2-1-13.
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「認識阻害?」
思わず口に出して、慌てて口を塞いだ。
まだ術の名前を読んだだけだ。どんな魔法かも分かっていないし発動対象を思い浮かべた訳でもないのだから、いきなり発動したりしないんだけど、それでも思わず身体が竦んだ。
我ながら、図書館での失敗が身に染みているらしい。
思い出しただけで、背筋が震える。ぞっとする体験とひと口でいうけれど、あれは本当に恐怖体験だった。
生半可な知識では魔法は発動できない。中途半端な知識で、なんとなく想像したものを発動させるには膨大な魔力が必要となるからだ。けれど。
「その膨大な魔力を持っている僕ら王族は、それが叶ってしまうことがあると、初めて知った。そういう成功体験だってことにしておこう。うん」
なんとか自分を納得させて、心を落ち着ける。
そうして冷静になって手に取った本に書かれたその魔法の説明を読めば読むほど、今回の摘み取られた薔薇捜索において最適な気がした。
「いや。落ち着け、落ち着け。あんな失敗を繰り返すのはごめんだ。熟読して、魔法の使い方や発動条件を熟慮してからにしないと」
逸る気持ちを抑えようと深呼吸する。
「“見えなくなる訳ではない。存在が消える訳ではない。だが、何かに集中しているとそれ以外が目に入らなくなるように、疲れていると目の前にあるそれが何か理解できなくなるように、そこにいるのだと誰からも認識されなくなれば、いるはずのない場所にいたとしても誰も不思議に思わないし、見咎められることもない。つまり私は誰からも見えなくなるのだ”、だって。なるほど、そういうことになる、のか?」
「“人間ではない、空気と同じものだと思わせること”、“そこにいて当然で、声を掛けたりする必要もない相手であって、それが誰かなど気にもならない存在だと思わせること”ってどういう状態だろう。どう想定すればいいんだろう」
魔法の書に書いてある説明は、その魔法を考え出した祖の言葉と、それに関して後世の研究者が解きほぐした理とで成り立っている。
どちらの説明だけでも不十分だし、場合によっては研究者の説明が邪魔になることだってある。
「空気と同じで、認識するほどのこともなく、そこにでもいて当たり前の存在だと思わせればいいんだよね」
王宮内で、僕とすれ違ったら誰もが廊下の端へ避け頭を下げる。
誰からも視線を集めるし、気が付かないでいれば慌てる。
「その反対の存在、……下級職の下働き達か」
廊下で掃除をしていても荷物を運んでいても、誰からも視線を集めない存在。
むしろ自分に視線を向けられないよう、目立つことなく陰の存在であろうとする。
サボっているならばともかく、黙って仕事をしている彼らが同じ空間にいたとして、誰がそれを見咎めるだろう。
「でも実際に、僕が下働きに見えるかって言ったら、無理だよねぇ」
肩口に広がる髪を抓み上げた。
夜の闇の中、仄かな魔法の光を受けて輝く白金の髪が、指先からするすると零れ落ちていく。
直系の王族にしか現れない白金の髪と金の瞳。その両方を併せ持つのは現国王たる父上と僕だけだ。
弟であるハルの瞳も僕には十分金色に見える。けれど確かに父上の金の瞳よりも母上の琥珀の瞳に近かった。
「まぁ琥珀色の瞳だって、珍しいんだけど」
魔力量が高ければ高いほど、瞳は鮮やかに輝く色になる。
濃さや色味はあまり関係ない。
だが、宝石のような美しさを持っている。
どちらにしろ瞳の色より髪の色の方がずっと目立つ。僕らはこの国で最も下級職の振りをするには無理がある容姿だ。
「王宮から抜け出す時には、髪を隠す服装をしよう。そうだ、フード付きの外套をすっぽり被って歩けばいいのかも。でも逆に目立つかな。お仕着せを借りた方がいいかな。いや、城から出たら王宮のお仕着せの方が目立つかな」
気持ちばかりが先走るが、まずは使えそうな魔法を習得することが先決だ。
「認識阻害が使えるか、確かめなくては」
この魔法に関しては、とにかく試してみて、相手に効果があるかないか確認するしか無さそうだ。
研究者による注意書きには、自分より魔力量が大きく魔力操作に長けている相手には効果がないと罹れていた。
「父王と、ドラン師。あとは騎士団の団長や副団長には気を付けた方がいいってことかな」
まずは、間違いなく魔力量が少なくて、失敗してもごまかせそうな相手から選んで試してみることにしよう。




