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Edens Entelecheia -ラクエンテンセイ-  作者: 迷迭香
第二章 VS帝国 人魔大戦
17/17

人魔大戦④ 『求めたもの』

お久しぶりです......半年以上もお待たせして申し訳ない。ちゃんと生きてます。

また頑張って更新再開していきます。


今回視点変更少し多めです

 遥か北の地から、待ち侘びた解放を歓喜する咆哮が世界を震わせた。

 そしてそれは湧き上がる飢餓感に突き動かされ、地を鳴らしながら疾走する。

 エミリーの撒き餌に釣られるままに。己の本能の告げるままに。

 その牙は常に、強者(獲物)へと向かう。



 ⭐︎   ⭐︎   ⭐︎   ⭐︎   ⭐︎



 開戦から早1時間。

 東部戦線は魔王軍にとって、極めて厳しい状況だった。

聖鍵十三騎士団(セフィロト・オーダー)】は、茜雫の指揮する精鋭小隊ローテーション戦術により疲弊し、戦力はおよそ半減。

 それでもまだ、誰1人としてメンバーを討ち取ることはできずにいる。


 一般兵の戦局は拮抗。個々人の質で優れる魔族側と、全体の総数で勝る人間側の被害は共に3割強。

 未だ終わりは見えない。

 そして【神聖騎士(ディバインナイト)】ゴッドハイドは、否、彼に対峙していた魔王とナンバーズたちは——。


「ぅ.......くっ!」


「『力天使の盾』......これほどとは.......!」


 承影は愛刀を杖代わりに片膝をつき、シルヴァは美しかった白銀の毛を灰色に濁らせながら、大地を抱擁し、キッと視線の先に立つ男を睨む。


「プラン32番も失敗とはっ、難攻不落どころではありません、ね」


「ワシらだけで勝つ必要はない。ほれ、次が来るぞ」


 攻撃を終えたレイアスは、今回も徒労に終わった無力感にいっそ感心すらしながらゴッドハイドと距離を取る。

 メルトハルトはその姿を視界の端で捉えながら、ゴッドハイドとの間に次元の溝を作りだす。

 しかしその時空の断絶も、ゴッドハイドが盾を翳せば光と変わり忽ち消えてしまう。


「無駄な抵抗はやめることだ。神の裁きから逃れることはでき——」


 ゴッドハイドは、光と時空の境界を越えると同時に思い切り踏み込み、振り上げた『熾天使の剣』をメルトハルト目掛けて垂直に振り下ろす。

 その刃が老体を無慈悲に斬り裂く直前、突然の地震に両者が姿勢を崩され、ゴッドハイドの足元が隆起した。


 裂けた大地の割れ目はすぐに巨獣の大口に代わり、それは空高く飛び上がる勢いでそのまま一飲みにゴッドハイドを神器諸共胃袋まで流し込む。

 有無を言わせぬ一瞬の出来事に理解が追いつかない人類軍を置き去りにして、その巨獣が轟音と共に大地に降り立った。


「ふふ、エミリーよ。爺を随分と待たせおって」


「ごめんなさい、お爺ちゃん。ナグモの介入を受けてちょっと手こずりました」


 眼前に君臨したその巨体を見上げ、隣にゆっくり降りてきたエミリーの存在を認識したメルトハルトがニヤリと口角を上げた。


「流石に無敵の絶対防御といえど、空間ごと捕食されれば敵わんじゃろうて」


 言葉の節々から、そうであってくれという願いが滲む。

 そう願う間に、全長50mを超える全身を禍々しい灰と黒の混ざり合った体毛で覆われた四足歩行の巨獣が降り立った。

 それは着地の衝撃で大地に亀裂を入れながら、周辺一体に地震を引き起こす。


