束の間の幸福
お久しぶりです。迷迭香です。
ようやく執筆を進められるくらいまで時間が作れたので、今日から更新再開です。
頑張って月に1、2回は更新できるようにしたいなぁ……。
——強くならなければならない。
それは、以前からレオンに付き纏い続ける命題だ。
今はハッタリと協力してくれる3人のおかげでどうにか通せているが、いつ戦いに巻き込まれるかわからない上に、初めて会った時のイヴリットのように今後いつレオンの力に疑念を抱く者が現れてもおかしくない状況だ。
そして何より、父親として娘に恥ずかしいところを見せたくない。というのが本音だった。
「なるほどなるほど! それで僕を頼りにきたというわけだ!」
「その通りだ」
「うんうん、ようやく頼ってもらえて嬉しいよ! 親友冥利に尽きるね。そういうことなら、早速今日から修行編開幕だっ!!」
レオンの訪問を両手を大きく広げて大仰に迎えたエトワールは、広げた腕を組みうんうんと満足げに頷く。
「とは言ったが、何もすぐに外に出ようってわけじゃない。まずは、君に1つ質問をしよう」
そう言うと、エトワールは真っ直ぐにレオンを見つめて人差し指を立てる。
「何かね?」
「簡単なことだよ。君は自分の力について、どの程度理解している?」
その問いに、レオンは答えようとして口籠る。
全く覚えていないわけではないが、理解しているというほどではない。
覚えている範囲でも、断片的にぼんやりとした暴虐の記憶が残っているのみだ。
「……ほぼ何も理解していないと思ってくれ」
「むしろほんの僅かでも理解があることを僕は称賛したいね! それじゃあまずは、君のソレについてちゃんと知ってもらおうか」
エトワールがそう言って指を1つ鳴らすと、室内が暗闇に包まれ、次の瞬間に3つのスポットライトがエトワールを頭上から照らし出す。
「まずは結論からお話しよう。ソレは、かつての君の力の断片。不完全な暴力だ」
エトワールはニコリと微笑み、銃口を向けるように右手でレオンの心臓を指差す。
「と言っても、まぁわからないだろうね。それについては追々理解できるだろうから、今はそういうモノだと思ってほしい。話を戻すが、では残りの力はどうしたのかと言うと……答えは簡単。僕達【魔天七星】の6人がそれぞれ管理している」
「ほう? ならば皆に力を返して貰えばいいのか?」
「いいや、そう簡単にはいかない。僕達がそれぞれ預かっている力は、今の君という器にはあまりに強大だ。現に、今のレオンは7つに分けたうちの1つすら満足に扱えていないだろう?」
エトワールは静かに目を閉じ、レオンの胸へ向けた指先を天井へ向けると首を小さく横に振った。
一方、レオンも予想通りと言った様子で「確かに」と頷く。
その納得した様子を見たエトワールが再び口を開いた。
「そう。だからまずは、今君が持っている力をしっかり制御できるようになってから。そうしたら、順番に君の力を返そうか。努力の先で約束された報酬を手にする……うーん素晴らしいねっ!!」
そこまで言うと、エトワールは大袈裟に右手を胸元に添え、左手を空へ掲げキリッとキメ顔で満足そうに硬直する。
それを見守るレオンは、観客席で静かに溜め息を吐いて
「演目よりも、修行を始めて欲しいんだが……」
「ふふっごめんよ。僕という世界を魅了するスターにかかれば、演目が自然と始まってしまうモノでね」
そこでスポットライトが立ち消え、再び室内に本来の灯りが戻った。
エトワールはそのまま両手を静かに降ろすと背後の窓へ向き直り、眼下の景色を一望する。
「それじゃ確認も済んだ事だし、本格的な修行を始めようか」
振り返った彼がレオンへニヤっと笑いかける。
差し込む陽光に照らされるその姿が、やけに神々しいなと感じるレオンだった。
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「よし、ここにしようか」
城を出た2人が向かったのは、国外に位置する平地地帯。
拓けたその場所で、5mの間隔を空けて向き合う。
