レオン、パパになる
——帰りたい。
それが、レオンの素直な感想だった。
黒天宮にてレオン、エトワールと共に卓を囲むのは、6人の個性豊かな魔王達。
「ZZZ……」
机に突っ伏して静かに寝息を立てるのは、序列7位『眠り姫』エミリーと呼ばれる寝癖のついた若干13歳程度の薄紫髪の少女。この空間において尚、自由気ままに振る舞うその胆力は流石魔王と言ったところだろう。
「フフフ、エミリー様は相変わらず悠々自適でいらっしゃいますね」
その隣でエミリーの寝顔を見ながら兄のような温かい眼差しを向けて微笑むのは、序列6位『悪魔公爵』レイアス。彼はこの世界では珍しい黒髪を小さく揺らし、その赤眼を細めてどこから取り出したか全員に紅茶を淹れ終わった彼は、自身もその香りを堪能し舌鼓を打っている。
「ん〜、相変わらずレイの淹れてくれるお茶は美味しいわね〜」
さらにその隣では満面の笑みで溢れそうな頬を押さえる美少女が1人。序列5位『人形使い』アリエッタだ。20代手前に見える彼女は、整った顔立ちと輝くような金色の髪を短く肩上で切り揃え、赤いフリルのカチューシャが印象的な少女だ。
一見魔王どころか魔族にすら見えないほど人間そっくりな彼女の唯一人間に似ても似つかない点は、その異名の通り人形たちだ。
彼女の顔の周囲に小型の熊の人形と兎の人形が、フワフワと浮かんでおもちゃのティーカップを傾けている。
「これこれ、お前たち。ここへきたのは茶会を開く為じゃなかろう」
アリエッタの横に座るふさふさの白髪に立派な顎髭を生やした好々爺——序列4位『魔導工房』メルトハルト。現在一般的に使われる魔法の内半分ほどを手掛けたと言われる彼は、気ままに過ごすその3人をまるで祖父のように注意しながら、さりげなくカップを傾ける。
「…………美味だ」
最後の1人、序列3位『龍皇』ゼノンは、我関せずと言わんばかりに腰まで伸ばされたサラサラの緋色の髪を無造作に背もたれの後ろに垂らしながら足を組み、背筋を伸ばしたまま鋭い釣り目を閉ざして、出された紅茶を味わっていた。
「ハハハ! 相変わらず、みんな元気そうで何よりだよ! ん〜レイアス、おかわりをいただけるかい?」
唯一、味方陣営のはずのエトワールは、旧友に会ったとでも言わんばかりに楽しそうに輪に混ざり始めてしまった。
——帰りたい。
レオンは再び心の底からそう思った。
しかし、悲しいことに彼が帰る場所はここだ。
故に、レオンは改めて心の中で懇願する。
——帰って欲しい。と。
偶然にも、レオンの位置から時計回りに序列順で並んだ個性豊かどころではない魔王たち。
一人一人がエトワールに及ばないながらも匹敵するレベルのやばい存在が、ずらりと全員揃っているこの状況。レオンは一見、上座で両肘をついて手を組み、物静かに彼らの様子を傍観しているように見える。
しかし、その実態は緊張のあまり紅茶にも手を付けられず、半ば白目を向きながら放心しているのだった。
いや、レオンだけではない。彼の後方に控えるナンバーズも、緊張感を張り詰めさせたり、その身体をガタガタ震わせたり、ピクシーに至っては若干泡を吹きそうになっていた。
一方、その中で唯一ミカエルだけは、変わらず悠然と主の後方を守護し続ける。
「「「「「さて」」」」」
そこでカップをそっと置く音と共に、それまでは団欒としていた全員の雰囲気が一変した。
レオンと絶賛爆睡中のエミリーを除いた全員の声が揃い、それに合わせて優雅に瞑目するエトワール以外の4人の視線がレオンへ集中する。
そこ眼差しに射抜かれ、レオンも必然的に意識を引き戻される。
皆が言わんとしていることはわかる。生前の職場でも味わったあの空気感。
即ち——
「それでは、早速本題に入ってもらえるかね?」
レオンがそれっぽく視線を送れば、全員を代表してゼノンが口を開いた。
「良かろう。……此度、我らが出向——」
「あーもう! ゼノン君はこういう時の説明には向かないんだから静かにしてて! 私が話すわ」
その鋭利な視線に威圧感を込めながら話を始めようとしたところで、居ても立っても居られないと言った様子で立ち上がったアリエッタに遮られてしまった。
他の面々も反応の大小こそあれ、おおよそ満場一致している様子だ。
ゼノンは小さく唸ると、やむなしと言った様子で再び名目して口を閉ざす。
(魔王たちって、意外と仲良さそうだな……)
「さて、じゃあ本題に入るわね。結論から言うと、今日はただの顔合わせみたいなものよ。あの試合と演説を見て、もはや私たちは誰も貴方の実力を疑っていないわ。ただ、復活した『始原』様がどんな人なのか興味があっただけなの。忙しい時期にいきなりごめんなさいね」
最後にクスリと可愛らしい笑みを浮かべるアリエッタ。
レオンは完全に虚を突かれ目を丸くしていた。