「ヴゥゥゥオオオオオ……ッ!!――ドォンッ!!」


 その咆哮は、遠雷よりも鋭く、爆撃よりも明瞭だった。

 音は空を裂き、大気ごと意識を呑み込んだ。

 万物の芯を震わせた“その後”に訪れたのは、世界の全てが声を失う沈黙。

 風の音すらも飲み込む静寂の中で、世界は再び恐怖を思い出した。


「いけません、急ぎ皆様の魔力を隠蔽しなくては」


 人類軍の大半が恐怖に震えて膝を折り、半恐慌状態に陥りかけている者もいる中、レイアスはとても落ち着いていた。

 テキパキと自身を始めとして魔王・幹部クラスの者たちへ偽装の魔法を施していく。

 そうしなければ、次の標的は間違いなくこちらだ。

 レイアスの偽装が完了するのとほぼ同時に、その牙が新たな標的を定めた。


「なんでこっちなんだよっ! ちくしょ——」


「全隊、散か——」


 ——2秒。

 それが【聖鍵十三騎士団(セフィロト・オーダー)】に名を連ねた神聖王国の勇士のうち半分が、無惨な肉塊に変わるまでにかかった時間だった。


「おいおい......冗談だ——」


聖遺物(アーティファクト)きど——」


 グシャリと再び生々しい音が、嫌に鮮明に反響した。

 数えること10秒。たったの10秒で、人類が誇る最高戦力の片翼が捥がれた。

 もちろん、その程度で『万喰』の飢餓が収まるわけがない。

 それは次の獲物を求めて周囲に視線を巡らせ、魔王軍を対象に定め——


「......なんだ?」


 突如、何かに気づいたようにその首を明後日の方へ向け、有無を言わさず走り出す。

 その牙が向かう先は———。



 ⭐︎   ⭐︎   ⭐︎   ⭐︎   ⭐︎



 時を同じくして、開戦1時間後の南部戦線。

 この戦場はレオンの予想通りというべきか、究極の個を前に、5対1でかろうじて拮抗が成立しているかと言った状況だった。


(エトワールの訓練のおかげで、なんとか動けてはいる......がそれだけだっ!)


 レオンの自認の通り、この戦場でも彼は頭ひとつ抜けて劣っていた。

 致命的な攻撃は、それぞれ仲間たちのカバーでやり過ごせているが、その時点で彼らの足を引っ張っていることは明白だ。


(何より経験不足が目立つ! 奴の攻撃の厄介さ以上に、自分自身の経験の無さが致命的だっ!)


 脳の処理が追いついていない現状を肉体スペックのおかげでどうにか誤魔化して立っていられるが、それも時間の問題。

 このままでは、ジワジワと追い詰められてレオンが落とされるだろう。

 そうなれば天秤は一気に向こうに傾いてしまう。


(それだけは避けなければ......くそっ、シルヴァやイヴリットと戦った時の力が制御できれば!)


『始原』の力は強力な反面、あまりにも膨大すぎるために、エトワールは開戦までの掌握は困難と判断していた。

 そして彼の見立てはおよそ正しい。

『始原』の力の制御に時間を割いて訓練が足りていなければ、このギリギリの拮抗すら維持できていなかった。


「レオン! 左右同時だ!」


 珍しく余裕のないエトワールの怒号が飛ぶ。

 それを聞くと同時に左をゼンゼに任せ、自身で右から襲い来る不可視の斬撃を弾く。衝撃で姿勢は崩れてしまったが、ダメージは抑えることができた。


 南雲はその隙を追撃することも、2人の対応に驚いた様子もなく、未だその場に留まったまま、ピクシーの放った目眩し魔法を斬り裂いて霧散させる。

 そして、不意に視線を明後日の方向へ向けた。


(何を見ている......?)


