絶対なる強者の証
今回、視点の変更がちょっと多いです
ご容赦を
『天空城レーゼンハイド』での楽しい空の旅は、存外すぐに終わりを迎えた。
「マスター、見えて参りました。あそこがマスターがこれより統治なさる【魔国領】でございます」
謁見の間で退屈を飼い慣らしていたレオンの元へ、ミカエルが現れて進言する。
レオンが窓際へ歩み寄り外界に視線を向けると、眼下に壁で円形に囲われた地域が見えた。
上空から見下ろすと、中央部にちょうどこの城が収まるくらいの空白があり、この世界に無知なレオンでも一目見てそこが【魔国領】なのだと確信を抱いた。
「ふむ。こうして見下ろすと小さいな」
(パッと見、北海道より2〜3回りくらい大きいくらいっぽいな。いや十分デカいんだけども)
「はい、この8000年でだいぶ規模は縮みましたので。かつては魔族域の全土が、御身の手中にございましたが……我ら配下一同の失態をお許しください」
ミカエルは心底申し訳なさそうに、レオンの後方で跪いたまま深く頭を下げる。
「俺自身に既にその記憶がないというのに、なぜ卿らを責められる。気にする必要はない」
(そんなことより、元は魔族域全土持ってたってマジでございますか???)
「寛大な御心、感謝いたします」
「時に、ミカエル? 天使たちの姿がかなり少ないように思うんだが?」
外界を見下ろしながら……否、想像以上のスケールに顔面蒼白と言った様子で、その場で固まりながら言葉を絞り出す。
「はい♪ 【黒天宮】への先遣隊として500名、また各地に散らばった配下たちの捜索と招集に500名、周辺の新興勢力の鎮圧と吸収に500名を派遣してございますので♪」
「……準備がいいじゃないか」
顔の横で手を合わせながら、可愛らしい満面の笑顔で報告するミカエルに、レオンは空いた口が塞がらなかった。
「お褒めに預かり光栄にございますっ♪ マスターがあの領域を掌握なさる頃には、より多くの配下をマスターに献上できるかと」
(うん。知ってたけど、俺の常識は通じないんだった。日本人感覚もいい加減吹っ切らないとな……)
誇らしげに宣言するミカエルを少し乱暴に撫でてやれば、ミカエルは大層嬉しそうに翼をゆらゆらと上下に揺らす。
(……犬みたいだ)
「えへへへっ……っと、マスター。降下が始まりました。間もなく着陸です」
グラっと揺れを感じ、城全体が一瞬だけ無重力状態陥る。
外を見れば、先ほどまで小さく見えていた地上が徐々に近づいてきているのがわかった。
レオンがミカエルの頭から手を離して身構えると同時に、謁見の間の両扉が勢いよく開く。
「さぁ! この時がやってきたよレオン! このままこのレーゼンハイドは【黒天宮】本殿へと変わる! 止まっていた物語が再び動き出す時だ!」
この城において、レオンのいる部屋の扉をここまで堂々と開け放つことが許されているのは1人しかいない。
「エトワールか」
「そうだとも! さぁレオン、玉座に座るといい! 着陸すれば、きっと多くの魔族がここにやってくる。僕は他のみんなを呼びに行ってくるよ。この【名優】も、この劇においては脇役なのでね」
そう声高らかに謳い上げ、優雅にその場を後にしたエトワールの背中を見送ったレオンは、呆気に取られながら座に着くことしかできなかった。
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「さて、他のみんなを集めないといけないわけだが……」
扉を閉め左右を見渡せば、エトワール早速探している人物を見つけることができた。
「やぁ、承影君、茜雫さん! その様子だと君たち、もしやレオンの元へ?」
廊下の向こうから急足でこちらに向かってきた鬼人兄妹に、にこやかに手を上げ声をかける。
「えぇ。先ほど城が降下し始めたとガブリエル殿から聞きましたので」