レオンは内心で、一体どんな物騒な用件なのだろうか、と戦々恐々しながら覚悟を固めていたが、それが完全に空振りに終わって密かに安堵を抱く。
「……そうか。ご期待には添えたかね?」
「ええ。復活早々にここをまとめ上げられるカリスマ性、あの決闘で見せてくれた実力、そしてこうして対面で話してみた人柄、申し分ないわ! ね、みんな!」
拳を胸の前でグッと握りながら、快活に呼びかけるアリエッタにそれぞれ(エミリー以外は)頷く。
エトワールに至っては、誇らしげな様子すら見せていた。
(え、本当にそれだけなの???)
「……では、今度は私から1ついいかな?」
「ええ、どうぞ?」
「魔族というのは上昇志向や向上心の塊、というのが私の認識だったんだが……卿らはとても仲良睦まじく見える。魔王間の序列や上下関係などは気にならんのかね?」
純粋に疑問、という様子で挙手するレオンに全員がキョトンとした顔で目をパチクリさせた。
「まぁ、どちらかと言えば気にはなりますが……」
言われてみれば、とばかりに顎に手を当て思案するレイアス。
「4位以上の皆には、少なくとも私じゃ勝てないし……」
こちらも言われて思い出したかのような様子のアリエッタ。
「そもそも、魔王の時点で魔族の頂点みたいなものじゃしのう……」
メルトハルトも瞑目し、カップに口をつける。
「然り。そも、我等には果たすべき宿願がある故——」
ゼノンもまた、組んだ両の膝の上に置いた両手の指を躍らせる。
「そう、それ即ち——」
大トリは譲らないと言った様子で続きを引き継いだエトワールに続くように、目覚めたエミリーも含めて全員が続いた。
「「「「「「神を殺す」」」」」」
その一言だけは、それまでのどこか穏やかで団欒とした話し合いの空気など微塵も感じさせない。この世界の頂点に君臨する者たちの絶対にやり遂げるという明確な意思と、研ぎ澄まされた堅固で純黒の殺意が込められていた。
そして、どこかピリッと張り詰めたその空気をエトワールが塗り替える。
「ま、僕はみんなを家族のような、かけがえのない仲間だと思っているけどね!」
「おやおや、それについては全面的に同感ですが、よもやエトワール様にそう言っていただけるとは。実に光栄ですね」
胸に手を当て、どこか貼り付けたような笑顔ながら本心からそう言っている様子のレイアスに、他の皆も頷いている様子だった。
「……なるほど。無粋な事を聞いたな、許せ」
「別に良いですよ〜、私たちもエトワール君から事情は聞いてま……ZZZ……」
「うむ、たとえ記憶が無かろうと、その魂は変わっておらぬ。新魔王への意思確認も、先の演説を聞くに不要みたいじゃしの」
言うだけ言って再び眠りに落ちてしまうエミリーに、メルトハルトが小気味よく笑いながら続く。
彼曰く、新たに魔王になる者には本来の目的である「神殺し」の旨を伝え、協力を促す。
もし、志を逆にするようならば全員で始末する、というのが暗黙の了解だそうだ。
それを聞いた時、レオンは運が良かったと心底思っていた。
「うんうん、流石は伝説の魔王様の生まれ変わりよね! 記憶の有無なんて些末な問題よ!」
そう、この場の誰も記憶の有無など気にしていなかったのだ。
その事実を前にして、レオンは酷く拍子抜けしたように脱力する。
「……つまらぬ事を気にしていたのは、俺だけだったのだな」
そうして、彼らの歓迎もあって無事に輪に入る事ができたレオンは、余韻とばかりに魔王たちとティータイムを楽しんだ。
そして七星会談もお開きとなった頃、最後まで残ったアリエッタがレオンへ話しかけてくる。
「ねぇ、レオン君。1ついいかな?」
会談を通して打ち解けた彼女は、他の魔王にもそうであるように友好の証として「君呼び」をすっかり定着させていた。
それに関して、背後に控えてたミカエルや茜雫あたりから並々ならぬオーラを感じたり、一悶着あったりもしたが、レオンはそれらを触れてはいけない類だと直感と経験則で判断して華麗にスルー。
「どうした?」
「実はさっきここに来る前に、そこの路地で捨て子を保護したのよ。私が連れ帰っても良いんだけど……貴方の領土の民だから」
そう言ってアリエッタが後方の扉に手招きすると、小さな熊のぬいぐるみを抱き抱えた外見年齢10歳ほどの小柄な女の子が部屋に入ってきた。
服はアリエッタが用意したのか、綺麗で可愛らしいフリルのついた水色のワンピースを身につけている。
彼女は少し急ぎ足でアリエッタの背後に隠れると、彼女の服の裾を掴みながらチラと顔を覗かせた。
綺麗なマリーゴールドの長髪を後ろで一つに纏め、その澄んだ蒼い瞳にありありと警戒の色を浮かべている。
(……相当警戒されてるな、対外用の演技は子供にはちょっと威圧的すぎるか?)
