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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

最強令嬢シリーズ

最哀令嬢、エリィカスタードは『あい』せない

作者: ごどめ

読み切り短編ですが、最◯令嬢シリーズ第二作目となります。

「なんでかわからないのか? 能無しのエリー」


 蔑むようにエリーと呼ばれた令嬢を睨め付けるのは、ヒルグリン王国の王太子殿下であるジェスパー・ヒルグリン。


「わ、わかりません……。わわ、私はいったい、何が間違っていたのでしょうか……」


 おどおどと震えながらそう答えているのは、彼の婚約者でもあるエリー・アイフェルト。


 彼女は今日、大事な話があると言われ、ヒルグリン王宮内、殿下の私室へと呼び出されていた。


「私と貴様では釣り合わない。私のこの満ち溢れた魔力、頭脳、そして家柄。どれをとっても完璧であろう? それに比べてお前は才能もないどころか落ちこぼれ。特別美しいわけでもないうえ、貴様の鼻のニキビは気持ちが悪い。それに何と言ってもそのビクビクした態度が異常に私をイラつかせるのだ!」


「ひ」


「それだ! また無意味に怯えている! 私にもかろうじて倫理観というものがあるから良いものの、本来なら殴って言う事を聞かせたいところだ。とにかくお前といるとストレスしか溜まらん! だから、お前との婚約を破棄すると言ったのだ」


「そ、そんな……わ、私がジェスパー様から見捨てられたら、お父様やお母様に怒られてしまいます……うぅ、ううぅ」


 ジェスパーはそれを見て深いため息を吐き、


「すぐ泣く。泣けばなんでも解決すると思ったら……」


 右手に魔力を込め、


「大間違い、だッ!」


 ゴウッ! と近くにあった大きめな壺めがけて火炎魔法をぶつけて破裂させて見せる。


「きゃあッ!」


「……ち。本当ならこの優れた殺傷能力を誇る魔力、そのまま貴様のような臆病者に撃ち放って試してやりたいところだ。いいか? 私に殺されたくなかったら、さっさと私の前から消え去れ、最哀(さいあい)の令嬢、エリー・アイフェルト!」


 こんな風にして、半強制的にエリー・アイフェルトはジェスパー・ヒルグリンとの婚約を破棄させられ、彼女はすんすんと涙を溢しながら、宮廷を後にした。


 そんな様子をヒルグリン王宮内の使用人や侍女、執事たちが見守る中、誰も彼女に声を掛ける者などいなかった。王宮にいる者たちは皆、彼女の事を憐れむような素振りを見せつつもその内心では嘲笑っていたからである。


 王太子妃になろうという人があんな臆病では話にならない。


 泣いてばかりでおどおどしていて見ていて気分が滅入る。


 ロクな魔力もない癖にコネだけで殿下の婚約者だなんて分不相応だ。


 などと、密かに馬鹿にされ続け、王宮内に彼女の味方などただの一人もいなかったのである。


「う……うぅ……ひ、う、うぅぅ」


 泣いてばかりの陰鬱令嬢、最哀の令嬢という不名誉なあだ名まで付けられて。


 そんな風に嘲笑われるように王宮から彼女は追放された。


 彼女の涙が、震えるようなその姿が、いや、これまでの全ての行動、行為、その言動が。最哀の令嬢、エリー・アイフェルトの策略である事など、誰一人として知らずに――。





        ●○●○●




 ヒルグリン王国は小さな島国にある。


 エリーは、この島からは大海を挟んだ大陸にある別国の小さな領地を持つアイフェルト男爵家の令嬢で、貴族としてはさほど高い地位のある家柄ではないのだが、現ヒルグリン王であるガスパー陛下の古い友人の娘だと言う事で、王太子であるジェスパーの婚約者とさせられた。


「何故、私が怒られなければならないのです、父上ッ!」


 顔を真っ赤にして憤慨しているのは、つい先ほど、その婚約者であるエリーに婚約破棄を言い渡し、王宮から追放したジェスパー殿下である。


「何故、だと!? 貴様、私の定めた婚約者のエリーのどこが気に入らないのだ!?」


 同じく憤慨する王、ガスパー。


「あんな臆病者で年中泣いてばかりいる女、気持ちが悪くて傍に置けるわけがないでしょう! おまけに魔力もなく、なんの取り柄もない! 最初は父上の顔を立てて甘んじて彼女を婚約者として受け容れようと努力しましたが、もう我慢の限界なのです!」