修行とは言ったが、具体的に何をするのか想像もできないレオンはただその場でエトワールの言葉を待つことしかできない。
「さて、それじゃあまずは基礎を鍛えようか。君のその様子だと、平常時ですら通常の戦闘もままならないだろうからね」
「……流石にお見通しだったか」
ハァと小さく息を吐き出すレオンは、エトワールに普段のハッタリを見抜かれていた事実をごく当然のように飲み下した。
「もちろんだとも! ま、そんなことはいいんだ。鍛え直せばいいだけだからね」
腕を組み空を見上げて高らかに笑うエトワールは、やがて気が済んだのか指を鳴らした勢いそのままに左の人差し指をレオンへ向ける。
「まずは基礎の基礎、体力作りからだ。舞台上で息切れしてしまっては台無しだからね。腕立て伏せ100回、腹筋100回、スクワット100回、最後に走り込み20km。これを2時間でこなせるようになってもらうよ。覚悟はいいかい?」
エトワールにニヤリと少し意地悪気味な視線を送られたレオンは、思考1つ伺わせない張り付いた無表情とは裏腹に、内心では心底嫌そうな反応をする。
異世界でもトレーニングは変わらないどころかスパルタなんだな……。と少しだけげんなりしながらトレーニングを開始したレオンであった——
——陽も暮れ始めた夕方。
今、ようやく20kmのマラソンを終えたレオンがエトワールに迎えられ、大地に倒れ込む。
「記録は3時間47分26秒……最初にしては上出来かな。今日はこれまでにしよう。明日からは修行開始時間を朝にしよう。昼以降は君も忙しいだろうからね。それじゃあ、今日はお疲れ様。ゆっくり休んでくれ」
エトワールはそう言い残すと、最後にレオンの側に竹製水筒と汗拭きタオルをおいてその場を後にする。
未だ登り始めた月を眺めながら肩で息をすることしかできないレオンは、やがてタオルに手を伸ばし乱暴に汗を拭い、水を一気に飲み干す。
「ふはっ! はぁ、はぁ……これ、やばっ、明日は、筋肉痛だな……というか、あいつ結構鬼教官っ」
訓練中、レオンの動きが止まりそうになる度にエトワールから喝を入れられたことを思い返す。
相変わらず演技がかっていたが、教えの内容自体は的確で、何よりとにかく容赦が無い。もしかすると、名門運動部のコーチよりもずっと厳しいのではないかという感想を抱いた。
そんな思考もそこそこに、干からびたミイラが息を吹き返したように緩やかに起き上がる。
レオンは過度な疲労に喘ぐ体を引きずるように帰っていくのだった。
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「あっ、パパおかえりっ!」
日が沈んだ頃にようやくレーゼンハイドへ帰宅したレオンを迎えたのは、元気いっぱいなフィリアによる全速力での体当たり、もとい抱擁だった。
「ぐはっ……ふぃ、フィリア、パパは今すごく疲れて……アッ」
腹部に愛娘の盛大な頭突きを受け、耐えきれなかったレオンの意識が遠のく。
「ぱぱ……? パパ!!」
ぐらりと前のめりに倒れこむレオンの耳に、フィリアの叫び声が届いた。
全身を支配する痛みに呻き、ゆっくりと瞼を開けたレオン。まず視界に飛び込んできたのは、ベッドの横で椅子に座ったまま父の手をギュッと握り、ベッドに突っ伏して静かに寝息を立てる娘の姿。
(そうか、確かフィリアを抱き止められずに倒れたんだっけ)
右腕はフィリアに捕まっており、娘を起こさずに起き上がるのは難しい。
視線を巡らせ室内を見渡すと、彼の目に見慣れた翼が映った。
(なるほど、ミカエルか)
レオンの目覚めに気づいたミカエルは、静かにその場で礼をする。
レオンが状況の理解と同時にこのまま二度寝でもしようかと力を抜いた時、耳を解さず彼の脳内に直接声が響いた。
『念話で失礼します。おはようございますマスター、お身体に異常はございませんか』
「おっわぁ!?」
未知の体験と、ミカエルからの不意の呼びかけに素っ頓狂な声をあげて反射的に上体を起こしそうになってしまい、慌てて左手で口を塞ぐと同時に体を押さえ込む。
幸いにもフィリアは、少し唸りながら眉を顰めて瞼を震わせたが、すぐにそれも治り夢の中へ戻っていった。
