2-4-16.
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「ディード様、少し、お話があります」
仕事が終わっていつものように私室へと戻ろうとしたところで、ブレトから声を掛けられた。
「うん。一緒に食事でもしながらにしようか」
ブレトから話し掛けて貰うのは仕事関係以外では久しぶりだった。
下心ありありで食事に誘うと、ブレトは少しだけ周囲を気にした様子で迷っていたけれど、結局は頷いてくれた。
側近が増えてから、ブレトは執務室内で僕と私語を交わすことが減った。
「ポール卿の一件で分かったんです。やはり仕事中に、ひとりの側近だけ特別扱いするのは良くないと思うんです。これからは、休日の付き添いは順番制にしましょう。勿論、得手不得手はあると思うので臨機応変は必要だと思いますが」
そう言われて頷くことしかできなかった。お陰で休日に一緒に過ごすことも減ってしまった。
つまり、僕は完全なブレト不足だった。
この時間から王城の外へ出て行くのは無理なので、侍従にお願いしてふたりきりで食事がとれるようにして貰う。
どうしようかな。せっかくふたりきりになれるんだから、今度こそきちんと仕切り直してプロポーズをやり直そうか。
いや、まずは結婚を前提のお付き合いを申し込むべきだろうか。こういうことには順序が必要だと本にも書いてあった。急いては事を仕損じるそうだ。
でも勢いも必要だと書いてある本もあるし。
どちらが正解なのか。ううん、僕には判断が難しいな。
侍従に言って、ブレトの好きなワイルドバイソンのステーキを用意して貰う。
僕の分は普通サイズでってお願いしたけど、ブレトの分は「とにかくぶ厚くして」と伝えるのも忘れない。赤ワインをたっぷり使った少し酸味のあるソースを絡めて頬張る時の顔がいいんだよね。本当に美味しそうな顔をするんだ。その顔を想像するだけで嬉しくなっちゃう。
なのに。
「……口に、合わなかったかな」
ブレトの手は、まるきり動いていなかった。
大きなぶ厚いステーキも冷め始めてきている。それなのに、ほんのちょっぴりしか減っていないし、そもそも乾杯の時のワインすらまだ一度もグラスが空になっていなかった。
「ゴメン。ブレト、体調悪かったんだね。今日一日、まるで気が付かなくて」
普通に、見えたのに。ハリスから受ける指示に従ってあちこち書類を届けたり、整理をしていた。夕方には少し手が空いたからと、騎士団の訓練に参加もしていた。
だから全然気が付かなかった。
大好きなブレトの不調に全然気が付かなかった自分が情けなかった。
そうしてようやく僕は、ブレトの言っていた話したい事というのが体調不良についてだったのかもしれないとようやく思いついた。
悪い想像が一気に頭の中を駆け巡る。
どうしよう。僕、ずっとブレトが傍にいてくれるつもりでいたけれど、おやすみを上げなくちゃって思ってて、確かに側近が増えてからは少しはおやすみも定期的に上げられるようになったけど。でもでも、それまではずっとブレトとばっかり行動してて、それが当たり前みたいで。なによりも傍にいれることが嬉しくて。
自分のことしか考えていなかった。
ブレトだって、疲れることも、それによって体調を崩すことがあったって当たり前なのに。
まるで想像してこなかった自分が情けなかった。
どうしようどうしよう。僕だって治癒魔法は使える。けれど、もしかしてそれじゃ駄目なのかな。安心して任せられないと思われているのだろうか。いや、もしかしてこの相談っていうのは治療して欲しいと願い出るためのものだったのかもしれない。
それに合わせて、勤務体制について相談したい、とか。ありそうだ。
「あの、……もしかしてしばらく休養が必要なほど、体調悪かったりする、の、かな? あのね、僕にできる治療があるなら、なんでも言って。なんでもするよ!」
思いつめた様子のブレトの気持ちをなんとか浮上させたくて。
僕の魔力があれば、大抵の病気も怪我も治せる。いいや、どんな病気だろうと、治してみせる。
絶対に離れたりしないと心で誓って、元気づけようとできるだけ明るく声を掛けた。
僕の勧めに、ブレトがようやく重い口を開いた。
「それなら……」
「うん!」
なんでも言って欲しい。ブレトの願いなら、なんでも叶えて上げたい。
そう思ったんだ。思っていたんだ。それは、本当なんだ。
けれど。
「……なら、俺を、ディードリク王太子殿下付きの側近から、解任してください」




