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「あ、……あれほど説明したじゃあないですか! なんで分かってくれないんですか。絶対に駄目です。無理だ。あなたは次代の王となる尊き御方です。法律が許しても、世間は許してくれません。世間が許しても、俺自身が許せない。無理なんですよ」
下がり気味の眉を更に下げてブレトが僕を諭す。聞き分けのない子供に、大人として世の理を諭してる感じ。まぁそう言うと思ってた。
けれどそんな言葉は僕には必要ないんだ。だって僕はちゃんと現実を見て行動してる。
だから父王は納得してバーン伯爵家へ婚約の申し込みのための書状を書いてくれたのだし、初めこそ懐疑的だったバーン伯爵だって婚約書にサインをくれたんだから。
「過去にも男性の王妃はいたんだ。女王の王妃も。皆ちゃんと祝福されている。大丈夫、僕の魔力とブレトの同意があれば、ブレトが妊娠することは可能なんだから。勿論、ブレトが僕を妊娠させたいというなら、それも受け入れる覚悟があるよ」
男性にも子宮はある。母親の胎内で性が決まるまでは同じ成長過程を通っていくからだ。性別が男に定まった時点で胎児の子宮は成長が止まり、精管や精嚢が成長していく。
ただ未発達ではあるものの、そこには子宮となる為に生まれた器官があるのだ。それを魔法により機能が動くところまで成長させていくことは可能だ。
勿論、膨大な魔力が必要で、更にその形質変化を本人が受け入れていない場合は発動することはない。
それが成立するのは相手の片割れが膨大な魔力を持つ王族であり、配偶者側も、体内の器官が変性することを強く望んだ時だけだ。
ポールは、僕とブレトがその魔法を僕に使って妊娠可能な状態になればいいって言ってたけど。理論上は可能かもしれないけれど、僕はそれには懐疑的だ。
だって僕はブレトとの間の子供以外欲しいと思っていないからね。他の男のために身体を作り替えることなんてできないんじゃないかな。
「王族の膨大な魔力を無駄遣いしないでください」
肩を落として呟いたブレトの言葉を強く否定しておく。
「僕としては、このために僕の魔力は膨大に生まれ付いたんだとさえ思ってるよ」
僕がこの国の王族でなかったら、想うだけで心に秘めておくだけにしておいたかもしれない。
貴族じゃなくて平民だったとしても、家を継ぎ血筋を守るために婚姻をして子を得ることは大切なことだ。それができない相手の手を取ることはなかなかに難しい。
子供を得ることができない同性同士であったとしても、お互いが平民で嫡子じゃなくて、自立した生活を送れている状態でなら、もしかしたら手を取り合って暮らしていけたかもしれない。可能性でしかないけど。
でも僕たちはこの国の王族と貴族として、その血を繋いで、この国を護っていく義務がある。
子を持つ可能性がないならば、その手を求めることは、許されない。
でも実際のところ、ブレトが僕の手を完全に拒否するというのであれば、僕は王族を抜けて王太子の地位を弟のハロに渡すことになるんだろう。
だって僕は、ブレトじゃなくっちゃ駄目なんだから。
「俺は教育方法を間違えていたのか。あのクソったれ教育係どもを笑えないな?」
ブレトは両手に顔を埋めてしまって僕の言葉もなにもかもをすべて否定するから、ちゃんと顔を見て否定し直してあげることにする。現実を見てもらわないとね。
指を一本一本貌から引き剥がし、悲愴感たっぷりのブレトと視線を合わせる。
「あはは。ブレトの顔、いつもより更に面白いことになってるね」
「誰のせいですか」
あ。ブレトの顔が、ちょっと赤い?
ちゃんと確かめたかったのに、すぐにそっぽを向かれてしまった。
「その顔が赤くなっているのが、僕のせいだと嬉しいな。でもブレトのせいでもあるんだよ?」
「なんですか、その言い草は」
あ。こっち向いた。そのまま睨まれたので、笑顔を返しておく。
赤くなったり青くなったり睨んだり。今日は、これまで見たことの無いようなブレトの表情がたくさん見れて嬉しい。
これからも、もっといっぱいいろんなブレトを見ていられるように、頑張る。
「ブレトったら何度説明しても理解してくれないんだからもう。まぁ僕はブレトがだいすきだから、何度でも説明してあげるけどね。ふふ。ブレトって僕が本気で使った認識阻害を見破れるでしょ。父上ですら破れないのに。いつだってあっさりと見抜いちゃう。それってね、僕とブレトの相性がすっごくいいからなんだって」
「魔力の、っていう言葉を、抜かさないでくれませんか」
魔力の相性がいい相手というのは、数万人にひとりの確率で現れるとされる。
一生巡り合わない事も多いので、本当の確率は分かっていない。
魔力の相性がいい相手同士はお互いの傍にいることで魔力が安定し、普段より少ない魔力でより大きな魔法が使えるようになったり、精神的にも安定して幸福度が上がると言われている。
「同性婚をした王族ってね、みんな、魔力の相性がいい相手とだったの。それでね、えっと、あの……」
「教えてくれなくていいです」
真っ赤になって耳を塞ごうとするブレトの手を掴んで、その耳元へ口を寄せ、はっきりと伝える。
魔法を使えばですね、僕にだってブレトを力で抑え込むことができるんですよ。
「魔力の相性がいい相手との行為って、ものすっごく気持ちいいんだって。勿論、同性だからって訳じゃなくって、異性間でもだけどね」
魔力の相性がいい相手というものが唯一無二な存在かどうかまでは分かっていない。
ひとりと出会っただけでも幸運で、その人といられれば十分すぎるからだ。
他の誰かなど目に入らなくなるものらしい。他にもっといい人がいるかもなんて想像する余地もないし、探そうと努力する訳がない。そんな時間があるなら、その人とゆっくりと過ごしたいものだろう。少なくとも僕はそう思う。
でも、僕はそれでいいけれど。探せば僕より、もっとずっとブレトにふさわしい誰かがいるかもしれない。
でも。それでも──
「僕は、ブレトがいい。ブレトしか嫌だ。ブレトが、好きなんだ」
『好きなものなんか、何ひとつ思いつかないのに』
そう言ってブレトの前で泣いたあの日あの瞬間にはもう、僕にとってブレトは唯ひとりだけの特別な存在だった。
どんな手を使っても手に入れたい。そんな、特別な人だったんだ。
そう決意してこの日に挑んだのだ。
けれど。
「参った。無理だろ。このクソッタレ」
天を仰いで呟いたブレトの言葉に、ガツンと頭を殴られた気がした。