(ふぅ、危なかった。起こしてしまってはいかんからな。『あーミカエルよ。聞こえているか?』)
『はい。しっかり聞こえてございます』
一息ついたレオンが、試しに脳内でミカエルへ語りかけてみると、再び脳内に直接声が響く。
先ほどのように声を上げたりはしないが、慣れない感覚に混乱しそうになりながらレオンは言葉を続けた。
『卿はこう言った事もできたのだな……まぁそれはいい。俺はどのくらい寝ていた?』
『10時間ほどでございます』
『そうか、ならば明日に備え俺はこのまま休む。もしエトワールが来ることがあれば起こせ。それとフィリアを頼む』
『承知いたしました』
その場に控え黙礼するミカエルに小さく頷くレオンはフィリアの小さな手を優しく握る。
ギュッと微かに握り返される感触に自然と口角が上がり、レオンは再び意識を手放した。そんな親子の様子を忠実な従者だけが温かい目で見守っていた。
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それと同時刻、イースフィア帝国にて。
室内を警護する10人の騎士と、一歩後ろに宰相が控える謁見の間にて、玉座に深く腰掛ける皇帝ネロス=フェイタル=イースフィアの前に1人の男が立っている。
一国の王を前に、そのような不遜な態度を取れば即座に捉えられ厳罰に科される。その男、ナグモケイタロウを除いて。
「満天の星が瞬き、悪しき魔族どもが跳梁跋扈するこの月夜——いかがお過ごしかな、ナグモよ」
「この世界の全てが神と共に大地を祝福する今宵、貴方に謁見できること大変喜ばしいと共に、恭しく丁重にお礼申し上げる……と、そんな回りくどい社交辞令はさておき、俺とお前の仲だ。いつも通りで頼みたい」
皇帝の仰々しい挨拶に、ナグモは形式的に口上を述べた後、まるで友人に接するかの様に言葉を投げかける。
「……私にも皇帝としての威厳というものがあるのだよ。まぁ良い、本題に入らせて貰おう」
そう言ったネロスの言葉に合わせ、南雲の前へ歩み出た宰相が1つの小型通信機型の聖遺物を差し出す。
それを手にしたナグモは、何かを理解した様子で頷き、
「……ディバイダーか」
「然り。此度の戦に於いて極めて有用であると判断し、特例で禁を解いたS級聖遺物だ」
『ディバイダー』と呼ばれたその聖遺物は、一見するとただのトランシーバーだが、S級と呼ばれるだけあり凄まじい力を有している。
その能力は、通信を受けた全ての配下へ自らの力の一部を与え、命令を遂行する忠実な駒へ変えるという恐ろしいもの。
帝国だけにとどまらず、人類で見ても最強格のナグモにそんな物を持たせれば、どれほどの効果を発揮するか、ナグモ本人以外は想像すらできない。
ナグモは手に収まるそれに、どこか無機質的な視線を落とす。
「これを持ち出すとは、お前も相当本気だな。ネロ」
「当然だ、エトワールが出張ってくる可能性がある。それに、他の魔王どもが参戦しないとも限らんからな。使えるものは出し惜しみせず全て使う」
これまでの戦闘訓練は戦い慣れていない者を鍛える以外に、この聖遺物により与えられる力によるギャップを少しでも軽減するため、という意味を持つ。
これが今ナグモの手元に渡されたということは、つまりそういうことだった。
「ネロ、全ての兵と各国へ連絡を頼みたい。7日後、全軍で【魔国領】へ出撃すると」
いよいよ訓練も最終段階に入り、出陣の日が迫ってきた。
この世界でも数える程しかなかった最大規模の大戦が始まるまで、レオンたちに残された時間は少ない。
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7日後、毎日恒例のスパルタ訓練にもようやく慣れ始めた時、エトワールからその日の訓練の休養を言い渡される。
曰く『普通の生活だけじゃ取りきれない疲労もあるんだよ』とのことだ。休日をどう過ごすか、と悩んだ時に真っ先に思い浮かんだのは娘の顔だった。