「どこから襲われるかわからない以上、急ぎ閣下の元へ向かい侵攻に備える必要があるからな」
「うん、レオンは良い仲間を持ったね! ちょうど君たちを探しに行こうとしてたんだが、手間が省けて何よりだよ」
「用件はなんだ? 早く閣下の元にいきたいんだが」
腕を組み瞼を閉じたまま、非常に満足げに頷くばかりのエトワールに、2人は少し焦ったそうにしていた。
「ああ、すまない。ついつい感傷に浸ってしまったよ。そうだね、君たちがいい。2人にはお伝えしようか。レオンの本来の力の引き出し方を……ね」
そんなことを言われては、自然と2人の興味もひかれる。
実際この2人も他の配下たちも、何がキッカケでレオンの力が覚醒したのかハッキリと理解できている者はいなかった。
漠然と「命の危機に瀕したから」だと思っていたが、ここでエトワールからその解答がもたらされる。
「レオンの力を呼び起こしたいなら——」
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——魔国領。
人魔問わず「不可侵領域」に数えられるこの魔境は、血の流れない瞬間のない剣呑にして物騒な言わば巨大なコロッセオ。
誰もがこの広大な国を手中に収めようと、日夜争いが繰り広げられている。
魔族において、絶対にして暗黙の了解でもある「弱肉強食」の理念がより一層濃いこの地域を覆い尽くすほどの巨大な影がかかった。
その瞬間全ての争いが止み、魔国領全域がただ静寂に包まれる。
先ほどまで抉り抉られ血を流し合っていた魔族たちは、揃って上空を見ていた。
その視線の先には、【黒天宮】目掛けて降りてくる巨大な城。
それを目にしたある者は歓喜を叫び、ある者は懐かしき畏怖を想起し、ある者は眉をひそめ、またある者はこの長い戦乱の終わりを悟った。
そして巨城が【黒天宮】の隣に降り立つと、その意味を理解した者、腕に自信のある者、巨城を手に入れようとする者など、様々な魔族が中央を目指し始める。
しかし、その殆どは目論見を挫かれることとなった。
「マスターにお手を煩わせるわけには参りませんので」
新参の中でも、力に溺れていた者、己の力を過信していた者などは、軒並み中央の【黒天宮】より溢れた500の天使たちに完膚なきまでに制圧されてしまったのだ。
しかし、新参にも少ないながら天使たちの妨害を突破した者たちがいた。
「なんだか知らんが、行ってみればわかるか」
その者は、暴力的なまでの魔の才覚と戦闘センスに恵まれ、単身でこの【魔国領】に蔓延る数多の力有しと自称する者たちを薙ぎ払ってここまで進んできた真の強者であった。
龍人族のその男は、腰まで伸ばされた栗色の髪を後方で無造作に1つに束ね、全ての者を貫かんとする黒い眼光を巨城へ向ける。
そして、今まさに襲いかかってきた天使を撃ち落とすと、再び歩みを進めた。
彼のように真に強者である者や隠密に長けた者などは、それぞれの手段で天使の防衛網を突破、あるいは掻い潜ってその場に辿り着く。
城の最奥では銀髪のハーフエルフが人狼、妖精、スライム、天使、2体の鬼人を侍らせ、玉座で優雅に足を組み頬杖をつきながらこちらを見下ろしていた。
そして、集まった者達へハーフエルフが口を開く。
「諸君、ようこそ我が城へ」
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エトワールが声をかけた影響か、謁見の間にはシルヴァ、ピクシー、ゼンゼ、承影、茜雫、ミカエルと幹部クラスの面々が勢揃いしていた。
「マスター、新参の中に天翼種の選別を突破したものが数名おります。古参の魔族たちと共に、まもなくここへ来るかと」
「良い。この場にて迎えよう」
(頼むから出会い頭に襲われたりしませんようにっ!!)
