2-4-22.
■
「くちづけ」
馬鹿みたいに、単語しか喋れなくなる。
文章にしてちゃんと気持ちを伝えなくちゃって思っても、上手く気持ちが文章にならない。
悔しくて。
言葉尻を捕まえて、唇を奪うような真似までしたのは僕なのに。
くやしくて、悔しくて。胸が痛い。
「なんで……」
「なんで?」
こんなに強引な真似をしても、ブレトと初めてのくちづけをブレトとできたことが、嬉しい。
嬉しいと思ってしまうのに。なんで、と問われたことが、悲しくて堪らない。
「騎士の祝福」
避けられないように。逃げられないように。
身体強化を重ね掛けして、僕よりずっと逞しいブレトの身体を抑えつける。強く掴んで引き寄せた。
再び触れる唇が、甘くしびれる。
「なんで、そんな」
「好きな人に、『好きだ』『愛してる』って、いわ、言われて、くちづけたいって、思ったら、悪いの?」
息継ぎをするように、言葉の切れ目に唇を押し付ける。
押し付けて、離れて。またひと言呟いて、押し付ける。何度も。
「んんっ」
ただまっすぐに唇を重ねるだけのくちづけは、ひどく熱かった。
頭の奥の芯までしびれるように、熱い。
爪先立ちしてる膝から、力が抜けそうになるのを、ぐっと堪える。
顔が、近かった。
もしかしたら、もう見納めになるのかもしれない。
こんなに自分勝手に、魔法まで使って何度も唇を奪ったりして。
顔を合せたくもないと言われる想像が頭をよぎる。
そんな未来がすぐそこにあるという事実から目を逸らすように、僕はブレトとのくちづけをひたすら繰り返した。
ブレトの唇へ自分のそれを重ねるだけ。
力が入り過ぎているのか、硬いとさえ感じる唇に自分の唇を重ね合わせては、離す。
熱いのは、自分の唇なのか、ブレトの唇なのか。
もっともっとと繰り返す心の赴くままに、唇を何度も重ね合わせる。
「同情だって、構わない」
言葉にすれば、僕の心はあまりにも情けなかった。
「愛の種類が、違ってたって、いい」
まるでダダを捏ねる子供だ。でも、それが僕だから。
「僕に、勘違いさせた、ブレトが悪いんだもん」
あぁやっぱり。いくら考えても、ブレトの言葉の意味が、わからない。
大人の狡さが、分からない。勘違いさせて、どうして僕が諦めるって思うんだろ。
こうして唇を何度も重ね合わせさせてくれる理由も。
わからない。
もう身体強化なんて必要ないくらい。ブレトの身体は強張りはしていても、僕を押し退けようとしていない。
「ううん、僕はたとえそれが肉欲から始まったって構わない。ブレトが僕のものになるならいい。どんな始まり方をしたって、そこから絶対に、愛へと育ててみせるから」
だからだろうか。想いは言葉となって口から零れ落ちていく。
言い終わってすぐにまた、熱い思いをぶつけるように言葉を重ねた。
「あの……」
ブレトが何かしゃべろうとするのを、急いで塞ぐようにが唇を重ねた。
だってまだ、伝えたいことが残ってる。
「だから、ブレトの心、僕にちょうだい」
何度も、何度も。
離しては、想いを告げていく。
想いが溢れて、言葉になって、唇から零れ落ちていく。
「ブレトの全部が、ほしいんだ」
どうしても欲しいのだと、ダダを捏ね続けた。
「ディー、ド様」
ぐっと両頬を手で包まれて視線を合わせられた。
──あぁ、捕まってしまった。
夢のような時間も、もう終わりなんだ。
もう、唇を重ね合わせることも許されない距離を、実感する。
背伸びしていた踵を、ゆっくりと下ろした。
手首を掴み返して、強引にくちづけを続けることができなくもないと思うけど。
そこまでする気には、なれなかった。
終わりの時間なんだってことなんだろう。
涙で歪む視界の先。大好きなブレトをこんなにも近くで見ることももうできないかもしれないからね。ちゃんと視線を合わせて、口角を上げる。
僕は、笑えているだろうか。笑顔を作れているといいな。最後くらいは、笑顔がいい。
唇を重ねることを諦めて、いそいで言葉を紡いだ。
「僕ね、ブレトといると嬉しいの。ブレトが傍にいない時はブレトいたらなって思う。美味しいモノを食べるとブレトにも食べさせたくなるし、不味くても一緒に食べれば笑いあえるのになって思う。新しく覚えた知識はブレトに話して聞かせたいし、感想を話したいし、聞きたい。僕の幸せは、ブレトの傍にいる、こ、と」




