おはよう世界
新作スタートです。
少しずつ書き進めていくので、よろしくお願いします
「レオ、おいレオ、どうした急に固まって」
聞き覚えのない声が誰かを呼んでいるのを聞いた。
否、レオは自分の名前だ。
何故だか、その名で呼ばれていた記憶がぼんやりとある。
ハッと顔を上げて声の主に視線を向けると、これまた覚えのない顔の青年がこちらを見つめていた。
「あぁ、すまん。ちょっとぼーっとしてた。それで議題はなんだったっけ?」
知らない人々、否、正確には人に近い姿をした何人もの人々が自分を見ている。
「おいおい、一国の頭になったってのにそんな調子で大丈夫か? 今は今年の作物の収穫率に関する報告が上がったところだぞ」
隣に座っているこの場で唯一の人間らしき男が、気さくな口調で現状を教えてくれる。
だが、卓を囲んでいる10人余りの彼らに誰一人として見覚えがない。
そして理解を置き去りにしたまま周りの人々は何かの会議を再開した。
税収、今年の利率、その他の金銭に関する報告の数々が上がるが、聞き覚えのない情報ばかりで何一つ理解できない。
しかし、口だけは勝手に動いていた。
「ご苦労、ひとまず今年は何事もなく終われそうで安心したよ。じゃあせっかく時間もあるし、今後の指針について話そうか——」
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ジリリリリリリリッッ!!
「う.......ん、もう朝か」
毎朝恒例の爆音目覚ましに叩き起こされ起床。
手短に朝食を済ませ、いつもの散歩に繰り出す。
(あの夢は何だったんだろう。小説やゲームでしか見たことのないスライムやら角の生えた人や、翼のある少女やらが揃って話し合っていたが.......そもそも俺も知らない名前で呼ばれていた気がする......)
いつもの道を歩き、早朝の風に吹かれながら物思いに耽る。
(夢は願望の現れだ、なんて吉岡が話していたっけ。帰りがけにでも話してみるか)
会社の後輩から聞かされた話を思い出しながら、武田慎之介は歩を進める。
鳥の鳴き声と穏やかな風が吹くのどかなこの道を歩くのが日課の1つだった。
(確かに俺も最近は流行りの異世界ものとか転生ものとか読んでいるが、50過ぎにもなって今更ファンタジー世界に転生願望? 我ながら妄想が過ぎるな)
などと考えながら朝の散歩を終え出勤、会社に着くと今日も部下たちから挨拶される。
「おはようございます、武田部長。先日の資料をまとめておきましたので確認お願いします」
「あぁ、ありがとう吉岡。見させてもらうよ」
有名企業に入社して早数十年、それなりに出世して部長にまでなった。部下たちも慕ってくれており、おおよそ順風満帆といえる人生を歩んでいる彼に現状なんら不満はない。
(自分すら気づいていないうちに不満を抱えていたのか? いや、そんなことより仕事だな)
と、思考を切り替え業務に専念する。
こういった公私混同せず、真面目でメリハリがあるところも密かに部下から尊敬を集める要因の一つだった。
そして19時過ぎに退勤。
「なぁ吉岡、ちょっといいか?」
「はい、何かありましたか?」
帰りがけ部下の一人、吉岡に声をかけた。
吉岡はまだ26歳と若いものの、武田とは馬が合う上に仕事は真摯に取り組み、教えたことを存分に吸収してくれる、所謂可愛い後輩と言うやつだった。
「いや、前にお前が夢は願望の現れだ。っていってたこと思い出してさ」
「あぁ、あの話ですか。珍しいですね、先輩がそう言う話に興味を持つなんて」
「あぁ、自分でもそう思うんだが.......笑わないで聞いてくれるか?」
「もちろんです! 先輩の話を笑ったりしませんよ」
そう言ってくれる吉岡に武田は内心感謝し、話し始める。
「実は自分でも不思議なんだが......この歳になって異世界みたいなところの国でトップとして君臨してるっぽい夢を見てな、もしかして自分にまだそういう願望があるんじゃないかと思ったんだ」
「あーありますよね、そういう夢見る時。もしかして先輩もそういう作品に興味があったり?」
「ん? まぁ最近暇な時にちょろっとな。俺も影響されたのかねぇ」
なんて他愛のない話をしながら会社を出る。
二人で並んでどこか飲み屋でも入るかと話していた時。
突然視界がライトに照らされた。
「吉岡っ!!!!」
車が歩道に突っ込んでくることを理解した武田は、咄嗟に状況をまだ理解していない後輩のスーツの襟を掴んで後方に可能な限り強く投げ飛ばす。
直後、歩道に設置されていたガードレールを突き破ったトラックが武田を襲った。
おそらく建物の壁だろうか、何か硬いものに体ごと叩きつけられたことだけ理解できた。
トラックのボンネットに項垂れているような感覚、轢かれたはずなのにもはや痛みすら感じない。
いや、正確には腰から下の感覚がなかった。
「あっつつ......いきなり何するんですか! せんぱい、先輩? 先輩ッッ——」
受け身を取れずコンクリートにぶつけた頭を抱えて立ち上がった吉岡の悲痛な叫びが、武田の知覚したこの世界で最後の音になった。
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次に気がついた時、自分の見ている先に誰かが立っているのがわかった。
「おや、客人などいつぶりでしょう。ようこそ、我がホワイトルームへ。私はここの支配人を務めております【ヴィルヘルム】でございます」
武田の存在を認め、振り返り胸に片手を当てて優雅に一礼する燕尾服の老人。
社会人の癖で、つい武田も名刺を取り出して礼儀正しく挨拶をしそうになって気がつく。
(あ、はい。ご丁寧にありが......あれ? 声がでない、手足の感覚もない。どういうことだ......? いや、そもそも俺はトラックに轢かれたはずじゃ......)