表面上は悠然と構えるレオンとは対象的に、周囲の配下たちはどこか緊張したような様子で表情を強張らせる。
次第に、城内を駆ける足音が大きくなり、バンと開け放たれた扉から10人余りの魔族が雪崩れ込んでくる。
「諸君、ようこそ我が城へ」
新参と古参の見分けもつかないレオンは、ひとまず威厳重視として玉座でふんぞり返りながらこの場を訪れた者たちを見下ろした。
「元軍団長『金獅子』。配下一同を代表し、君主様にご挨拶申し上げます」
最初に口を開いたのは、古参と思しき獣人の魔族。
180cmはゆうに越えているだろう筋骨隆々な巨体、大きなライオンの顔、黄金の毛並みが麗しいその男は、レオンを見るなり感動した様子で跪き始めた。
否、彼だけではない。蒼髪の吸血鬼、全身機械仕掛けの男、巨大なハンマーを携えた無精髭のドワーフ、青い宝石の杖を持つ美しいエルフの女、そして一見人間にしか見えない剣士などが獣人に続いてレオンへ跪く。
(あれっ、皆さん気づいてらっしゃる?)
古参勢はここに来るまでの道中で、天使たちからレオンの事を聞いていたのだが、レオンはその事実を知らない。
そのためただ1人、レオン本人だけは目を白黒させながら玉座で固まっていた。
しかし、それも古参に限った話だ。
3人、未だ立ったままレオンを見上げる存在がいた。
「ふんっ、貴様がここの主か」
その中の1人、龍人は一歩前に歩み出ると鋭い目つきでレオンを睨む。
他の2人は何も言わず、片や注意深く、片や興味深そうにその様子を見守っていた。
(まぁそうだよね! こういう感じの人もいるよね! むしろミカエルたちとか、そこで跪いてる人たちが特例なだけで、それが自然な反応だよね!!)
その視線を正面から受け止めるレオンは、一見余裕そうに見えながら、その実、密かに白目を向いていた。
「いかにも……だとしたらなんだ?」
「はっ! 知れたこと! こうするに決まっている!!」
龍人は宣言すると共に、腰を落として半身を捻り、両手に収束した灼熱のエネルギーをかめ◯め波のようにレオンへ一直線に放つ。
(お前は悟◯か何かかよ!!)
顔面蒼白になりながらその熱線を避けようとした時、レオンの前に立ちはだかる者がいた。
「……見たところ新顔ですか、躾がなっていないようですね。閣下の御前です、控えなさい」
眼前に立っていたのは茜雫だった。
手に持った札でレオンを襲う熱量を霧散させた彼女は、そのまま下手人の龍人を睨みつける。
「はっ、実力のねぇ雑魚に従ってやる謂れはねぇよ。退け、そこは俺が座る」
一方、龍人はどこまでも不敵な態度で好戦的に笑っていた。
その言葉に、その場の全員の表情が強張る。
「茜雫、下がれ」
「承知いたしました」
「この光景を前に、よもや俺を実力のない雑魚呼ばわりとは、笑わせてくれる」
茜雫が一礼して下がると、レオンはピクシーへ手招きし肩に乗せ、緩やかに立ち上がった。
「先ほど卿の攻撃を掻き消した者も、そこな天使も、俺に平伏する者たちは皆、俺がこの手で下してきた者たちだ。そんな彼らを前に俺を雑魚呼ばわりとは……よほど自信があると見える」
実際には全くもってそんなことはないのだが、周囲もそれを否定せずにむしろうんうんと頷いている。
「あぁ、まぁな。俺はこの目で見た物しか信じねぇ、逆にいえばこの目で見たものならなんだって信じる。お前が本当にコイツらを倒したってんなら……俺も倒して見せてくれよ、君主様よぉ!!」
再び龍人が攻撃しようとした時、背後の扉から堂々と侵入し、両者の間に割って入った者がいた。
「いいだろう! ならばその戦い、この【名優】エトワールが立会人となろう!」
現れたのは神出鬼没にして奇想天外な豪華絢爛の権化、エトワール。
舞台へ上がった彼は、パチンと指を鳴らして龍人の両手に収束していたエネルギーを霧散させると、クルリとその場で一回りし、左手を胸に添えて右手を上空へ伸ばす。
「ちょうど僕も、久しぶりに君の戦いを見たいと思っていたんだ。きっと周囲のみんなも同様だろうからね!」
(……ちょっとぉ?)
