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Edens Entelecheia -ラクエンテンセイ-  作者: 迷迭香
第二章 VS帝国 人魔大戦
13/17

運命の三叉路

よく書いてて展開が早過ぎないか不安になります


 ——No.9『大剣豪』白雪ユイは、1万年以上昔の時代に『大和大国』(現在の銀天郷)に存在したとされる妖怪『九尾の狐』の生き残りである。

 中でも彼女は妖怪が持つ固有の力『妖術』の一切を使うことなく、二つ名の通り剣術のみを武器とする珍しい存在だ。


 その容姿は一見すれば、ふさふさの耳と一本の尻尾を揺らし、真昼の空を吸い込んだような澄み渡った蒼い和服の袖を風に靡かせる狐人(きつねびと)の幼女。せいぜい言葉遣いが古臭い、現代で言うところの『のじゃロリ』というやつだ。


「かかか! げに本日は宴日和、実に良き日じゃな」


 彼女は小気味よく笑いながら、尾と共に腰に下げた妖刀『月影(げつえい)』を揺らす。

 調査の任を無事に終えたユイは、朝の街を気ままに歩き、時に住民たちと笑い、卓を囲み、時に剣を交える。

 長く永い時を生きてきた彼女にとって、今を生きる者たちと縁を結び、同じ時を刻む事は至上の喜びであった。

 しかし、楽しい時はいつの世も短く儚い。


「むむ、みかえるの遣いか。我に何用じゃ?」


 自らに影を落とした存在へ振り返って見上げると、そこにいたのは一体の天使。


「閣下より伝令です。“1番目の王冠” 以上です」


「うむ、確かに。ご苦労であったな」


 一礼して立ち去る天使に短く労いの言葉を送り、ユイは「さて」と先ほどまでの朗らかだった表情を引き締める。

 先の伝令は「緊急事態発生、直ちに玉座に集結せよ」という意味だ。わざわざ”1番“で伝えられるほどの事態となれば楽観視はできない。


「やれやれ……次に子らと宴に興じれるのは、一体いつになるかのう」


 ユイが狐の形にした左手をコンと鳴くように一振りする。次の瞬間、ユイの姿が煙のごとく立ち消えるのだった。


 ——————————————————————————


 レーゼンハイド最奥、玉座の間にて


「やぁやぁ紳士淑女諸君。お待ちかね、ボクの登場だよ!」


「これで全員揃ったな」


 最後に入室してきたエトワールを見て、レオンが厳かに口を開く。

 これで遠征中のNo.10を除き、この場に全ての主要戦力が円卓に揃い、レオンを基準に時計回りに番号順で座っている。エトワールは空席だったレオンの右隣へ座った。

 突然の招集に疑問を抱きつつ、ミカエル以外のナンバーズたちは卓についたまま一様に主君の言葉を待ち続ける。

 静寂を破ったのはレオンだった。


「此度卿らに集まってもらったのは他でもない。先ほどミカエルより、ナグモケイタロウを筆頭に40万を超える人間たちの総軍がこちらへ向かっているとの報を受けた。

 どれだけ多く見積もっても猶予は7日だそうだ。我々はこの7日で、この脅威に対抗する策を組み上げねばならない。そこで皆の知恵を借りたい」


 告げられた内容は最悪そのもの。それは文字通りこの世界の半分(人類の総戦力)をそのまま相手取ることに等しい。

 その第一声は、それぞれの面持ちを一層真剣な物へ変えるには十分だった。


「7日……想像以上に短いですね」


「戦場にする場所を選ばねばなりませんね。布陣位置と部隊編成は——」


「ナグモが出てくる以上、他の異名持ち(ネームド)も総出で来ると思った方が良さそうだ」


「となると王国の【魔王殺し】たちも来ると考えた方がいいな」


 茜雫とシルヴァが部隊の配置と編成を思案し始め、承影とイヴリットは想定できる事態を列挙し必要な対策を考じる。


(聞いている感じ、ナグモ以外にも何人か厄介なのがいそうだ……)


 〔肯定(ポジティブ)。進軍中の4つの軍に、それぞれ異質な聖遺物のエネルギー反応が複数確認できます〕


 淡々としたピノキアの情報提供に溜め息を吐きたくなるのをグッと堪える。

 承影たち鬼人を一方的に虐殺したナグモだけでも厄介だと言うのに、それ以外にも粒揃いだと言う事実が一層レオンを気落ちさせた。


(単純計算でも軍一つにつき10万とネームドを相手にしなくちゃいけない……こちらの全戦力でもおおよそ12万が関の山だ。数的劣勢をどう覆せばいい!)


