2-4-12.
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「なにを、言って」
「だって、ブレト卿からは断られちゃったじゃないですか。完膚なきまでに」
『なにを言ってるんですか。無理です』
取り付く島もないほどはっきりと告げられた断りの言葉が頭の中に響いた。
『いくら忙しすぎて疲れているからって。朝からそんな笑えない冗談を言われても。和んだりしませんから。やめてください。そんな。あり得ない。無理だ』
それを口にしていた時、ブレトはどんな顔をしてたっけ。
そうだ。照れている様子なんかじゃ、なかった。忌々しそうで、吐き捨てるようだった、気がしてきた。
「俺の提案に乗れば、ディードリク殿下は自分の子供を持てるし、ブレト卿はディードリク殿下を抱かなくて済むし、俺は王配の地位が手に入る。自分の子供が次代の王となれるなんて、侯爵になるよりずっと凄い。多分、祖父はディードリク殿下のことをよく分かっていたんでしょう。女性ではなく、男性の手を取りたいと思っていることも。でもブレト卿はそんなの全然興味なさそうってことも。全部察していたんでしょう。さすが王宮の侍従長を長くやっているだけはありますよねー」
楽しそうに笑いながら持論を述べる。ポールの言葉のどこから否定すればいいんだろう。
そもそも僕は女性とか男性とかそういうことじゃなくって、ブレトの手が欲しいだけなのに。
「ポール。その提案は、あまりにも的外れだ」
「どこがです? だって、ブレト卿には一考の余地すらないとばかりに、一蹴されてたじゃないですか」
それを言われてしまうと僕には何も言えなくなってしまう。
けれど、僕の気持ちに関しては、まるで的外れだということを僕自身が誰より知っている。分かっている。
──でも、ブレトの気持ちは?
すぐ横で見ていたポールだからこそ、見えているモノはあるんじゃないだろうか。
ポールが見ていたから恥ずかしがって拒否したという訳ではないのかもしれない。
ポールが主張する通り、子供が産める産めない関係なしに、男である僕の手を取ることなんか考えられない可能性は、ある。
ううん。そうじゃなくって。
僕以外の誰かのものなら、男性であっても、その手を取りたいと思う、かもしれないし。
そこまで考えて、僕は地の底まで落ち込んだ。
「それとも、王権を発動して、ブレト卿を無理矢理伴侶にしちゃうんですか? なんて。そんなことディードリク殿下はしないですよね。うんうん。そうでしょうとも。かといって心の中にブレト卿を住まわせておきながら、誰か他の令嬢の手を取るんですか? 好きでもなんでもない相手と御子を作る為だけに閨を伴にするんですね? 『好きだ』とか『愛してる』とか、心にもない言葉を口にして」
「しない! 好きじゃない相手に、そんなこと、言わない」
言えない。ブレトにしか、言いたくない。
「ですよね。ディードリク殿下はそういう方だって思ってました」
よくできました、とにっこり笑って頷かれた。
馬鹿にされているのだと、さすがに僕にだって分かる。身体が震えた。
「だからこその、俺です。俺なら、ディードリク殿下は嘘をつく必要なんて無いです。好きかどうかなんて必要ない。なんならその時だけ俺を『ブレト』って呼んだって構いませんよ。それで俺が求めるモノが手に入るなら、お安い御用です」
「次代の王の父という地位が、そんなに欲しいのか」
食いしばり過ぎた歯が軋んでギリリと音を立てた。
吐き捨てた僕の言葉に、ポールがうっとりと目を蕩けさせた。
「えぇ、勿論です」
悔しい悔しい悔しい悔しい。
悔しすぎて、視界が涙で滲んでいく。
ポールが望んでいる物は、僕の伴侶の立場ですらない。
ただ、王の父となることだけ。
僕に望むのは、ポールの子供を次代の王とする胎だけだと。
でも一番悔しいのは、僕が、好きでもないポールと子を授かるような行為をしてでも王太子でいたいと思われていることだ。
「……僕の答えは変わらない。君の手は、要らない。僕がポールを選ぶことなんかない。侍従も側近も、今日で辞めて」
僕は、ブレトが欲しいだけだ。
ブレトじゃなくちゃ、嫌なんだ。
そういう行為自体、好きだという想いをお互いに持てる相手として、ブレトと、したい。
僕は、ブレトの手が取れないならば、王太子でなんかいたくない。