 〔ここより北東部、対神聖王国の主戦場に極大の生体反応を検知。予定通り、ビースト『万喰の獣』の出現と思われます〕


 告げられた内容は、アリエッタ達が上手くやり遂げた証拠だ。

 しかし、予定よりも遥かに遅い。不測の事態があったことは明白だった。


「さて、そろそろいいだろう」


 不意に南雲が一言呟く。

 それに疑問符を浮かべるより先に、南雲が動いた。

 一息の間に間合いを詰め、至近距離で軍刀を抜き放ち居合一閃。

 白刃の煌めきが、レオンの喉元に迫る。


 〔回避不可能。防御を!〕


「(プルルル‼︎‼︎)」


「させないとも」


 ピノキアの警鐘に反応が間に合わないレオンをゼンゼが庇い、エトワールがそれに合わせて攻撃を差し込む。


「......! 感謝する」


「悪くない連携だ。続けろ」


 その連携を南雲は短く賞賛する。

 やはり遊ばれている。というのが、レオンに限らずこの場の全員が抱く正直な感想だった。

 眼前の男が本当にその気になったなら、きっと数十度はレオンは死んでいた。


 しかし、南雲は決してそうしない。本気で殺しにくるし、致命傷は与えてくる。それでもトドメは決して刺さない。

 終始接待でもされているかのような、そんな違和感。明らかに1人だけ殺し合いを、戦争をしていない。


『ピノキア、仮説で構わない。奴の狙いはなんだと思う?』


 〔可能性はいくつか考えられますが、その中でも最も可能性が高いのは、教育です。おそらくマスターの成長を促すことが目的でしょう〕


『教育? お前が言うなら無い話じゃないんだろうが、敵を育てて奴に何の利がある』


 〔申し訳ありません。それにお答えするには情報が不測しています〕


『まぁ一旦それはいいさ。戦闘演算を継続してくれ』


 〔了解(ラージャ)


 これまでピノキアには様々な相談をしてきたが、彼女の解析結果を聞いても理解に至らなかったのは初めてだった。

 しかしそう言われてみれば、確かにどこか指導打ちをされていたようにも思えてくるから不思議だ。

 それはこの場で考えても結局、納得できる答えに結びつかない。

 レオンは、解消されない疑問への思考を即座に放棄する。


 一方その頃、南雲はゼノンの一撃をいとも容易く受け流し、やはり明後日の方向を見て「よし」と1人小さく頷いた。


「わからないね。一体何が良いんだい? 昔馴染みのよしみで教えておくれよ」


「なに、予定通りに目的を1つ達したに過ぎん」


 そんな軽口のような問答を交わしながら、エトワールと南雲は幾度も激突する。


「そろそろか。エトワール、旧友のよしみで忠告してやろう。魔力隠蔽をしておくことだ。喰われたくなければな」


「そのあたりも筒抜けというわけだ。相変わらず、すごい情報収集力じゃないか。僕は誇らしく思うよ!」


 こちらの目論見を看破されていても、エトワールは決して動揺は見せない。むしろ朗らかに笑いながらそれを賞賛すらした。


「それで、斯く言う君は? 早く魔力隠蔽を施さなくて良いのかい?」


「あぁ、必要ない」


 レオンは、南雲から放たれる圧力が増したように感じた。

 正確には、南雲が魔力を思い切り放ち始めたのだ。

 それが何を意味するのか、ゼノンとエトワールはすぐに理解した。


「全員! 今すぐ魔力を隠せ!」


 エトワールの声に、レオン以外の全員が反応する。

 レオンの魔力は即座にゼノンが隠蔽した。

 それと同時に、足元が覚束なくなる。何者かが激しく大地を鳴らしていた。


「さぁ、増援をくれてやろう」


 次の瞬間、巨大な獣——『万喰の獣』が南雲に喰らいついた。

 その牙は、赤子の手を捻るよりあっさりと打ち払われる。


『ピノキア......あれの解析はできるか?』


 〔高密度のエネルギー生命体......いえ、あれは半分ほど事象に近い存在のようです〕


『半分くらい生命じゃないってことか?』


 〔肯定(ポジティブ)。現時点で勝算のある相手ではありません。ご注意ください〕


(はは、いったい何をどう気をつければいいんだか)