「恐れながらマスター。戦力差が絶望的でございます。天使たちを派遣して『天撃』による空襲で戦力を削っては如何かと」


 ミカエルの掲示した『天撃』とは、天翼種固有魔法。天使たちが誇る必殺の一撃だ。

 本来なら、体内に取り入れられ魔法の行使に使用されるエネルギーを極限まで圧縮し、手元でそれを投げ槍状に形成。

 放たれる一撃は対象を灰に変え、余波で半径10m内の空間に音と光の衝撃波による破壊を齎す。

 恐るべきことに、その射程は視界に映る範囲の全て。

 降り注ぐ槍の雨は、絨毯爆撃という言葉すら生ぬるい文字通りの破壊の嵐であり天変地異。

 天翼種を魔族の中でも上位の存在たらしめる所以である。


「確かに、それなら敵戦力を大幅に削れるかもしれませんな」


「ドーンとやっちゃお!」


 その立案にライオットやピクシーが頷き、他の者も希望を見たとばかりに概ね肯定的な様子を見せる。

 ユイとエトワールを除いて。


「残念だけど、それはあまりお勧めできないかな」


「その心は?」


「簡単さ、ミカエルは『臆病さ』という人間の最大の恐ろしさを知らないんだ。あのナグモが率いる軍が、君たちの空襲を想定してないと思うかい?」


「然り。あやつらも何らかの対策は考じていよう。乱戦時ならともかく、現状仕掛けても手痛い反撃を受けて終わりじゃろうて」


 エトワールは至極当然といった様子で、左手で右肘を支えたまま右の人差し指を天井に向けて立てる。

 1つ空席を挟み、その横でユイが両目を閉じて首肯した。


「奇襲は有効ではない、ならば罠にかけてはいかがでしょう」


「確かに、以前戦った時に閣下の用意された罠には苦戦を強いられました。仕掛ける意味はあるのでは」


 次に意見を出したのは茜雫だった。

 実際に体験した経験のあるシルヴァが少しだけ懐かしそうに賛同する。


「それも推奨しないね。計略や策謀の類は彼らの専売特許と言っていい。生半可な一手じゃ通用しないどころか、却って戦場を荒らして自分たちの首を締めかねないよ」


「となれば、正攻法でいく他ないか。現状の戦力での最適解が必要だ」


 レオンは、エトワールをしてそう言わせるなら事実なのだろう。と思考を瞬時に切り替える。

 他のメンバーも、ならばとすぐに議論を再開した。


「まずは、脅威となり得る敵戦力の特定からだな」


「(プルルルルッ‼︎)」


「ミカエル」


 承影とゼンゼの声を受け、レオンはミカエルへ視線を向ける。

 追いかけるように全員の視線がミカエルへ向かえば、それを受けたミカエルは右手をそっと胸に当てて座礼でもするかのように瞑目して小さく会釈する。


「はい。現在確認されている脅威は、帝国軍の『ナグモケイタロウ』、王国軍の『神聖騎士(ディバインナイト)ゴッドハイド』『聖鍵十三騎士団(セフィロト・オーダー)』、銀天郷の『月虹団』の4つです。

