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好きを取り上げられた王子様は  作者: 喜楽直人
第二章 ディードリク・エルマー・グランディエ 第一部 摘み取られた薔薇
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2-1-10.



「まったく。だから休憩はマメに取ってくださいと常日頃から申し上げておりましたのに」


 ぶつくさと言いながら、いかにも療養食といったメニューを並べる侍従の小言を目を伏せてやり過ごす。

 どうせなら今夜くらいは侍女の誰かに持ってきて欲しかった。


 王太子である僕には、侍従1人、侍女3人が専属として付けられており、1日を3交代で廻している。

 だから必ずこのジェラルド・キーツが夕食時にいるとは限らないのに。

 なんで今日のような日に限ってこの男の嫌味を聞かなくちゃいけないのだろう。


「自分の体調くらい自分で把握できている。だからこうして、倒れてしまう前に自分から早めに寝ると言い出しているんだ。問題ない」


 倒れかけた理由を寝不足だとしてしまった手前、早めに寝ることにしてしまったので、今日は急ぎの分だけを終わらせて執務を終えた。

 ついでに夕食も自室で取ることにすれば役に立ちそうな魔法を本から探す時間も取れて丁度いいと思ったのだが、まさか食事を侍女ではなく嫌味な侍従が運んでくるとは思わなかった。


「1人で食べる。終わったら呼ぶから下がっていて」

「ドラン師と料理長がきちんと王太子殿下の成長に必要な栄養を考えて作っている食事なので、全部残さずに食べて下さいね」

「分かってる」


 不味いだけで、栄養があるのは分かってる。

 ただ太らないように配慮されているようなので、残すと痩せてしまうんだと思う。


 所作だけは綺麗だけど、慇懃無礼な態度を隠さず頭を下げると、侍従は部屋を下がっていった。


 扉が閉まったことを確認して、ようやく息をついた。



「それにしても盗聴の魔法には吃驚したなぁ」


 頭の中に響く誰の誰宛てなのかも分からない怒鳴り声や作業する音。

 血管が破裂するかと思うほどの衝撃だった。


「あれは、指導者なしでは習得するのが難しそうだ」


 魔法呪文(名前)は知っていても、その対象の区切り方、指定方法が曖昧のままだと魔力量が少なければ発動できない。

 けれど、王族である僕はその限りではない。周囲を巻き込んだ形で、暴発に近い形で発動させてしまうのだ。


 注意すべき点を教えてくれる導き手について、時間を掛けて訓練すれば情報収集にとても有効なのかもしれない。けれど、今の僕にはどちらもない。

 他の何かを急いで探すべきだろう。



「誰も見ていないし。いいよね」 


 ドラン師ではなくとも誰かに見られたら行儀が悪いって怒られそうだけれど、今は自室にひとりなのだ。

 僕はできるだけ静かに音を立てないように気を付けて室内履きの靴を脱ぐと、椅子の上に踵をのせて膝を折り、その上に魔法の書を乗せた。


「調べものしながら、食べちゃお」

 どうせ、味のない豆のスープと小麦麩(ブラン)ブレッド、そしてよく分からない軽いトロミの付けられた白い飲み物だ。多分、ホットミルクのつもりなんじゃないかな。とにかくこれは苦い訳でもないけれど不味いことに変わりはない。

 どれもこれも、味わって食べる気にもなれない。


 気落ちしているからだろうか、いつもより更に不味いと感じる食事に飽きて、つい使っていたスプーンを皿へと投げ入れた。


 かしゃん、と不作法な音を立てたスプーンが、皿の中の豆のスープのしぶきを立てて辺りに飛び散った。


 テーブルの上にもったりした豆のスープが水玉模様を描いた。


「……はぁ。反抗期の子供か、僕は」


 テーブルの上の惨事を見ていたら、自分で笑ってしまった。


 思春期によく起こる成長の過程のひとつであり、決められたルールを守ることが途轍もなく窮屈に感じて、どうにかして反抗したくなるものだと本で読んだことがある。


「この気持ちも、反抗期特有の、くだらないものでしかないのだろうか」


 よりよい王となる為の導きの手であるドラン師の教え。

 僕は、それを素直に受け入れられない子供でしかないのかもしれない。


 視界が涙で滲んでいく。

 泣きたくなんかないのに、涙がポロリと頬を滑り落ちた感触に、慌てて目を擦った。


 魔法書を、涙で濡らしてしまう訳にはいかない。

 そもそも、さきほどの不作法で豆のスープが飛んでいなかったか、ようやく気になって慌てて立ち上がる。その拍子に椅子が倒れたけれど、それどころではなかった。

 書き物机の方へ本を置いて確かめようとしたけれど、まだ涙の膜が瞳を覆っていて、よく見えない。

 ぐしぐしと何度も目元を袖口で拭った。



 

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