 淡々と告げられた事実に、いっそ乾いた笑いが溢れる。

 心なしか、ゼノンとエトワールの表情も強張ってるように感じた。


「レオン、予定通りだが想定外の事態だ。万喰(やつ)の目を惹かないように注意するんだ。必ずナグモを挟んで立ち回るんだよ」


 そう忠告をくれたエトワールが、お手本を見せるように立ち回る。

 そうしている間にも、万喰の牙は幾度も南雲を喰らわんと迫った。

 その牙の一本が折られたのは、実に四度目の激突の時だった。


「うっ......そぉ......」


 肩に止まるピクシーが驚愕の声を洩らす。

 それにはレオンも同感だった。

 凄まじい光景を前にして、いよいよ目の前の男を打倒できるビジョンが見えなくなったのだ。


「どうした、もう仕掛けてこないのか? 急がねば、せっかくの増援を狩り取ってしまうぞ」


 対する南雲は、まさに余裕綽々。襲い掛かる万喰の攻撃を幾度も凌ぎながら、こちらへ挑発までして見せた。

 すでに有効打を期待できる作戦は尽きた。隠し玉も通用しない。

 この絶望的状況で、いっそレオンは腹を括ることにした。


「こうなっては仕方あるまい。当たって砕ける他ないな」


「も、もう、しょうがないなぁ! 死ぬ時は一緒だからね。レオン閣下!」


「(プルルル‼︎プルプル‼︎)」


「然り。さりとて砕けるのではない。砕くのだ」


「そうだとも! この絶体絶命の逆境をひっくり返してこそ主役というものだ! さぁ、次の幕を開けようか!」


 五者五様、それぞれが再び構えを取り南雲に向き直る。

 それを前にした南雲の口角がここにきて初めて上がった。


「その意気だ。もう少し、頑張って見せてくれ」



 ⭐︎   ⭐︎   ⭐︎   ⭐︎   ⭐︎



 そして戦場は再び南東へ戻る。

 そこでは、致命傷を受けたイヴリットが胸部の傷口を抑えながら、次の一手を講じようとしていた。


(くそっ、上手く力めねぇ。血を流し過ぎたか)