 それと、レイヴンガルドのみ筆頭格が確認できていないため、未確認の脅威がまだ潜んでいるものと見て間違いないでしょう」


「ふむ、ならば月虹団とやらは我が相手をしよう。銀天郷には少なくない縁がある故な」


「待て! そう勝手に決めていい話じゃ」


 列挙された名前を聞いて、意気揚々と真っ先に声をあげたのはユイだった。

 それに待ったをかけようと立ち上がった承影を、レオンは声を被せると同時に左の手のひらを向けて静止する。


「いや、良い。俺が許可しよう」


「かかか! 流石は主殿じゃな」


 ユイはその計らいに小気味良い笑いを返し、話は終わりだとばかりに、静かに目を閉じて両の袖に両腕を仕舞い込む。

 それを確認して、レオンは一呼吸の間をおいた後に話を再開し


「……では他の担当も決めようと思う」


「その前に、少しいいかい?」


 小さく挙手したエトワールに遮られる。

 レオンが首だけそちらに向けて視線で続きを促すと、エトワールはそのまま上げた左手の人差し指を立てる。


「まず前提として、現状このメンバーだけではネームド達を抑えるには少々人員不足だ。そこで、2つほど援軍を用意しようと思う。

 1つは【魔天七星(セブンスヘヴン)】全メンバー。彼らなら、事情を伝えれば手を貸してくれるだろう」


 願ってもないエトワールの提案に、その場の全員が息を呑み歓喜と期待の入り混ざった視線を向ける。

 レオンも感情を表にこそ出さなかったが、正直小躍りしたい気分だった。

 そして周囲の視線を受け止めたエトワールは、次に中指を立てて言葉を続ける。


「そして2つ目……第三勢力として、僕らが遥か古の時代に封印していたビーストを解き放つ」


 続いた言葉に一同がどよめく。賛同する者、反対する者、それぞれ異なった考えを抱いて議論が白熱しかかった。

 しかしレオンが右手を緩やかに上げれば、その声もたちまち静まる。

 賛同するにしろしないにしろ、レオンには確認しなければならないことがあった。


「魔王達の助力については願ってもないことだ。しかしエトワール、そのビーストとやらは一体なんだ」


「そういえば、今の君にはまだ話していなかったね。

 ビーストとは、この世界の創世以前から存在したと言われている滅びを司る12の獣たちだ。

 ただの魔獣と違い、高い知能を持ち狡猾で凶暴。今日に至るまでの長い歴史でその内7体が討伐されてきたが、残る5体は未だ健在だ。

 ここまではいいかい?」


「あぁ、続けてくれ」


 エトワールと目が合い、小さく首肯して続きを促す。

 ふと周囲を見れば、ミカエル、ライオット、ユイの3人は覚えがある様子で、それぞれ複雑な表情をしていた。


「僕らは昔、その内の1体である『万食の獣』を封印することに成功した。その封印を解き、人間たちを襲わせるんだ」


「聞く限り到底そう都合よくいくとは思えん。よしんば上手く行ったとて、その後はどうする?」


「簡単さ。魔王総出で討伐、あるいは再封印すればいい。ようやく物語も『承』から『転』へ移り変わる。2つの勢力の戦いを乱す第3勢力の登場……きっと面白くなると思うよ」


