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『隣り合わせにありながら、お互いに相手を知らな過ぎたことが今回の事件の根底にあるのではないでしょうか。理解を深め、永遠の友好の礎を築くため、グランディエ国王太子ディードリク殿下と我が国の第二王女殿下との婚約を提案致します』
いつまでも親の背中に隠れている訳にもいかないと、まだ静養しているように言われたけれど、無理を押してあの国の使者との話し合いの席へ参席した。
とはいっても、変わらず大謁見室の真ん中に膝をつき説明をする使者と、陛下の座る玉座の少し後ろ横へと据えられた椅子に座っていることという申し付けだけは受け入れて、だったけど。
けれど、まさか僕を罠に掛けた国からその賠償として自国の王女を差し出されるなど想像もしていなかったから、その言葉を聞いただけで頭の中が真っ白になってしまった。
僕を人質に取って手に入れたかった国の王妃の座を得ることが、何故謝罪になると考えたのか。
彼の国の判断が意味不明すぎて、恐怖すら感じる。
そうしてそれ以上に恐怖したのは、僕の婚約は政治として扱われるものでもあるんだ、ということ。
知識として頭に入っていたことだけれど、本当の意味で、初めて思い知った。
じわりと嫌な汗が噴き出て、グランディエ国として受け入れることなどありえないと分かっているのに、嫌な未来を想像してしまう。
今、この婚約の申し入れを受け入れることは無いだろう。それは間違いないけれど、それでもいつか友好国からの婚約の申し入れを受ける日が来たら、どうなるだろう。
グランディエ国として、益がある相手ってどこの国だろうか。
横滑りしていく思考に、視界がぐらぐらと揺れそうになる。
駄目だ。こんな時に、不甲斐ない姿を晒してしまうなんて、失敗はできない。
ドラン師を信じる者はこの国にはいまだに多い。第二第三のウィル伯爵を生みかねない。
──しっかりするんだ。
歯を食いしばり、爪がてのひらへと食い込むほど握り込んで、その痛みで気持ちを支える。
それでも、嫌な想像ばかりが頭の中を巡って、抜け出すのが難しい。
『我が国の王女は、よき妻、よき妃となり、ディードリク王太子殿下をお支えできる素晴らしい女性でございます。美しさも教養も兼ね揃えた第二王女殿下であれば、必ずや王太子殿下の治世に力添えができると──』
謁見の間に、場違いなほど熱意のある使者の声が続いている。
その態度は堂々たるもので、まるでお互いの立場は対等であると思っているようで。
本当に、賠償をしなければならない立場にあるという罪の意識があるのだろうかとすら感じてしまうほどだ。
賠償としてすら、王太子である自分の隣に立つことを申し出てしまえるほど、僕という存在はある意味軽くてある意味では重いのかもしれない。
父王からは、好きな相手を探していいと言って貰っているけれど。
政治の場では、単なる駆け引きの道具でしかないのだ。
好きな人の手ではなく、国の発展のために、誰かの手を取る未来。
そもそも僕には、僕が好きになった人の手を取ることも、想いを伝えることすら、できない。
王太子という立場なら、当たり前の事実を明確に突き付けられて、胃の辺りが重くなる。
──苦しい。
顔を顰めて表情に出してしまった僕の肩へ、温かな手が置かれた。
爪が食い込むほど握りしめていた力が抜ける。
後ろに控えていたブレトの手が、ほんの少しだけ、軽く、添えられた。
たぶんきっと周囲には分からない程度に、ほんの少しだけの動きで。
それだけで、僕の冷たく冷えた心と体が、解けていく。
その手を掴んで頬へ引き寄せ、僕を甘やかす青い瞳が今も変わらずあることを確認したいという願いが、身の内を駆け抜けていく。
けれど、しない。我慢する。
僕は、グランディエ国の王太子。そんな甘えた行為をしていい立場ではない。
でも、これくらいは、いいよ、ね?
そっと、肩に置かれた手に手を重ねて、その手を外させた。
心を砕いてくれる忠実なる側近を、安心させるように。
本当は自分がそうして安心したいだけの癖して。
──本当に、僕という人間は、ずるい。
それだけじゃなくて。とっても分かり易い性格みたいだ。
ブレトの手に力を借りて、勢い込んで立ち上がる。
「断る。私を人質にして国を滅ぼすことができなかったので、私を傀儡にして国を乗っ取ろうというのか。グランディエ国の未来の国母という地位を、随分と安く見積もられたものだ」
誰の言葉を借りることなく。
自分の言葉で、まずは目の前にある絶望を打ち破ってみせる。
その次にやらなくてはいけないことも、見つけたから。