 立ち上がることすらままならず、ぐらりと姿勢を崩す。

 そしてもちろん、涼音はその隙を見逃さない。


「御命、頂戴します」


 形式的な宣告とともに、鞘から抜き放たれた刃が首元へ迫る。

 その一撃は受けられないと直感するのと、不意に金属音が響いたのは同時だった。


「させぬわ、戯け」


 鈴の様な声とともに、軽やかな着地音。

 見上げれば、そこには2振りの刀を携えたユイが両者の間に割り込んでいた。


(わっぱ)よ。無事か?」


「すまねぇな、婆さん。恩に着るぜ」


 まさに間一髪。予想外の救援を受け一命を取り留め、即座に止血に入る。

 イヴリットに代わり涼音に向き直ったユイは、興味深そうに彼女を観察した。


「ほう? 良き構え、良き刀、良き心構えじゃ。先の一撃も、実に良い威力......お主、サクヤより強いな?」


「お褒めに預かり光栄です。ですがそれはどうでしょうか。私は終ぞあの方と本気の死合いができたことはありませんでしたので」


 ユイからの問いかけにも淡々と応じる涼音。

 その目線はユイだけでなくイヴリットにも行き渡っており、まさに油断なく敵の出方を窺っていた。


「我は白雪ユイ、閣下より『なんばあず』の一角を預かる者よ。若き剣士よ、名を聞こう」


「如月涼音です。お見知りおきを」


 手短に名乗りを済ませた涼音の頬から、冷や汗が滴り落ちる。

 明らかな格上剣士の出現に、彼女の内には興奮と緊張が渦巻いていた。


「そうか。では涼音よ、次はこの我の相手をしておくれ。今、とても気分が良くての。興を削いでくれるなよ?」


 次の瞬間、ニヤリと笑ったユイが深く斬り込んだ。

 縮地を極めたその足捌きで一息の間に涼音の懐へ潜り込み、妖刀を振り上げる。

 涼音もその剣閃は見えていた様で、冷静にそれを刀の腹で受け止める。

 2度、3度と激突を重ね、その全てを凌ぎ切る涼音。

 その結果を受けて、ユイは非常に楽しそうに、そして満足気に笑って頷いていた。


「うむうむ、よいぞよいぞ。小手調べ程度で(くたば)られては面白みもないというものよ」


「噂に聞く『大剣豪』は、随分と悪い趣味をお持ちのようですね」


「ふっ、すまんのう。サクヤに続き、これほどの剣士と巡り逢えるとは思わなんだ。老いぼれ剣士の細やかな喜びじゃよ。許してたも」


「構いませんよ。どうやら私も、想像以上に歓喜している様ですので」


 言葉を交わす間にも、剣閃は絶え間なく瞬く。

 響き渡った轟音が20を数えた頃、不意にユイが妖刀をその場に突き立てた。


「うむうむ、天晴れじゃ! その若さで、よくぞそこまで練り上げたのう」


 ユイは大層上機嫌な様子で高らかに笑う。

 涼音は手短に礼を述べて次の一手に備えるが、それをユイが静した。


「待て、涼音よ。お主ほどの剣士をここで散らすには余りに惜しい。

 お主、先ほど『歓喜している』と申したな。初めて同格以上の剣士と相見えたのじゃろう。

 己の剣に限界を悟っておるのじゃろう、此度の邂逅はお主にとっても悲願......違うか?」


 ユイの指摘はおよそ正しかった。涼音にとっても白雪ユイという剣士と死合える機会は、それこそ喉から手が出るほど欲した刹那だ。

 それを言い当てられ、涼音のうちに微かな期待が芽生える。この女なら、あるいはと。


「でしたら、なんです? まさか私をここで見逃しますか?」


「いや、違うな。お主、我と共に来ぬか。この手を取れば、お主を悩ませるその壁。我が越える手伝いをしよう。そしてお主が剣の極みに至った時、もう一度死合おうではないか」


 その誘いを受けた瞬間、涼音は天啓を受けたかのような感覚に襲われた。

 おそらくこれは、もう二度と巡り会えない契機。

 剣に生きてきた涼音は、国への忠義や故郷への心残りなどは薄い。

 そういった点で非人間的な部分を持ち合わせていた彼女にとって、その誘いを断る理由は皆無だった。


「わかりました。有り難くその誘いに乗りましょう。本日よりお世話になります、師匠」


 刃を鞘に納め、ユイが差し出した手を取り一礼する。

 不意打ちを警戒しなかったのは、同じ剣士として目の前の存在が自分と同じ願望を抱えていると漠然と理解できたから。

 だからこそ、いずれ必ずこの恩義を最高の形で返そうと、強く誓った。


「うむ! では涼音よ、たった今より、お主は我が弟子として魔王軍の一員となった。

 手始めに、この戦場を制圧して見せよ。できるな?」


「はい。水無月サクヤ亡き今、脅威となる存在は皆無。すぐに片付けてご覧に入れましょう」


 命を受けた涼音は、先ほどまでの濁った瞳を嘘のように輝かせ出陣していく。

 目の前で行われた信じ難いほどの手のひら返しを前に、イヴリットは空いた口が塞がらない思いだった。


「なんじゃ、驚いたか?」


「おう、流石にな......。あの調子で、次は俺たちを裏切るとかなけりゃいいんだが」


「カカカ! それは杞憂じゃろうて。あの者は、ついに願いを叶える道を手にした。それこそ人生を投げ捨てるほどのな。その道を前にして、二度目の裏切りなどあり得ぬよ」


「なんでわかんだ?」


「我がそうじゃったからじゃな」


「そうかよ、何はともあれ助かったぜ。ありがとな」


 ユイほどの者にそう言われてしまっては、それ以上返せる言葉もない。

 救援の礼を述べて回復に徹する。幸いユイのおかげで一命は取り留めた、あとは時間の問題だ。

 残りの戦力もすぐに涼音が斬り伏せることだろう。

 こうして、南東戦線は魔王軍の勝利となった。



 ⭐︎   ⭐︎   ⭐︎   ⭐︎   ⭐︎



 その頃、西部では——


1番(モノ)より各員。天翼種の統括個体排除完了、これより残敵掃討に入るわ。終了後は各自撤退。他の戦場の援護は、戦況を見て考えるわ』


 手短に仕事を終えて通信を流す。向こうからは簡潔な了解の言葉が返ってくる。そしてすぐに次の標的目掛けて、亡霊は再び動き出した。

 その光景を見上げながら、墜落したミカエルが血の海に沈む。


(してやられた、天翼種(私たち)のことをここまで理解されてるとは)


 再び飛翔しようにも、翼は先ほど焼き落とされてしまっており、既に羽ばたくこともままならない。

 いや、それ以上に全身に致命傷を受けており、立ち上がることも困難だった。


(早く回復しないと、この戦場を取られるのはまずい......!)


