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その頃のブレトさん
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「はぁ? そんな訳ないじゃないですか。知ってますか、魔力の相性が良い相手っていうのはものっすごいレア中のレアで、ものっすごく特別な相手同士ってことなんですよ? この国の歴史を顧みたって、ほんの数組しかいない。そんな超超特別な相手としてですね、ディード様が選ばれるのは分かりますというより当然でしょうけどね。その相手が、俺? 無い無い! あるはずがないでしょう!」
あはははは、と手を振って笑い飛ばす。ついでにサーフェス団長の肩を力いっぱい叩いておいた。
勢いでジョッキに残っていたエールを一気に飲み干し、手で掲げる。
「すみません、お替りっ!」
阿呆な話をするからだ。痛がっているが、知らん。
なのに。めげないサーフェス団長ときたら、恨めしげな視線でお替りをおいていった給仕係の姿を見送ってから、わざわざ身を乗り出して声を潜めて話し続けるのだ。
「お前、ブレトっ。いいか、今すぐに理解しろとまでは言わん。お前だって混乱するだろう。当然だ。俺だってこんな所で話すような話題じゃあ無いって思う」
まだ続けるつもりなのかと、ゲンナリした。胡乱な目で睨んでやったのに、今夜のサーフェス団長はしつこかった。
「だがこれは厳然たる事実だ。いいか、先日の件を思い出してみろ。それまで動けなかったあの方が魔法を使えるようになったのは、どうしてだ?」
「……」
「お前が、あの凶悪な魔法陣に囚われそうになったからだ」
「……」
これ以上、酔っぱらいの戯言など聞いていられなかった。馬鹿らしい。
届いたばかりのジョッキには、まだ口をつけてもいないエールが入っている。
だがもうそれに口を付ける気にもなれなかった。
実りのない悪ふざけに付き合う気分でもない。財布の中身を数える気にもなれずに適当に掴んでテーブルに叩きつけて立ち上がる。
その俺の腕を、サーフェス団長が掴んだ。
「おい、聴け。聴いてくれ、ブレト。お前だって、あの方の件に関してだけ、自分がいつもと違う行動しているという自覚くらい持っているだろう?」
サーフェス団長の真剣な語りかけに、もう少しだけ続きを聞いても良いと思って席へと戻る。
「さぁ? なんのことです」
ジョッキを手に取り、一気に呷った。
「ギョクマル」
その街の名前を出されて、思わず睨みつけた。
「大体な、いつものお前ならとっくに『無理』だと手を放してるだろう。お手上げだって」
「……俺は、職務には忠実なんです」
「そうか。泣いて正式記録に店の名前を残さぬように頼むのが近衛隊長の仕事だったか」
ダンッ。
まだなみなみとエールが入っているジョッキが載るテーブルを力の限り叩いた。
テーブルがたわんだ拍子に、ジョッキのエールが飛び散って、顔を近づけていたサーフェス団長とまだ残っていた皿の上の料理へと掛かった。
「冷てぇな」
手の甲で拭って、ついでに舌で舐めとっていくサーフェス団長を睨んだ。
「んだよ、その顔。お前、自分が今、どれだけ必死な顔をしているのか、分かってんの?」
思わずハッとして、顔を手で撫でる。
強張っていて、酒が入っているというのに冷たい肌の感触が、不快だった。
「まぁいいさ。とりあえずの種くらいは、お前の頭の中に撒けただろ。俺にできるのは、ここまでかな。後はゆっくり自分で考えるといいさ」
「サーフェス団長……」
「と、言うことで! お前の移動願いは却下。辞職願いをどーしても出したいっていうなら、それは今の上司であるあの方へ出すんだな。ちゃんと説明して、理解して貰うんだぞ。仕事だからな。当然のことだ」
さぁ、飲もうぜと明るくサーフェスから言われたが、ブレトの頭の中はサーフェスから告げられた衝撃の事実でいっぱいで、もう食欲は湧かなかった。