(そういえば、忙しさにかまけてあの子と遊ぶ時間をあまり作れていなかったな。せっかくだし公務も全部休みにして、フィリアと出かけようか)
思い立ったレオンは、城内を歩き娘の姿を探す。
どうやらフィリアは、茜雫と本を読んでいたようで彼女の膝の上に座り、フィリアの小さな体が覆い隠れるほど大きな本に興味津々といった様子で視線を送っている。
「フィリア」
「あ、パパ!」
レオンが声をかければ、たちまちパッと眩しい笑顔を浮かべて茜雫の膝を降り駆け寄ってくる。
レオンはその場にしゃがみ込み、フィリアを優しく抱き止めた。
「なぁフィリア、もし時間があるならパパとお出かけしないか?」
「パパと!? いく!」
大喜びするフィリアを優しい目で見守る茜雫が、彼女の背後に歩み寄る。
「でしたら、まずはお着替えいたしましょうか。パパとデート、ですものね♪」
ふふっと上品に笑う茜雫に連れられてフィリアが部屋を後にする。
残されたレオンは、なんと無しにその場に残された本を開く。
「これは……魔法学の入門書?」
幼いながら貪欲に力を求める姿勢に逞しさを覚えると同時に、魔族という存在への認識を再確認し、2人が出ていった扉を見て苦笑いするのだった。
30分ほど経つと、再び茜雫に連れられてフィリアが姿を表した。
彼女は淡い水色と白のノースリーブのワンピース型のインナーの上に、濃い茶色の幅広な襟付きの上着を羽織り、胸元に薄い橙のスカーフをリボン結びで巻いた姿をしていた。
茜雫のチョイスだろうか、それはレオンの贔屓目を抜きにしても可愛らしいもので、フィリアの持つ転生の愛嬌を際立たせ、可愛らしさに上品さが足されていた。
髪も綺麗に整えられ、ポニーテールで綺麗にまとめられている。
ぴょこぴょこ跳ね回るフィリアに合わせて揺れる髪が、まるで尻尾のように見えてレオンはより一層その愛くるしさに打ちのめされるばかりだ。
「どうかなパパ、可愛い?」
フィリアはご機嫌な様子でレオンの目の前まで来て、クルッとその場で一回転すると両手を後ろで組み、右足を伸ばして踵を立てながらニコッと笑って小首を傾げる。
ただでさえ親バカなレオンが、その暴力的な可愛さに耐えられるはずもなく
「スゴクカワイイ」
両手でで両目を抑え、涙を堪えるように天を仰ぎ搾り出すように感想を伝える。
語彙力もなくカタコトで月並みな感想を言うだけになってしまった事をレオンは1人悔やむが、フィリアは気にするどころか嬉しそうに「えへへっ」と笑うばかりだ。
既に今日までの疲労感などすっかり忘れ、フィリアの手を取り街へ繰り出す。
唯一レオンが口惜しさを感じたのは、フィリアの姿を写真に残せないことだった。
——まず2人が訪れたのは、商店街。
レオンが統治するまでは血みどろの戦場だったこの場所も、今ではすっかり城下町の一角として栄えている。
突如現れたレオン親子に、周囲の民は驚愕にどよめきながらも2人へ道を開けて平伏していた。
その光景はさながら参勤交代や大名行列のそれだなと思いながら、それらを意識的に無視して隣を歩く娘に思考の100%を注ぎ込む。
「フィリアはこの辺りに来たことはあるのか?」
「うん! ピクシーたちとちょっとだけ」
好奇心が尽きないのだろう、フィリア右に左にキョロキョロと首を振り、興味津々な様子でいろんな店を眺めて回る。
「ほしいものがあったり、気になるところがあったら遠慮なく言うんだぞ」
「それじゃあ、あそこに行きたいな」
レオンと繋いだのとは反対の手でフィリアが指差したのは——
「あそこは……遺物店か」
そこは戦闘用から日常生活まで、様々な聖遺物をおいてある雑貨店。
商店街の中でも指折りの人気店である。
魔族にもユーザーは少なからずおり、それを主武装にする人類とは違い、魔族は聖遺物を万が一のための副武装として携帯する。
レオン自身も、営業許可を出す際に訪れたことがあった。
「何か欲しい聖遺物でもあるのか?」
「うん、まだあるといいんだけど……」
我慢できない様子で駆け出すフィリアに手を引かれ店内へ入っていく。
「はぁ〜い。ようこそ『ブリリアントアーティファクトショップ』へ……ってあら? 閣下とフィリアちゃんじゃな〜い。今日は何をお求めかしらぁ?」