 意思とは反対に身体が動かない。

 あの亡霊が自分を追撃しなかったのは、死が確定したからなのだと嫌でも理解させられた。


(くっ、ライオットもおそらくやられている。私が、なんとかしないと、いけない......のに.......)


 血を流し過ぎた。視界がぼやけて、意識が遠のいていく。主君の命を果たせない己を恥じるミカエルが最後に聞いたのは、こちらに歩み寄る誰かの足音だった。


「......! ミカエル......」


 フィリアを連れたアリエッタが見つけたのは、つい先程息絶えたばかりのミカエルの亡骸。

 綺麗だった純白の翼を真っ赤に汚し、土に塗れたその骸を優しく抱き上げ、配下の人形に保護させる。


「おねえちゃん、その......みかえるは?」


「ミカエルは......うん、間に合わなかったみたい。全部終わったら、お父さん(レオン)に起こしてもらいましょう」


「......そっか、わかった」


 まだ幼い子に身近な存在の死を伝えるのは流石に躊躇われたが、フィリアの賢さは保護したアリエッタもよく知っている。

 普段の態度こそ年相応だが、誤魔化したところできっと本人も理解してるだろうことも。

 そして予想通り、フィリアはその現実を前にして取り乱すことなく、あるがままを受け入れた。

 本当によくできた子だと素直に思った。それと同時に、この子がこんな価値観を持つようになってしまったことが少し悲しくもあった。

 幸いなのは、ミカエルには蘇生の可能性があることだろう。問題は他だ。


「......西部は確か」


「らいおっとおじちゃんが、いる」


 あのミカエルの惨状を見た直後だ。ライオットが無事だという確証を持てるほど、フィリアはバカではなかった。


「......いこう。助けてあげないと」


 フィリアは本当に強い子だと、年下ながら畏敬の念を抱くばかりだ。


(これが、戦争。これが、殺し合い......私も、子供のままじゃいられない。みんなを守ってあげられるくらい、強くならなきゃ)


 だから、フィリアがその胸の内で燃やした決意の炎に気づくことができなかった。


 ——ライオットは、程なくして見つかった。

 猛き黄金の獅子は、焦土と化した森の中央で血を吐き倒れ伏していた。


「......! これは、神経毒? まだ息はある、けど急いで解毒しないと!」


 アリエッタにもピクシーやレイアスほどではないが、多少は解毒の心得もある。

 ライオットが毒の巡りを遅らせていたこともあり、アリエッタでも解毒できる程度だったことも幸いした。


「......よかった、一命は取り留めたわね」


 施術を終えたアリエッタの声を聞いて、ひとまずフィリアも安心できた。

 ライオットほどの巨体を運ぶのは大変だが、アリエッタの人形達がいればそれも問題ない。

 周囲を警戒すれど、既に敵は次の戦場へ向かったようで、既に誰1人残っていなかった。


「この2人がこんなになるなんて......いったい、西にはどんな化け物が来たのよ」


 アリエッタでは、この2人をここまで一方的に打倒できる存在など片手で数えるほども思い浮かばない。

 そしてその候補のいずれも、ここには来ていないはずだ。

 その事実が、アリエッタに冷や汗をかかせる。


「おねえちゃん、まずは2人を安全な場所に連れて行こう?」


「そうね。ここには長居しない方が良さそうだもの」


 敵の正体も、所在も、何一つ明らかになっていない。

 確かなのは、森を焦土に変え、ライオットに毒を盛り、ミカエルを正面から撃ち落とせるということだけ。

 その断片的な情報だけでも、まともに相手にしたいとは思えなかった。


 かくして、2人は西部戦線を撤退する。

『亡霊小隊』の勝利という形で、また1つの戦場が幕を閉じた。

もう少し書くつもりでしたが、思ったより区切りが良かったので一旦ここまで。


フィリアのキャラが、初期から少しブレていないか......? という懸念が実はあります


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