「……言わんとすることはわかった。この子は王たる俺が責任を持って面倒をみよう」
少女からアリエッタへ視線を戻したレオンに、「さっすが!」とアリエッタが嬉しそうに両手を合わせる。
そして、アリエッタはしゃがんで少女に目線を合わせると、
「それじゃあ、私はここまでよ。これからはこのお兄さんの言うことを聞くのよ、わかった?」
「……うん」
「よし、良い子ね! そのお人形さんは貴女にあげるわ、私だと思って大事にしてあげてね」
アリエッタは、最後に少女の頭をワシワシと撫で、「それじゃ、またね」と手を振って立ち去っていった。
そしてアリエッタがいなくなってしまうと、必然的に部屋に残されるのは——
「「…………」」
恐怖心を紛らわせるように人形をギュッと抱きしめる少女と、気まずそうに固まっているレオンの2人だけだ。
そのまま互いに何もいえず数分見つめ合う。
「……あー、その、なんだ。お菓子……食べるか?」
「えっと……いらない、です」
☆ ☆ ☆
——目の前の存在は、意外と怖くないのかもしれない。
それが、この少女がレオンに抱き始めた印象だった。
最初、彼の世話になると聞いた時、彼女はひどく絶望した。てっきりアリエッタについていくのだとばかり思っていたのだ。
(……私、どうなっちゃうんだろう)
この先の事を考えて恐怖と憂鬱に打ちひしがれそうになっていた時、
「……あー、その、なんだ。お菓子……食べるか?」
そんなことを言われ、少女はそれまで抱いていた恐怖心など一瞬で忘れてしまった。
「えっと……いらない、です」
戸惑いと混乱のあまり、そんな素っ気ない答えを返してしまった事を直後にとても後悔する。
目の前の男は相変わらず無表情で、感情も何も伺えない。
(せっかく話かけてくれたのに……どうしよう、また変な感じになっちゃった……)
こっちはこっちでレオンとはまた別の意味で固まってしまい、また場に気まずい空気が流れる。
「……あ、あのっ!」
静寂に耐えきれなくなった頃、ついに少女が勇気を出す。
まさか向こうから話しかけられるとは思わなかったようで、レオンは少しギョッとしたような顔で僅かに仰け反った。
「う、うむ、なにかな?」
「そのっ…………なんて呼んだらいいですか」
と、少女は躊躇いがちに、しかし少しだけ、ほんの少しだけその瞳に期待をこめて声を絞り出した。
☆ ☆ ☆
——困った。
レオンは素直にそう思った。
自国の民とはいえ、流石に引き取った子に『レオン様』や『閣下』などと呼ばせるわけにはいかない。
「うーむ……そうだな。君はなんと呼びたい?」
迷った挙句、レオンは彼女の意思に委ねることにした。
もし呼び捨てにされるならそれでも構わないし、様付けされるならそれも許そうと思ったのだ。
「えっと、それじゃあ……」
少女はモジモジと何か言いたげにしながらレオンを見上げる。
レオンがそのまま少女の言葉を待っていると、十数秒ほどの葛藤を経てついに勇気を振り絞った。
「そのっ……パパって呼んでも、いいですか……?」
その一言を絞り出すのに、少女がどんな思いで、一体どれほどの勇気を必要としたか、レオンには推し量ることしかできない。
もしかしたら、誰かの悪意をもって送られた存在かもしれない。むしろその可能性を疑って然るべきだ。
しかし、この時レオンはあらゆる感情や危険性を考慮した上で、それらを無視して彼女の勇気に、その眼差しに映った期待に応えたいと思った。
「わかった。ならば今日から君は俺の娘だ」
しゃがみ込んで同じ目線に立ち、表情を和らげてその頭を優しくなでる。
撫でられる少女の表情が、次第に怯えから喜びへ塗り替わっていった。
光を写したサファイアのように瞳をキラキラと輝かせながら、真っ直ぐにレオンを見つめている。
「それで君、名前はあるか?」
「ない、です」
「なら、俺が付けてもいいか?」
「……はいっ! パパのつけてくれる名前がいいですっ!」
