだ。「王都内の、商業組合に関する資料、ですか。あの、どのような範囲で資料をお望みでしょう」
寝ぐせの残る眼鏡の担当文官に声を掛ける。
突然の王太子の来訪に緊張しているようだ。落ち着くまで待った方がいいのかもしれないが、このままの方が詮索する余裕もなさそうで好都合かもしれない。
「すぐ足元にあるこの王都で、どんな職業があって、どんな割合で人々が働いているのかを知りたいんだ。だからまずは、王都内にある登録業者の一覧が見たいんだ。資料科ならあるだろう?」
普段、仕事に使う資料を出して貰う時のように簡潔に伝えた。
本当は個人的な調べ物でしかないけれど、そう言ってしまっては駄目な気がした。
「はい、勿論です。えーっと、王都内で税を納めている商業ギルド一覧の資料を集めて、できるだけ早く執務室へお持ちすればよろしいでしょうか」
「各ギルドの会員は名簿になってる?」
「えぇ、あると思います」
「では、会員名簿も合わせてよろしく頼むよ」
「畏まりました」
深々と頭を下げる文官に背を向けて、急いでその場を離れる。
仕事に必要だと僕はひと言も口にしていないから、嘘をついた訳でもなんでもないけれど、どこか後ろめたい気がした。
「……あった。でも」
“摘み取られた薔薇”
その一覧に、探し続けた名前を見つけた時、吃驚し過ぎて動きが止まってしまった。
「飲食業?」
住所は繁華街の真ん中のようだ。沢山の同業者の名前が、すぐ近くにひしめき合っている。
「いや、ここだけとは限らない。飲食業ではここだけのようだが、同じ名前で他の業種にもあるかもしれない」
懸命に探すと、もうひとつ。
「同じ住所の、宿泊業者?」
宿屋なら、食事も出るだろう。
賢者のいる“摘み取られた薔薇”は、王都の繁華街で宿屋を隠れ蓑にしているという事だろうか。
「…………忙しすぎないかな」