2人を迎えたのは、大阪のおばはん達が着ていそうな昭和テイストの女性服に身を包む、筋骨隆々なスキンヘッドの大男ブリリアント。
3m近い身長と巨人族特有の屈強な体格に加え、服装次第ではヤクザに見間違われてもおかしくないほどの強面だが、その心は乙女そのもの。いわゆるオカマというやつだ。
レオンも初対面の時はギャップに目が回ったものだと思い返す。
「あっブリちゃん! アレってまだありますか?」
「もちろんよ〜。ちょっと待っててね」
フィリアの求めに応じて、ブリリアントが裏から1つの聖遺物を持って出てくる。
それは水色の宝石が埋め込まれた銀色の腕輪だった。
「ブリリアント、その腕輪は?」
「もう、閣下ってばブリちゃんって呼んでって前にも言ったのに〜。これは『宝物殿』って言ってね、もうすっごいんだからっ!」
聞けばそれは、いわゆるドラ◯もんの四次元ポケットのようなもので、装着すれば異空間の倉庫に接続できるようになる優れ物らしい。
受け取った腕輪を付けて大層ご満悦な様子のフィリアがブリリアントから説明を受けている間に、レオンも店内を見て回る。
陳列された商品は多種多様だが、その中でも一層視線を奪われる聖遺物が2つあった。
1つは古い指輪、そしてもう1つは片目分のコンタクトレンズのようなもの。
レオンは、コンタクトの入った小型の箱を手に取る。ちょうどそこへフィリアへの説明を終えたブリリアントがやってくる。
「あらあら、流石は閣下お目が高いですこと♡ それは『星海の賢者』っていう聖遺物でね、世界中のいろんな知識が詰め込まれてるそうよ。生憎私やこれを持ち込んだお客様は使い方がわからなかったけど……閣下ならわかるのかしら?」
この世界に、コンタクトレンズなどという文明の利器は存在しない。そもそも眼球に何かを入れるという行為自体一般的かどうか怪しい。
ブリリアント達が使い方を見つけられなくても仕方がないだろう。
「まぁ、心当たりがないわけではない。それで、こっちは?」
レオンが次に手に取ったのは、ジャンク品一覧の中にポツリと置かれていた灰色の無骨な古い指輪だ。
一見すればなんの変哲もない骨董品。ただの壊れた聖遺物だが、長年生きた彼の直感がそれを否定していた。
「あぁ、それはアタシにもよくわからないのよ。装着しても何も変わらないし、怪我を肩代わりしてくれるとかそういうものでもないみたいで……一応ジャンク品としておいてあるだけなの」
「そうか、ならばこの2つを頂こうか」
「はぁ〜い、お買い上げありがとうございます♡ お品物はこのままのお渡しでよろしくて?」
「あぁ、構わない」
満面の笑みで会計手続きを進めるブリリアント。
その時、「そういえば」と思い至ったレオンがフィリアに聞こえないように小声でブリリアントを呼んだ。
「先の腕輪……あんな便利な物ならば相当な値段なのではないか?」
「えぇ、本来なら……このくらいはするわね。でもこんな高価なもの誰も手が出せないから。せっかくフィリアちゃんが気に入ってくれたみたいだし、特別サービスで彼女のお小遣いで十分買えるくらいの値段に下げたのよ。フィリアちゃんには内緒よ♡」
パチンとこっそりレオンへウィンクするブリリアント。
掲示された金額は、日本円にして5000万円は降らない。
それを子供の小遣いレベルにしてプレゼントしてくれたというのだから、親としては心底頭が下がる思いだ。
「そうだったのか、すまないな。恩に着る」
「いいのよ〜、閣下には色々お世話になってるし。ここで腐らせるよりも、あの子の宝箱になってくれる方が私も嬉しいわ♡」
会計を済ませたレオンは、薄手のコートの内側に聖遺物をしまい、「今後ともご贔屓に〜」と笑顔で見送ってくれたブリリアントに親子で手を振って店を後にする。
「パパも何か買ったの?」
「あぁ、すごいのを買ったぞ」
そんな他愛のない会話をしながら手を繋いで街を歩く。楽しい親子デートはまだまだ始まったばかりだった。
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その頃—— イースフィア帝国北部