 エトワールは机に両肘をついて手を組んでニヤっと口角をあげ、どこか邪悪さすら感じる魔性の微笑みを浮かべる。

 対するレオンは、


「仮に物語だとして、俺からすればまだ『起承転結』の『承』にも至っていないがな」


 とため息を溢していた。


「『僕の視点では』と言うことだよ。確かに『君の視点では』、『起』の中盤から終盤かどうかだろうね。今は理解が及ばなくてもいいのさ。

 舞台は僕たちが彩る。君は思うがままに、君の物語を紡いでくれたまえ!」


 どういった原理か「シャラ〜ン」という効果音と共に、エトワールから薔薇のエフェクトが溢れ出す。

 その無駄に高度な芸当をいつも通り無視して、レオンはナンバーズへ視線を移した。


「コホン。では、改めて各員の配置を決めていく——」


「う〜ん、見事なスルースキル! 流石はレオン、そんなところも素敵だ」


 そんなエトワールの戯言を完全にスルーしたレオンは、的確に人材の割り振りと修正を重ねていった。

 最終的に決定された配置はこの通りだ。


『対帝国部隊』レオン、エトワール、ゼンゼ、ピクシー

『対王国部隊』承影、シルヴァ、茜雫

『対レイヴンガルド部隊』ミカエル、ライオット

『対銀天郷部隊』ユイ、イヴリット

 そして各戦場に魔王達を追加で投入する。

 長期化すれば勝ち目はないと判断し、戦力を惜しみなく投入して早期決着を狙う作戦だ。

 案だけを見れば理にかなっているし、魔王たちやビーストの追加戦力を思えばこれが最適解とも言える。これしかないと確信を持つレオン。

 隣でそれを興味深そうに、しかしどこか慈愛の篭った瞳で見つめるエトワールの視線には、気づくことができなかった。


 ——————————————————————————


 レオンたちがそれぞれの配置を相談していた頃、フィリアはと言うと、1本の大木の下で今日は1人で魔法の実践練習をしていた。

 本で見たことを思い出しながらあれこれ試行錯誤する。

 炎、水、風、地、光、闇。工夫を凝らし、手法を変え、発想を逆転させ、本の記載すら無視して見たりしても尚、どれも上手くいかない。

 原因もわからずただトライ&エラーを繰り返すことしかできないフィリアは、やがて疲労に苛まれ木のみきに腰を下ろす。

 額に滲む汗をぬぐい、勉強した内容を反芻する。

 その表情に焦燥感はない。しかし、確実に募っていく無力感はやはり誤魔化せない。

 休憩が終わったら次はどんなアプローチをしようか、思考を巡らせる彼女の元に、1つの人影が歩み寄る。


「何かお困りかい?」


 不意に声をかけられた事にビクッと体が反応して、その人物にゆっくりと視線を向ける。

 それは無機質でどこか不気味な笑顔の面を付け、フードを深く被り顔以外の全てを黒い外套で覆い隠したいかにも怪しい人物。

 その声は少し籠もっていたが、若い男の声だということはわかった。

 驚愕が恐怖に変わり始めた時、レオンから「もしこういう人に声をかけられたら、逃げるか誰かを呼びなさい」と言われていた事を思い出し、咄嗟にミカエルの名を呼ぼうと唇を動かし……それを制するように男が口を開いた


「あぁ、待って、僕は怪しい人じゃないよ。ほら」


 機敏にもフィリアの警戒心と微かな怯えを感じ取ったのか、その声が先ほどよりも優しく宥めるようなものに変わった。

 そして、男はフードと仮面を外し、自らの素顔を晒す。

 それはこの世界にしては珍しい短く切り揃えられた黒髪黒眼。色白な肌は健康そのもので、「大丈夫だよ」と柔和な笑みを浮かべる様は、一見すればただの人当たりの良さそうな若い成人男性にしか見えない。一見すれば魔族的な特徴は確認できないが、それ以外に特徴的な点があるとすれば、それは左頬に水平に刻まれた切り傷だろう。その傷跡と明らかに怪しい格好をしていた事実が、目の前の男がただの住民で無いことを理解させる。


「……誰、ですか」


「うーん、やっぱり警戒されているね。お兄さんはどこにでもいるただの亜人だよ。君が困ってそうだったから声をかけただけだ」


 両手を耳の高さに上げてその場から動く様子を見せないその男を、フィリアはそのつぶらな瞳を細めて注視する。


「それで、本当に私が困ってたとしてどうするんですか」


「僕に助言できることがあるならそうする。それだけだよ、僕はここからこのまま動かないから、話だけでもどうだい?」


 男はそう言うとフィリアからおよそ7m離れた位置で、両手を上げたままゆっくりと腰を下ろした。

 その様子に、フィリアは微かに警戒を解き「そのくらいなら……」と思い始める。

 目の前の男は、少なくともフィリアを害する意志がないことを証明して見せている。

 話してこの無力感を払拭できるなら良し、出来ねばそれはそれだ。


「……わかりました。話だけですよ」


 そう切り出してフィリアはポツポツと、己が抱える悩みを吐露する。勉強したのに魔法が使えないこと、試行錯誤のうちで試した内容、何が原因か掴めないでいること……それら全てを、男はうんうんと相槌を打ちながら最後まで聞いていた。