「疑問が尽きないのは当然。お考えの通り、貴方様は現世で不慮の事故に合い亡くなられました。本来ならば、そのまま冥界へ行き転生を待つか、そのまま成仏し世界に還元されるかのどちらかなのでございますが......なるほど、貴方様は少々特別なご様子」
自分が死んだ、と言われても不思議とすんなり納得ができた。十分生きたと思えているからだろうか。
支配人は言葉を続けた。
「いかがでございましょう。もし貴方様さえよろしければ、こことは異なる世界へお連れし、そこで転生させましょうか。無論、ご希望でしたら冥界にお連れすることも可能ではございますが.......」
(......理解が追いつかなすぎる。思考能力が衰え始めているのを痛感するな......歳はとりたくないものだ)
「なるほどなるほど、では寿命が長く老いとは縁の遠い種族にいたしましょう」
(ん、あれ? なんか転生する方向で話が進んでる??? いやまぁ......あんな夢見るくらいだし、どのみち生前やりたいこともおおよそやった。どうせ死んだならちょっと童心に帰ってみるのも悪くはない......かなぁ)
「それはいいお考えでございますね。ご案内する世界は、きっと貴方様のお気に召されますよ」
(そうか、それは楽しみだ。どうせなら次は部長と言わず社長まで行くのも悪くはないかもしれないな......)
「かしこまりました。生前より貴方様の内に秘めたその“転生願望”。このヴィルヘルムめが、確かに聞き届けました。良き旅を」
そこまで聞いて、武田の意識は薄れていく。
ヴィルヘルムと名乗った老年の支配人はその様子を興味深そうに眺めていた。
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再び意識を取り戻した時、武田は自分が森の中に立っていることを自覚した。
「......え??」
前後左右見回せど視界に入るのは、緑と緑と緑と緑。
混乱の中にある武田の元に、天啓のような声が降りてくる。
『無事に転生なさったようで何よりでございます。貴方様のために、ハーフエルフという新しい器をご用意しました。寿命はおおよそ5000-1万年程度ございます。これから貴方はこの世界で長い時を好きなように生きられるがよろしいでしょう』
「いや、その前にここがどこなのかだけでも——」
『ああそれから、こちらはあらかじめ用意しておいた自動音声でございます。ご質問にはお答え致しかねますので悪しからず。それと、この世界には貴方の両親や元いた集落などもございません。申し訳ありませんが、拠点はご自分で確保頂くようお願いいたします。代わりと言ってはなんですが、才覚恵まれた器に仕上げました故、どうか新たな人生を楽しまれてはいかがでございましょうか』
(えっ、生まれてすぐサバイバルスタート!? そういう知識ないんだけど!!)
『ああ、言い忘れるところでした。言語は通じるようにしておきましたので、現地の人々との交流も可能です。では、貴方の新たな生に数多の幸福がありますように。私奴は、温かく見守らせていただきます』
それだけ言って声は聞こえなくなる。
武田は、ひとまず現状確認を急ぐ。
(まずは寝床と水、それから必要なのは火か? でも森で火なんて火事にならないか?? ダメだ、何もわからん!)
行く当てもなく、ひとまず足をすすめる。
少し歩いた先に、小鳥が囀る森の開けた空間に、水面に陽光をキラキラと反射させる湖が見えてきた。
(よし! 運がいい、ひとまず水問題が解決だ! あとはこの辺りで寝床にできそうな場所を......それから新しい容姿も見ておかないと!)
そして湖の畔までいき、湖面を覗き込む。
(これが......俺?)
そこに映ったのは、透き通った碧眼と色白の肌、中性的な顔立ちに綺麗な銀髪の人物。
(ほうれい線も、シワもない。白髪......とはまた違うな。髪が肩くらいまであるのが少し気になるが.......そういえばここにくるまでも対して疲れを感じなかった。若い体とはこんなにも身軽なものか)
率直にいえば武田は今、すごく感動していた。
疲労をものともしない健康さ、シワやほうれい線が目立ち始めた老いさらばえた肌とはかけ離れた色白の皮膚。老眼鏡を使わずとも鮮明な視界。
「おおお......心なしか精神まで若返るようだ......」
そして少しの間、興奮気味に湖面を眺めていた武田だが、やがて日が暮れ始めた。
(まずい! まだ寝床を用意できていない!)