その日、帝国の総戦力がその場に集っていた。
出陣を待ち侘びる数十万の大軍が列を成して大地を埋め尽くす。
その先頭に佇むのは、総大将を務める圧倒的な存在感を放つ男——南雲慶太郎。
「……諸君、時は来た」
拡声用の聖遺物を通じて南雲の声が兵士たちの耳に届く。
その一言で、全員の表情が引き締まった。
「戦争の始まりだ。これより我らは北の【魔国領】を目指し、忌まわしき魔王とそれに連なる魔族を討ち滅ぼす。総員、俺に続け」
歩み出した彼に続く大軍が、怒号にも等しい鬨の声を上げ大地を揺らす。
それと同時刻、各国でも同様に動きがあった。
帝国より西に位置するサンクトベルグ神聖王国は国教で創造神を主神として崇め、聖遺物を神から送られたギフトだとする国だ。
その軍事力は帝国と並んで大国に数えられる。
その主たる理由は、神々しくも物々しい白銀の鎧に身を包んだ神聖騎士ゴッドハイドと、同じく鎧を纏う13人の精鋭たる聖鍵騎士の存在だ。
過去に魔王の一角すら討ち滅ぼした『聖鍵十三騎士団』はもちろん、先頭に立つゴッドハイドも実力は折り紙つき。
その強さは王国最強と言われ、帝国のナグモ、王国のゴッドハイドと並んで評されるほどだ。
「たった今、帝国軍から進軍開始の報が入った! 遅れを取るなっ! 主の御名の元に!」
「「「主の御名の元にっ!」」」
やがて、ゴッドハイドが全隊へ号令をかければ、それに呼応した5万以上の聖騎士たちが一斉に歩みを進めた。
そして神聖王国よりもさらに北西のレイヴンガルドでも、黒い外套に身を包み、簡素なデザインの不気味な仮面をつけた数万の軍勢が進軍を開始。
それを遥か遠方の岩場から見つめる影が4つ。
「始まったわね、私たちも動くわよ」
外見年齢18歳、一見すれば女子高生くらいにしか見えない茶髪金眼の女、1番の号令で他の3人が立ち上がる。
彼女たちは通称『亡霊小隊』。
その名の通り存在と名前は知られているが、その実態はレイヴンガルド内でも限られた人間しか知らない極秘の精鋭傭兵集団だ。
その正体は、公には死んだことになっている4人の少女。
彼女たちは普通の人間ではなく、戦闘用の鋼の体に意識を移植したいわばサイボーグ。
それは別名『機械仕掛けの摩天楼』とまで言われるレイヴンガルドならではの特徴だ。
剣と魔法の世界において科学技術の結晶を築き上げたレイヴンガルドは、決して帝国や王国ほどの大国ではない。
しかし、レイヴンガルドはこの世界において人類圏の主要国家に名を連ねている。
その最大の強みはサイボーグと、銃火器の存在だ。
銃という殺しに特化した科学の産物を独自に保有し、聖遺物と併用するという独自の戦い方の確立に加えて、暗殺に長けたこの国の軍事力は、帝国や王国でも安易に手を出せない。
『亡霊小隊』の4人は、その中でも選りすぐりの暗殺者たち。
彼女たちは互いを番号で呼び合う。
互いの本名なんて知らないし興味もない。
ただ与えられた任務を完璧にこなし、日陰でひっそりと生き続ける。
それが彼女たちの誇りだ。
彼女たちやレイヴンガルドの歴史背景には、機械族と言われる魔族たちが関わってきたりするが、今はあまり関係ないため割愛する。
「うん、今回も早く終わらせて帰ろっ!」
見た目は姉妹同然のように似通っていながら、淡々と行動を開始するモノとは対象的に天真爛漫な少女、2番が意気揚々とモノの背を追う。
「まったく……これから殺し合いをするって言うのに、ジズは相変わらず呑気な事ね」
「私としては、しっかり戦ってくれるなら文句はないよ」
ため息をつく3番と、興味なさそうに自動小銃を背負う4番がその後に続き、物陰に消えていった。
一方、極東の銀天郷は言わば和の国。江戸時代の日本がそのまま発展したようなこの国は、人類国家では珍しく昼よりも夜が主な活動時間となる。
そのためか、各国の進軍の報を受けても未だ出陣は愚か布陣すらしていなかった。
陽が空の頂点から降り始めた昼下がり、眠りから醒め、皆が夜の出陣に備える中で1人、研ぎを済ませた愛刀を眺め物思いに耽る1人の女剣士がいた。