 そしてフィリアが話を終わらせると、男は「それなら」と切り出す。


「それならまずは適性を知った方が良いだろうね。どの属性が使えるのか、何が苦手なのか、自分が持つ魔力の総量も知っておいた方がいいだろう」


「その適性は、どうやったらわかりますか?」


「そうだね、君の周りに魔法を使う人がいるならその人を頼るといいだろう。もし君がいいと言ってくれるなら、この場で僕が君の適性を教えてもいいけど……どうする?」


 その提案に、フィリアはひどく揺れてしまった。

 どう考えても、後で茜雫たちを頼る方がいい。むしろそうするべきだ。

 いきなり現れた怪しい男に頼るなど、普段の彼女ならもっての他だと切り捨てられた。

 しかし今この瞬間において、その誘いは『魔法』という見えない大海原で泳ぎ方もわからず溺れる彼女に差し出された藁のような物。

 つい掴みたくなってしまうのも無理はないという物だ。


「わかり、ました。教えてください」


「ありがとう。それじゃあ手を出してもらえるかな?」


 何かあれば、一声呼べばミカエルが助けてくれる。

 そう言い聞かせ、素直に差し出された手を取る。

 男は目を閉じて神経をフィリアの手に集中。

 流れてくる魔力の強さと量を見て、次にその色を感じる。

 一般人からしてみれば、その芸当は血液の流れを可視化するような物だが、魔法を使う者にとっては容易い技術だ。


「ふむふむ……うーん……? うん、なるほど。ありがとう。大体わかったよ」


 時折頷き、また時に首を傾げながら、1分ほど経って男はゆっくりとその手を放した。


「……どうでしたか」


「すごいことに、君には全ての属性への適性があるようだ。基本6属性に加え、特殊属性も扱えるだけの才能がある。魔力量も素晴らしい、魔王達でも君の魔力量には及ばないだろう」


 そこまで聞かされ、フィリアの表情がパッと喜色に変わり始める。

 しかし男は、それを静止して続けた。


「申し訳ないけど、喜ぶのは早い。原因はわからないけど、君は極端に魔力を安定させるのが苦手みたいだね。まずは基本となる魔力操作の基礎から始めてみるといい。もし魔力を安定させられるようになれたら、君は世界でもトップクラスの力を手に入れられるだろうね」


 男は右手の人差し指を立て、そこに魔力を集中させる。すると、男の指先にユラユラと波打つ透明な魔力が収束し、それがハートの形に整えられていく。


「こういうのはできるかい?」


 見様見真似でフィリアも立てた人差し指の指先に魔力を集中させる。男の時よりも大きく揺れる透明な魔力が指先に収束し、ハートの形に練り上げようとしたところで、


「キャッ!!」


「バチィッ!」と乾いた破裂音が響き、指先に収束された魔力が大気中に霧散する。

 まるで静電気でも発生したかのような現象に、フィリアは咄嗟に手を胸元まで引っ込めて半身を引き、男はそれを見て首をかしげる。


「うーん、困ったな。普通なら今のでできるはずなんだけど……これは今度、君のお父上か魔王エトワールに相談した方がいいかもね。……おっと、もうすぐ時間か」


 そこまで言うと、不意に男は再び仮面を付けてフードを深く被り立ち上がる。

 いきなりの出来事の連続に、フィリアは咄嗟に何も言うことができずただ見ていることしかできなかった。


「ごめんね。僕はもう行かなくちゃいけないから、これで失礼するよ。バイバイ」


 男はそのままフィリアに背を向けてスタスタと立ち去っていく。


「あ、あのっ! ありがとうございました!!」


 既に男への警戒心も薄れていたフィリアは、せめてその背中に届くように、咄嗟に精一杯の大声で叫んだ。

 遠くなっていくその背中に、ちゃんと届いただろうか。

 そこまで考えて、ふと小さな違和感を覚える。


「私、パパとエトワールさんの事言ったっけ?」


 その微かな疑問は、次の瞬間には魔力操作への関心に上書きされて、まるで無かったかのように消えた。


 ——————————————————————————


 夕方過ぎにフィリアが帰宅すると、城内は酷く慌しく人が行き来し、誰もが忙しそうに何かの準備に追われているようだった。

 その中に見覚えのある背中を見つけ、小走りに駆け出す。


「せんなーー!」


「あら? フィリアちゃん。おかえりなさい」


「ただいま! あのね、せんなに魔力操作を教えてほしいの!」


 しかし、それを受けた茜雫はひどく申し訳なさそうな表情をして、


「ごめんなさい。私は忙しくて時間が作れそうにないので、レオン様に直接お願いしてみてください」


 茜雫は最後にもう一度フィリアに謝ると、誰かに呼ばれたらしくそちらへ向かっていってしまった。

 取り残されたフィリアは、茜雫が去っていった方を見てとても残念そうに眉を下げたが、すぐに切り替えて父の元へ走り出す。


「パーパー!!」


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 会議後、各部隊への指令と情報共有を済ませたレオンは自室で一息をついていた。