まっすぐに純粋で無垢な笑顔を向けてくる少女に、レオンはすっかり絆されていた。
こんなに愛らしい子が捨てられていたなど、尚のこと怪しいが請け負ってしまった以上仕方ない。
何より、やっぱりやめました。なんて倫理観が許さなければ、目の前で喜びの笑顔を浮かべる少女を泣かせてしまう。
それは望ましくないのだ。
(名前……娘につける名前……)
これは、今まで配下にしてきた名付けとはまるで違うものになる。
子供に肉親から生誕を祝福して与えられる最初の愛。前世も含めて、これまでで一番真剣な顔つきになるのも当然だった。
「……フィリア。うむ、それが良い。今から君の名は『フィリア』だ」
目の前の少女——否、フィリアは、破顔して与えられた名前を反芻している。
どうやら大層気に入った様子だった。
『フィリア』はギリシャ語で『親愛』を意味する。ここが地球だったなら、愛情表現としてこれほどわかりやすいものもない。
しかし、この世界においてその意味を知りえる者はレオンのような地球人のみであった。
故に、フィリアは自らの名前に込められた意味に気づく事はできなかった。
「あぁそれと、せっかく親子になったのだ。わざわざ敬語など使う必要はないぞ」
「わかりまし……ううんっ、わかったよ、パパ!」
(見てください、全世界のみなさんっ! 俺の娘ですっ! 可愛いでしょうそうでしょう!!)
もはや恐怖や怯えなど微塵もない満面の笑みで応えてくれるフィリアを見て、レオンは内心で密かに口元を抑えながら感涙する。
前世の50年間でも終ぞ子供を持つことはなかったが、今初めてレオンは親心というものを感じていた。
レオンはそのままフィリアをギュッと優しく抱きしめる。フィリアは少し最初少しびっくりした様子だったが、すぐに人形を抱きしめていたはずの両腕を伸ばして、目一杯レオンを抱き返して頬擦りした。
(会社の後輩たちが自分の子供は可愛いって言ってた意味がよくわかるっ。お前たち、俺もようやくその気持ちがわかったぞ!!)
こうして、レオンは父親となったのだった。
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「……というわけで諸君、正式に俺の娘となったフィリアだ。ぜひ仲良くしてやってくれたまえ」
「「「「「「「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?!?」」」」」」」
その日の夕刻。
ナンバーズ+エトワールを再招集したレオンは、軽く経緯を説明するとともに、膝に座らせたフィリアを全員に紹介した……が、ナンバーズ全員の大合唱を聞くハメになった。
咄嗟にレオンは両手でフィリアの耳を塞ぐ。
父によって鼓膜の破壊という危険から守られた娘は、ギュッと目を瞑って身を屈めていた。
「こらこら、お前たち。驚くのは理解できるが、フィリアがびっくりしているではないか。子供の前だということを努忘れてくれるな」
「た、大変失礼いたしました。よもやマスターがこんなに早くご息女を迎えられるとは思わず……」
ミカエルの言葉は、この場の全員の総意だった。
一体誰が、戦乱の都だったこの国をまとめ上げてからたった4ヶ月で、捨て子を娘に迎えるなど予想できるだろう。
「まぁ良い。フィリア、彼らがパパの部下……まぁ、わかりやすく言えばお友達だ。ご挨拶しなさい」
「はーい! パパの娘になったフィリアです! みなさん仲良くしてくださいっ!」
元気よく手を上げて、天使のような穢れのない無邪気で無垢な笑顔を向けてくるフィリア。
彼女の眩しい笑顔に当てられたナンバーズたちの反応は様々だったが、幸いどれも好意的な物だった。
承影や茜雫は明るく気さくな笑顔で歓迎し、ミカエルは「マスターのご息女ならば」と、レオンに向けるのと変わらない態度で接する。
ピクシーやゼンゼも、フィリアのそばに寄ってきて早速彼女と打ち解けた。
