2-1-7.
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声の主を探して、窓から身を乗り出し耳を澄ませる。
意外にも、その声の主はすぐ近くに立っていた。
見つからぬように声を潜め音を立てないようにして、窓の外にいるふたりの男の会話に集中した。
執務室の廊下の入り口にも近衛は立って守っていてくれているが、窓の外にも配置されている。
先ほどの会話は、そこに立っている近衛たちのものだった。
ふたりの距離はそれなりに開いている。
だからだろう、内密の話というには交わす声は大きくて、窓を開けただけで聴こえてきたようだ。
「近衛の制服を着ている。そうか、庭側の担当者か」
今朝、扉側の警護にブレト卿とギリウス卿、そして庭側の担当としてサルコン卿とノンツォ卿が挨拶に来ていた。
先ほどの天啓は、どうやらサルコン卿の言葉のようだった。
「また来月、会いに行くって約束したんだー」
まっすぐ立っていることもできないほど浮かれているようだ。ふにゃふにゃムフムフと声を潜めて笑っているのが、ここからでも分かった。
堪えきれない喜びが口をついて出てしまうのか、無視されても話し続けるサルコン卿を、少し離れた場所に立っているノンツォ卿が我慢しきれないとばかりに諫めた。
「仕事中だぞ。昨夜の体験がどれだけ素晴らしかったとしてもだ。浮かれすぎだ、サルコン。いい加減にしろ」
「うー。誰かに聞いて欲しかったんだよぅ。今度ノンツォも一緒に行こうぜ」
「断る」
ばっさりと切って捨てるようなノンツォ卿の返事に、サルコン卿はついに口を閉じてしまった。
「もう少し、“摘み取られた薔薇のロザちゃん”に関する情報が欲しかったのに。残念だ」
いつも、真面目な表情を崩さずに、両手を後ろで組んで姿勢正しく立っている近衛たちの会話が聞こえてきたのは初めてで、よほど素晴らしい貴重な体験して、それは幸せの絶頂といえるものであったのだろう。
その幸せな気持ちと興奮が、隠れて聞いているだけのディードにも伝わってきた。
「“摘み取られた薔薇”の“ロザちゃん”、か」
サルコン卿は、摘み取られた薔薇にいるロザチャンという人から、本当の愛について教えられたのだと確かに言っていた。
「好きの上位変換が愛だったはずだ。その更に上位である“本当の愛”を教えて貰って、サルコン卿は“最高に好き”だと思ったってことだよね」
つまり。
「……そこへ行けば、僕も、本当の愛を教えて貰える?」
本当の愛を教えて貰えたそこに行くことができたなら、“最高に好き”は無理かもしれないけれど、普通の“好き”は教えて貰えるかもしれない。
その考えは、とても論理的で素晴らしい発見のように思えた。
一筋の光明。行き詰っていた僕の悩みの解決法が、ついに見つかった気がした。
興奮に、胸が高鳴る。
けれどそれを叶えるには問題が残っている。
「サルコン卿から、摘み取られた薔薇へ行く方法を教えて貰わなくっちゃ」
ノンツォ卿でもいい。けれど彼はいつだって寡黙で、私語を交わしているところなど見たことはない。
けれどサルコン卿は陽気だし、休憩中に侍女たちとお喋りしていることもあるくらいだから、きっと僕が相手でも話を聞いてくれる筈だ。
「いや、駄目だ。サルコン卿からドラン師へ話が伝わってしまったら、たぶんきっと、僕の外出許可は出なくなる」
ドラン師が、僕に“好き”を教えて貰いに行かせてくれるとは思えなかった。
それも自分以外の存在に教えを乞いに行こうというのだ。絶対に阻止される。
この世の真理を教えてくれる場所、摘み取られた薔薇にいるという“ロザチャン”はきっと賢者だ。
その素晴らしい教えを受けたサルコン卿が、あれほど興奮していたくらいなのだから。
けれど、僕がロザチャン様の教えに触れることをドラン師は絶対に受け入れることはないだろうし、まず間違いなく、ロザチャン様から受けた教えついて、ドラン師の持論に基づく反証を聴かされることになる。僕がそれを受け入れるまで。ずっと。想像しただけで吐きそう。最悪だ。
「父王に相談……いや、それも、なんだか嫌だな」
それはなんとなく惨めだった。
僕は父王から言われた、婚約者探しの正解が分からない。
ドラン師がくれた答えに納得も出来ていない。
宙ぶらりんな心根を、自ら告白する気にはなれなかった。
僕は自らの手で、ロザチャン様に会う方策を手に入れなくてはならない。
そうして、本当の愛を教えて貰って、好きを取り戻すのだ。
そうしたら、不快で息苦しい粘りつくようなこの閉そく感から、抜け出せる気がした。
「まずは情報を集めなくては。誰にも見つからないように、脱出する計画も立てなくちゃ」
僕は、静かにそう決意した。