「流石はエッちゃん! それは大変良いアイデアでございますねっ!!」
(ちょっとぉ??)
「おお、君主様のお力を再び見れる日が来ようとは!!」
「「「「「おおおお!!!!」」」」」
(ちょっとちょっと!?!?)
「私も、閣下のカッコいいお姿を見とうございます!」
「そうだな、ここは1つ不届きものを成敗していただこう!」
(お2人さーーん?????)
当のレオンを差し置いて示されたエトワールの筋書きに、主君へ純粋に期待を寄せるミカエルや古参の配下達が賛同し、それに続くように訳知り顔の承影と茜雫も頷いていた。
レオンが咄嗟に承影へ視線を送ると、彼はこっそりレオンへウインクする。
(大丈夫って事でいいのか!? いいんだな??)
「……良いだろう! しかしここでは少々狭すぎる。せっかくの城を壊すのも偲びないのでな。場所を変えようではないか」
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『レオンの戦いが見れる』
その触れ込みの効果は絶大で、城中の配下や天使に連れられた魔国領中の魔族たちが、闘技場に集っていた。
東京ドームくらいの広さを誇るその闘技場の客席は、数千に及ぶ魔族たちで埋まっており、誰もが選手の入場を待ち焦がれている。
そしてついに、龍人が暗闇の門を潜り戦場に姿を表す。
「「「「「うおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」」」」」
その姿が日の下に露わになると、会場が大歓声に包まれた。誰もがこれから始まる闘争を期待して興奮している。
レオンは、その声を不安そうにしながら入場口前で聞いていた。
正面を見れば、離れたところにあの龍人の姿が確認できる。
「大丈夫だレオン。自覚がないみたいだが、お前は強いんだ! 俺が保証する!」
付き添いとしてここまでついてきた承影に元気付けられるが、未だレオンの不安は拭えない。
「承影、どうしよう俺魔法とかなんも使えないんだけどっ!」
「いいからいいから、騙されたと思って俺を信じてくれよ。ほら、とっておきの魔法でもかけてやるから!」
そして、承影がレオンの背中に手を当て優しく摩りながら何事かをボソリと呟いた。
「えっ、承影今なん……」
「そーら、いってこい! レオン閣下!」
承影がレオンの背中を強く押して、闘技場へ無理やり送り出す。
レオンは、若干転びそうになりながら訳もわからないまま戦場に放り込まれる。
心臓の鼓動がやけに激しく、うるさく聞こえていた。
「……これで合ってるよな? エトワール」
その場に残った承影は、ただ1人先ほどレオンの背に当てた掌を眺めながら、エトワールに言われていたことを思い出す。
『レオンの力を呼び起こしたいなら、背中でも胸でも構わない。彼の心臓に近い場所に手を当ててこう言えばいい』
「……起きろ。それが起動語になる」
承影には、もはやレオンの活躍を祈り観戦することしかできないのだった。
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会場のボルテージがまた1つ上がった。
ついに、レオンが入場したのだ。
自身からちょうど直線上、闘技場の対角線にある入場口から姿を現したその男の姿を見て、龍人は眉根を寄せた。
本能的に違和感を覚えたのだ。
——目の前の存在は、こんなにも異質だっただろうか? と。
まだ距離がある、表情は読めない。だが城で対面した時と同等と侮れば死ぬ。
そういった予感を抱き、龍人は武者震いした。
「ククッ、ハハッ! 面白い……!」
その身に纏う覇気、背筋が凍るような感覚、絶え間なく浴びせられる濁りのない純度の高い殺気。
そう言った、戦場特有の肌を焼くような感覚が龍人を昂らせていた。
迷いの無い足取りで、ゆっくりと、確実に、歩みを進めるレオンを前に、龍人は開戦の合図を今か今かと待ち侘びる。
