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その後は、普通に執務室に戻り、机に溜っていた書類を延々と処理した。
勿論、午後のお茶はひとり。
本当は今日のお茶は母上と一緒に、僕も弟のハロルドと伴にする筈だったけれど、倒れかけたと近衛から伝わってしまい執務室でひとり休憩は取ることになった。
少し悔しいけれど、助かった。
美味しそうに菓子や茶を楽しむふたりを前に、味のしない硬いなにかを美味しそうに口にする気力は、今の僕にはなかった。
お茶を出してくれた侍女を下がらせる。
色付きの苦いお湯で味のない焼き菓子を飲み下しながら、こっそり混ぜ込んで持ち込ませた魔法の書を開き、使えそうな魔法を探した。
一日の栄養はきっちりと計算されているようで、少しでも残してしまうと身体が持たないのだ。
王太子でありながら栄養失調を起こしてベッドから起き上がれなくなり、侍女の手でやさしく口の中へとパン粥に似た何かを突っ込まれた記憶は悪夢でしかなかった。
それでも、感情のままに大きな声で「不味い」と叫んで、この食事というにはあまりにも味気ないこれらを掴んで捨てられたらどれだけスッキリするだろう。
けれど、きっとスッキリ出来るのはほんの一瞬だ。
そんな不作法な真似をして、白い目を向けられるなど、プライドが許さなかった。
表情を揺らす事すら負けた気がしてしまう。
「あの魔法以外に、何かないだろうか」
ちゃんと対象を思い浮かべなくては発動しないだろうけれど、それでもあまりにも苦しかったので呪文を口に出す気にすらなれなかった。
頭の中がかき混ぜられるようなあんな不快な思いは初めてだった。
思い出すだけで身震いがする。
二度と経験したくない。
パラパラとページを捲っていく。
作業効率を上げようとした結果、文字ひとつひとつを読むのでは駄目だと分かった。数行をまとめて視界に入れるようにしながら視線を動かしていくことで、書類を把握する為に必要な時間を大幅に短縮できる。
傍から見るとただの手慰みに見えるようだが、自分では概要を掴むだけなら問題ないと思っている。
ティーサーバーに入れられた苦いお茶を空になったカップに注ぐ。
「人間はなんで喉の渇きを我慢できないんだろう。魔法でなんとかできないかな」
さすがにどれだけ魔力量が豊富であろうとも、食べ物の味や量を変えることはできない。
僕にそんな魔法が使えたらば、ドラン師だって、王太子教育としてこんな不快な方法を選ばなかっただろう。
「味を変える魔法を創り出す方が、楽だったり……する訳がないか」
空気を弾のように固めて飛ばすとか、熱を集約して火を生みだすことや、光を増幅して辺りを照らすことと、苦い物を甘くするのはまったくの別物だ。魔法では、無から有は創り出せない。
魔法は、何も無い場所から突然欲しい物を生みだせるようなものではないのだ。
そこにあるものをきちんと把握し、魔力によって想像した形へと導き、変化させる。
そうしてやっと、具現化できる。
だからこそ魔法を使えるようになるにはたくさんの知識が必要で、僕たち王侯貴族は幼い頃から勉強を怠らないのだ。
豊富な魔力量を基礎とし、身に着けた知識を以って大規模な魔法を行使できるからこそ、僕たちは国の平和を守れるのだ。