エトワールは相変わらず喜劇的に歓喜を謳い上げ、シルヴァ、イヴリット、ライオットに至ってはその笑顔に完全にやられた様子で「我が身のっ、なんと醜いことか!」と天を仰いで頬を濡らしている。
フィリアの持つ天性の愛嬌の前では数多の強者も型無しとばかりに、見事に全員心を掴まれていた。
「まぁちょっと賑やかだが、誰も彼も良いやつばかりだ。困った事があったらここにいる皆に相談すると良い。力になってくれるはずだ」
「うんっ! パパはやっぱりすごいね!」
腕の中でピクシーと遊びながら楽しそうにはしゃぐフィリアに、もちろんレオンもメロメロなのだった。
ちなみに、翌日国民全体にこの事実が流布された(捨て子という点は伏せた)時、国内全土で『皇帝閣下に隠し子が!?』とスキャンダルになったり、『誰との子供なのか』などと邪推や考察が飛び交ったのはまた別の話。
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それから数日後——
その日、レオンの執務室には承影、茜雫、ミカエルが集められていた。
彼らの眼前には、執務室の机に両肘をついて寄りかかり、両手を口元で組んだままいつになく真剣な顔つきで彼らを見渡すレオンの姿。
そのただならぬ様相を前にして、配下一同に緊張が走り、自然と背筋が伸びる。
レオンは、満を持してその厳かな静寂を切り裂いた。
「諸君に問おう…………子育てとは、どうすれば良いのだ?」
今までで一番真剣な顔つきで拍子抜けするようなことを言われ、思わず皆「ズコッ!」と漫画のように前方に崩れる。
窓から外を見れば、今日も愛娘はピクシーやゼンゼと楽しそうに遊んだり、シルヴァの背に乗って風になったりしていた。
レオンはその様子を優しい目で見つめ、
「いざ、あの子を迎えたは良いものの……俺は子供の育て方を知らなんだ。そこで、卿らの知恵を……ん? どうしたのだ?」
「い、いえ。どうかお気になさらず〜」
「た、確か子育てに関して、でしたか。俺の場合、親父からは自分の人生経験でやって得したこと、損したこと、武芸に関して、などを教わりました。閣下もそう言ったことを教えてあげればよろしいのでは?」
「しかし教育というのは、これはなかなか難しい物です。言葉で語って聞かせる者も、自分の行動で持ってそれを学ばせる者も、我が子の道をただ一歩後ろから支え続ける者も、様々でございます。ですから、マスターにはマスターのやり方があるかと」
体勢を整え、苦笑いしながら誤魔化す3人。
レオンはそんな彼らの助言を受けて、目を閉じて少し唸る。
思えば、前世の父親はあまり多くを語る人ではなかった。
常に背中で語る。今思い返してみれば、自らの父もそういうタイプだったように思う。
「……なるほど、確かに卿らの言う通りかもしれん。意見感謝する」
やがて3人は恭しく一礼してその場を後にした。
残されたレオンは、再び視線を窓の外へむける。
(経験なら言葉なり行動なりである程度教えてやれるが、武芸か……フィリアが戦い方を知りたがったりしたら、ナンバーズの誰かに講師を頼もうかなぁ)
シルヴァの背に乗り、楽しそうにはしゃぐ娘の姿に自然と表情が緩む。
自分なりに、持てる物全てを使って、あの子を立派に育てよう。
そう胸に強く誓う。
この世界に生まれて約半年、レオンは早くも多くを手にしたことを自覚していた。
ピクシーから始まり、承影たち鬼人族やシルヴァを始めとした人狼族、エトワールに天翼種、そして魔国領全土に続いて、魔王の地位……出世と言うには早すぎる。駆け足どころではない。
かつての自分の威を借りているだけかもしれないが、それでも『もしかしたら』と、自分に自信を持ちはじめてしまうのは仕方のないことだろう。
だから、レオンは気づく事ができなかった。
今自分が浸っている湯船が、あくまでぬるま湯に過ぎないことに。