仕方がないので、ひとまず近くの木陰を使い、就寝することにした。
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翌朝—
生前の癖か、目覚ましなしでも夜明けと共に目が覚めた武田は日課だった散歩に繰り出す。
(朝食代わりのものも探さないとな。森の恵みなどはあるだろうか)
すると、湖から少しいったところで林檎の木を見つけた。
(またしても運がいい。最初の食糧確保だ!)
周囲に他の生物が寄ってきていないことを確認し、木に登っていくつか熟した林檎を収穫した。
これもかつては出来なかったことだと思うと、武田は若い肉体に感動を覚えずにはいられなかった。
(吉岡、異世界は本当にあったぞ!)
もう会えない後輩に内心で呟く。
もちろん答えはない、というよりあってはいけない。
ひとまずの食糧も確保し終え、他の生物を求めて歩き回る。
(野生動物に襲われるのは勘弁被りたいが、いかんせん一人というのは寂しいな……)
そして日が暮れるまで森の調査ついでに文明や生物の痕跡を探すが、その日は何も成果を得られなかった。
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3日目。
この日は本格的に拠点製作に入ることに。
(これがマイ○ク○フトだったら簡単なんだが......)
なんて愚痴をこぼしながら、湖の畔に焚火用の枝と近くで収穫した林檎を揃えて、落ち葉で簡易的なベッドを作る。
幸いこの場所は風は滅多に吹き込まず、ベッドが飛ばされる不安もない。
雨は今の所降っていないが、頭上の枝枝とそこに生い茂る大量の葉を見て、仮に降ってもここならば大丈夫だろうと思えた。
その日も結局、武田は誰も見つけられなかった。
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その後、4日、5日、6日と時間が過ぎるが大した成果もなく、7日目を迎える。
その日もいつも通り生物を求めて森を練り歩いていた。
すると1人、あるいは1匹か不明だが、小さな妖精のような生物を見つける。
その生物は、手のひら大くらいのサイズだろうか、可憐な少女の姿で背中から蝶のような透明な羽を生やしていた。
童話などに出てくる妖精のような容姿をしているそれは、やがてこちらに気づくと興味深そうに話しかけてきた。
「へぇ、見ない顔だね。貴方も何か探し物?」
その妖精は楽しそうに空を舞い、こちらに近づいてくる。
「ああ、まぁそんなところだ」
久しぶりに誰かと話した弊害か、武田はそんなそっけない対応しかできなかった。
「それなら貴方のその探し物、私が仲魔になって一緒に探してあげよっか。ちょうど私も、この森の外に出るために力を貸してくれる人を探してたんだよね」
それは武田にとっては願ってもない提案だった。孤独に耐えかねていたこともあり、迷わず承諾。
「ふふっ♪ 私はピクシー、よろしくね。ところで貴方、名前はなんて言うの?」
(名前か。そういえば考えたことがなかったな。前世同様に武田慎之介でもいい気がするが......どうせなら新しい名前も悪くはないか......)
「あ、もしかして貴方、まだ名前がないの? じゃああたしがつけてあげる!」
目の前の妖精は、楽しげに空中でくるりと一回転。
(そういうことなら、ピクシーに名付け親になってもらおう)
「それじゃあ頼むよ。一体どんな名前を付けてくれるんだ?」
「う〜ん、それじゃあ貴方にはレオンの名前をあげる! 今からこれが貴方の名前よ!」
(レオン......レオンか、不思議と馴染む、悪くない。いや、むしろいい名前だ)
「よし......それじゃあ改めて、俺はレオンだ。よろしく頼む」
「うん! それじゃあいつまでもこんなところにいないで行こっか」
こうして、後にレオンの生涯の友となるピクシーが、最初の仲魔として加わった。
歩きがけ、レオンはピクシーとの会話を楽しむ。久しぶりに話相手ができたことに、レオンは内心密かに歓喜する。
レオンが自分がまだ目覚めて7日ほどであることと、森やそれ以外の事情に疎いことを伝えると、ピクシーは知っている限りの事をレオンに教えた。
中でもレオンを特に驚かせたのは、この世界には人間やピクシーのような魔物と呼ばれる種族が多く存在しており、レオンが転生したハーフエルフも定義上は魔物に含まれる。という事実だった。
「まぁレオンは見た目がほぼ人間だし、自分からハーフエルフですって言わなきゃ多分バレないと思うけどね〜」
とレオンの肩に乗って上機嫌に話すピクシー。
この森は人間と魔物の生存競争のちょうど境目にある。
魔物は凶暴なものもいるが、基本的に出合頭に攻撃などをする者ばかりではなく、人間同様会話できることも多い。
(種族が違うだけで、社会形態や知的生命体としての在り方は変わらなさそうだな)
そんな風にこの世界のことを話していたら、すっかり日暮れになってしまった。
「ピクシー、今日はひとまず俺の拠点に行こうと思うがいいか?」
「うん! 暗くなっちゃう前にいこ!」
正直ピクシーの存在はありがたいが、少しばかり信用してもいいのかという不安がレオンにつきまとう。
(いかんな、社会人の弊害か。言葉の裏を勘ぐってしまう)
ピクシーに少し申し訳なさを感じながら、その日は眠りについた。