その名は如月涼音。
彼女は15歳と幼いながら、一族に伝わる剣術の全てを修めると程なくしてそれを独自の剣技へと昇華させ、ついには『月虹団』と言われる戦闘部隊にスカウトされるほどの才覚に恵まれた天才剣士。
彼女にとって生きるとは刀そのものであり、刀とは命に等しいものだ。
しかし、刃に映ったその表情は色良いものではなかった。
「……はぁ」
無意識のうちに溜め息をついてしまう。
彼女は自分の強さを客観的に見て、それを正しく把握していた。
だからこそ、次の戦も自らの望みとはかけ離れたものになるだろうと憂いを抱く。
彼女の望みとは即ち、彼女に並ぶ剣客と出会うことだ。
剣の道を志す身として、努力は当然欠かさない。しかし、努力だけではどうにもならないものも存在する。
それが彼女が行き当たっている壁だ。際限なく自らを練磨した果てに行き着く、いわば成長の限界。
彼女の魂は直感的かつ本能的に、それは同格の相手との本気の死合いによってしか超えることができないモノだと悟っていた。
しかし、剣士として人類の最高の域に達してしまった自分と同格の剣士など、人類は愚か、魔法などという力が標準装備の魔族にも望むべくもない。
それがわかっているから、彼女はまた溜め息をついてしまうのだった。
そしてその夜、彼女もまた軍の中の1人として【魔国領】を目指して夜の闇に溶けていった。
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楽しいおでかけを終えて帰宅後、レオンは自室で購入した2つの聖遺物を見つめていた。
(この指輪、確かに何か変化があるわけじゃないな……前世のゲーム知識で考えれば、特定の条件下でないと機能しない類の物か?)
指輪から視線を逸らし、コンタクト型の聖遺物を手に取る。
前世でもそうしていたように、慣れた手つきでそれを左目に入れる。
すると、次第に変化が現れた。
〔システム起動。使用者登録を行います……〕
と無機質な女性の声が脳内に響いた。
ミカエルとの念話で慣れていてよかったとホッと一息ついていると、再び音声による読み上げが入る。
〔完了しました。初めまして、オーナー〕
『あ、あぁ、はじめまして』
つい会社員時代のように、誰もいないにも関わらずその場でお辞儀してしまう。
〔私は自律思考型人工知能、個体識別名『ピノキア』です。只今よりオーナーをサポート致します〕
『具体的には、何を手伝ってくれるんだ?』
〔日常生活や日々の業務の補佐から、戦闘における情報解析と支援。またオーナーが望んだ知識をデータベースから検索して提供など、情報面でのサポートを行います。ご活用ください〕
『そりゃすごいな! なら、手始めにこの指輪について調べられるか?』
レオンは再び先ほどの指輪へ、今度は期待を込めた眼差しを向ける。
〔解析開始……情報取得完了。そちらは『タナトスの指輪』という聖遺物です。詳細情報、該当無し〕
『それってつまりあれか? 名前以外わからない?」
〔肯定〕
『そうか、まぁ良いさ。名前がわかっただけでも十分だ。ひとまず今日は休む、ピノキアも休め』
〔了解。おやすみなさい、オーナー〕
新たな仲間を迎え、レオンはそのままベッドに倒れ込み眠りに落ちる。
(これからもっとフィリアと楽しい思い出を作っていきたいな……)
しかし翌朝、レオンの目覚めは最悪のものとなる。
「マスター、失礼します! 緊急のご報告です!」
珍しく慌てた様子のミカエルの声で目を覚ます。
「ここより南東に、こちらへ進軍する人類国家の大軍勢が確認されました。その数およそ40万以上、数日以内にこちらへ到達するものかと!」
あのミカエルが焦燥感を滲ませるレベルの事態。
即ち、史上最大規模の大戦の幕開けだった。
実はブリリアント、フィリアのためにあの腕輪を日本円でおよそ5000円くらいまで値引きしてくれました。
フィリアはレオンからの毎月1万円ほどお小遣いを貰っているので問題なく買えるわけですね。
……レオン、お前やっぱ親バカだな?