 そこへ愛娘の駆けてくる足音が聞こえてくる。


「おかえりフィリア、そんなに急いでどうしたんだ?」


「あのねあのね! パパに魔力操作って言うのを教えてほしいの!」


「う、うぅむ......実は、パパも魔力操作はまだ出来ないんだ。力になれなくてすまない」


 しゃがんでフィリアに目線を合わせたレオンは、娘の期待に添えなかった悔しさを内心で噛み殺してそっとその頭を撫でる。

 しかしフィリアは、少し俯いてしょんぼりした様子だ。


「そうなんだ……」


 〔どうやら、書斎に魔力に関する該当書物があるようです。オーナー、そちらを進めてみてはいかがでしょうか〕


(本当か! 流石ピノキア、機転が効くな!)


「フィリア、代わりと言ってはなんだが、確か書斎のどこかに魔力関連の本があったはずだ。好きに見ていいから、もし見つけて魔力操作ができるようになったら、フィリアがパパに教えてくれないか?」


 そして懐から書斎の鍵を取り出し、フィリアに手渡す。

 フィリアは、レオンから頼られた事が嬉しかった様子で、顔を上げて瞳を輝かせながら「うんっ!」と頷いて早速部屋を後にした。


「我が娘ながら、元気で羨ましい……俺ももっとフィリアとの時間を作れればいいんだが……」


 〔戦争を終わらせたら、いっぱい遊んで差し上げるのがいいでしょう〕


 その言葉に頷き、目先の問題へ取り掛かる前に娘の行き先を思い浮かべる。

 きっと彼女は今頃、やる気と好奇心に満ちた表情で書斎の鍵を開けていることだろう。


(そういえば、書斎の本って多過ぎて俺も何があるのか把握できてないんだよなぁ。それも戦争を終わらせたら整理しよう)


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 フィリアが書斎を訪れて早1時間——


 見渡す限りいっぱいに立ち並ぶ棚には、転生前のレオンたちや、8000年の間にミカエルたちが収集した何百、あるいは何千という数の書籍。

 それはもはや書斎ではなく、図書館といって差し支えない規模であった。

 そしてフィリアを中心に円を描くように書籍の塔が乱立する地帯が、書斎の中に幾つか点点と存在していた。

 そしてフィリアはまた一冊、パタンと音を立てて閉じた本を傍に置く。

 普段の彼女ならば、読んだ本はしっかりとあるべき場所に戻し室内を汚す真似は決してしないが、今だけはそうではない。

 溢れかえらんばかりの書籍の山を前に、彼女は時間を惜しんだ。目ぼしい本を片っ端から手にとり、流し読みで求める情報を探し、それと違うとわかれば近場に積み上げる。

 フィリアは、塔が崩れて床に書籍が散らばってもお構いなしに、次から次へとページをめくった。

 そしてまた一冊を建材に費やし、上段にある次の本に背伸びして手を伸ばしたところで、目当ての本を掴めず何冊か落としてしまう。


「キャッ!」


 バサバサッ! と重力に引っ張られて周囲に散らばった10冊以上の中の一冊が、床の上で開かれる。

 そこに載っている挿絵や言葉など大部分はわからなかったが、フィリアにも読める部分があった。


『????を??ることで、魔力操作が安定し、?????が???に向上する』


 その一文を認識できた時、フィリアは他の一切に目もくれずその本に齧り付いた。


「あったっ!!」


 本のタイトルを見るが、相当年季が入っている様子で、表紙は煤けており、タイトルも前半部分ほどは掠れて解読不能。

 100ページほどの内容のうち、かろうじて最初のページの上2行だけは認識できたが、他のページに具体的に何が記されているのかはわからない。

 しかし、わかったこともある。この本は、以前にミカエルに教わった『古代語』という言語で書かれている。

 生憎まだごく一部しか読めないが、これだけの本があれば辞書がどこかにあってもおかしくはない。

 そうと決まればやることは明白だった。

 古代語の辞書、あるいは教本を探す。


「待っててね、パパ!」


 進展があったことで、フィリアはさらにやる気に満ちた様子で時間も忘れて部屋中の本を漁る。

 もちろん言うまでもないことだが、一番時間がかかったのは最後の後片付けだった……。

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