龍人にとって、強者との死合いほど楽しい事はなかった。
やがてレオンが25mほど離れた定位置につき、その視線を龍人へ向ける。
その瞬間、先ほどまで割れんばかりに会場に響き渡っていた歓声が止んだ。
否、実際に止んだわけではなかった。その真紅の瞳に射抜かれた瞬間に、龍人の身体がレオンという存在以外のあらゆる情報をシャットアウトしたのだ。
目の前の存在に集中しなければ殺られるという確信を持って緊張感を高める。
そして、待ち侘びた合図が下される。
「それでは、これよりレオンと龍人の決闘を始める! 双方、悔いの残らない戦いをしたまえ。では、始め!!」
エトワールのよく通る声が、会場に高らかに響いた。
瞬間、まず動いたのは龍人だった。
「しねっ!」
龍人族は、魔族の中では数少ない最上位種族に数えられる存在だ。
龍人の持つ最大の強みは、その身体性能にこそある。
時に物理法則すら逸脱し、下位の魔王たちにすら通用するその超常的なフィジカルの暴力は、体術という分野において他の追随を許さない。
増してそこに天性の戦闘感が加われば、それはもはや兵器と変わらない。この龍人が魔国領内において、抜きん出て強かったのもそれが主な理由であった。
故に龍人が初撃に城で使った魔法ではなく、最大の武器である体術を選んだのは非常に理に適った最適解だと言える。
だからこそ、この戦いは相手が悪かった。この一言に尽きた。
「……ほう?」
正面から襲い掛かる、と見せかけた背後からの本気の拳を、一瞥すら寄越さず無造作に背中に回した左の掌で受け止めたレオンに、龍人は少し嬉しそうにニヤリと口角をあげる。
「この一撃を止められたものはこれまででも数えるほどもいなかった。故に先刻、お前を雑魚と言ったことを詫びよう、お前は強い!」
興奮気味に一度距離を取った龍人へ、未だ一歩たりともその場を動いていないレオンは、凍てつくような冷たい視線を送る。
その動きを捉えることはできなかったが、レオンが龍人の攻撃を防いだという結果だけは理解した大衆が、より一層湧き立った。
しかし、その声は両者共に耳に入っていない。レオンは心底興味がない様子で、龍人は外野の雑音に構っている余裕はないと言った様子だった。
10秒程度睨み合いが続いた後、再び龍人が動く。
観客にはそれが消えたように見えていたが、レオンには、左から回り込み、殴り掛かってくる光景がスローモーションのように見えていた。
そして、再び龍人の拳がレオンの掌にぶつかり、パンッと乾いた音が鳴る。
そのまま龍人が2撃、3撃と畳み掛けるように拳や蹴りを何度撃ち込んでも、レオンをその場から一歩でも動かすことは叶わない。
再び跳ねるように後方へ飛び、口元を乱暴に拭う龍人を見たレオンの口が小さく動いた。
「……おまえも、よわいな」
その悪意のない素朴な感想を呟く小さな声を、龍人だけが聞き届けた。
その声に、瞬間的に激昂しそうになるのを龍人は理性で押さえ込む。
龍人も今のレオンと比べれば劣るだけで、決して弱いわけではなかった。
実際、彼1人でも帝国のA級兵士1000人くらいなら薙払えるし、承影と戦っても十分な勝算がある。
ただ、今のレオンが規格外なだけだった。
当然だ、弾丸よりも早く迫り、鋼鉄すら打ち破る龍人族の拳を平然と見切って受け止める方がどうかしている。
故に自身の強さと相手の強さを客観的に見て、冷静な判断を下せるだけでも、この龍人は十分な強者であるといえる。
そして次の瞬間、レオンの姿がブレる。
「ぐッ!」
龍人は、何をされたのか認識が間に合わなかった。
ただ、左腕に鈍い痛みを感じて眉を顰めて歯を食い縛る。
「なっ、にぃ!?」
龍人は素直に困惑していた。これまで、自身の鋼の肉体が傷つけられることはなかった。
故に、自身の片腕を二の腕からもぎ取られたという結果を前に、刹那思考に空白が生じてしまった。
龍人の背後5mほど先には、未だ鮮血の流れ出る龍人の腕だったものを右手に持ち、無表情で佇むレオンがいる。
龍人は即座に腕を再生し、肉弾戦や長期戦は不利と見るや魔法での早期決着を図った。
「【聖域結界】ッッ!!」
【聖域結界】は、強者の証とも言われる魔法戦の極意の1つだ。
己の魔力を用いて心象風景を投影した自身に有利な空間を生み出し、そこに相手を閉じ込めるというシンプルな効果ではあるが、この聖域による術者の強化効果、攻撃対象への弱体効果は絶大であり、同じ【聖域結界】以外での有効な対抗策は存在しないとまで言われる決定打。
しかし、強力な反面魔力消費も非常に重い故に、【聖域結界】は習得していても、ここぞという場面以外にそう易々と使われることはない。
それを龍人は躊躇いなく行使する。
たちまち、龍人を中心に半径200mが黒い魔力の天幕に覆われ、レオンがそこに閉じ込められる。
それを見た観客は、龍人の勝利を確信していた。
「くははっ、俺が聖域を使えないと侮ったのか知らんが、流石にこうなってはお前も苦しかろう?」
彼らの周囲は屍山血河の舞台へ変わり、両者は荒れ果てた戦場の上で睨み合う。
否、睨んでいるのは龍人1人であり、レオンは何事かをブツブツと呟きながら、焦りなど微塵も感じさせないどこか無機質な無表情で龍人を見つめているばかりだ。
「何をブツブツと! これで終わりだっ!!!」
龍人は聖域による出力強化効果、魔力効率上昇、身体性能上昇と言った様々な恩恵をフル活用し、これまでの生涯で最高出力の一撃を構える。
今レオンには鈍足効果や脆弱化と言ったあらゆる弱体が施されており、避けることは愚か、防御すらもままならない。
故に放たれた高出力の烈線を受けたレオンが灰に変わると、この時誰もが思った。
——エトワールを始めとした本来のレオンを知る者たちを除いて。
レオンは、迫り来る烈線へ無造作に左手を真っ直ぐ伸ばす。
そして接触の瞬間、掌に熱を感じるとグッと拳を握る。
たったそれだけで放たれた烈線は圧縮され、見事に彼の拳の中に消える。
しかし驚愕はそれだけに止まらなかった。
先ほどからボソボソと何かを呟いていたレオンの口が止まり、降ろした左手と入れ替わるようにゆっくり右腕が天に向けられる。
直後、龍人の聖域を覆っていた天幕に亀裂が走り、頂点から次第に砕け散っていった。
「なっ、あぁっ!?!???」
流石に龍人もそれは予想外だった様子で、目を見開いて、刹那狼狽し硬直する。
彼は、反射的にこの一瞬は致命的だと思い出すが、時すでに遅し。
天幕の消失と同時に効果を失った聖域から、レオンが解き放たれる。
「しまっ——」
龍人が言い切るより早く、懐に潜り込んだレオンは、その胴に拳の雨を降らせる。
龍人は最初の数発こそ受け切れていたが、次第にその威力に耐えきれなくなり、やがて内臓を破壊され口から盛大に血を吐き出し、その場に崩れ落ちる。
「おわりだ」
未だダイヤモンドダストのように降り注ぐ黒い魔力の残滓の下で、レオンは右頬に浴びた血を意にも介さずに敗者を無慈悲な目で見下ろし、瀕死寸前で再生を測る龍人の頭をガンッと思いっきり蹴り飛ばす。
龍人の体はサッカーボールのように50m以上跳ね転がり、闘技場と観客席を区切る外壁に衝突し、壁に亀裂を入れて止まる。
そして、それと同時にエトワールのアナウンスが入った。
「勝負あり! 勝者、レオン!!」
「「「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!」」」」」」」
会場中が湧き上がり、割れんばかりの大歓声と共にレオンコールが起こる。
その声を無視して、レオンは入ってきた入場口へ姿を消していった。
聖域結界、設定にしろやってることにしろ、プロットの段階から何度も領域展開や固有結界のパクリなんじゃないかと不安になりましたが、やっぱり登場させることにしました。
リスペクトオマージュということで。
お願いだからパクリとか言わないで〜泣