「そんな……そんなくだらない理由でエリーを追放したのか!? 彼女は私の親友の娘なのだぞ!?」


「それだけではない! あの女は私の考えに反対したのです! だから婚約破棄したまで!」


「貴様の考えとやらは力で民をねじ伏せる事だろう!? そんな事では駄目だといつも言っているであろうが! だからこそ、エリーのような婚約者が最適と私は考えたというのにそれを貴様は……ッ」


「ふん。そんな事、もはや関係がありません」


 ガスパー王とジェスパー殿下が激しく言い争っていると、ひとりの屈強そうな騎士がこの場所、謁見の間に現れた。


「おお、フランツ騎士団長! よく来てくれた! ジェスパーめがまた私の言う事をろくに聞かず、馬鹿な真似をしでかしおった! コイツを少し離宮の方へ閉じ込めておけ!」


 ガスパー王がそう言うと、フランツ騎士団長はジェスパー殿下のもとへと歩み寄る。


 ジェスパーは近づいて来たフランツの目を睨め付けて、ニヤッと少しだけ笑うと、


「陛下。申し訳ございません。それはできません」


「な、なに!?」


 フランツはガスパー王の言う事を聞かず、むしろガスパー王のもとへと歩み寄り、逆に王の腕を掴み上げた。


「うぐぁ!? フ、フランツ貴様!? 何をする!?」


「陛下は少し平和ボケしすぎたようです。貴方こそ離宮で休まれるべきでしょう」


「ああ、そうしてくれフランツ。ついでに母上にも私のやった事が間違いかどうか確認して来い。もし父上と同意見なら父上同様、離宮に監禁しておけ。宰相のサンジェルマンにも全て話しは通っている。フランツ、お前は我が命にだけ従い動け」


「かしこまりました、我が主人、ジェスパー・ヒルグリン様」


「き、貴様たち……ッ! 謀反(むほん)を起こすつもりか……!?」


「父上……いや、ガスパー王。貴方は戦争を嫌い、平和を求めすぎた。そんなつまらない王についていく者などいないのですよ」


「まさかジェスパー、貴様、海を挟んだかの大国に攻撃を仕掛けるつもりではあるまいな!?」


「私の魔力をご存知でしょう? その他、我がヒルグリン王宮には優秀な戦力が整っている。それを持て余してはいけない」


「ば、馬鹿な事を! やめろ! 考え直せ!」


「……連れて行け」


「ッは!」


 まずはガスパー王だけがフランツの手によって離宮へと閉じ込められ、そしてその後間もなくジェスパーの母親であるリネン王妃も同様に離宮へと連れて行かれた。


 それを公に知る者はジェスパー王太子、フランツ騎士団長、そして宰相のサンジェルマンだけとなる。


 ジェスパーは王不在となった玉座に腰を掛け、宰相のサンジェルマンを隣に置いた。


「馬鹿な父上だ。あんな軟弱者に王が務まるはずがない。だからこの国は税も増やせず民に舐められる。今日、この日が私の戴冠式となり、私が今日から王だ。民を統べるには力だ! 恐怖だ! 圧倒的なまでの王としてのカリスマだッ! そうであろう、サンジェルマン?」


「ジェスパー殿下……いや、ジェスパー王の言う通りかと」


「エリーなどというあんな気色の悪い弱き女を婚約者、だと? ふざけるのも大概にして欲しい!」


「……しかし陛下。このままエリーをこの国から出してしまってよろしいのですか? エリーは婚約者としてこの王宮に住まわせ数ヶ月は過ごされておりました。妙な話を外部に漏らさないとも限らないのでは?」


「安心しろサンジェルマン。私は父のように甘く、愚かではない。私が今日父上たちを隔離したのは、その為だ」


「ほう? ではすでに手を打ってある、と」


「くっくっく、楽しみだ。私はな、サンジェルマン。弱い者は徹底的に痛め付けられなければ何も学べないと考えている。エリーはこれまで泣けばなんでも解決すると思っているようなクズ中のクズだ。そんな女には不幸な事故で慰み者にでもなってもらい、自分の弱さを思い知るべきなのだ」


 ジェスパーはニヤリ、と凶悪な笑みを浮かべる。


 平和だったヒルグリン王国は、密かに革命が起きていた。




        ●○●○●




 エリーは王宮を追放され、王都に残る事も許されなかった為、仕方なく近場の港町へと赴いていた。


 この国から出る為に。


「街道がまともに開発されていないのね……うぅ、こんな獣道通ったら、お洋服が汚れてしまうわ……ぐす……」


 そんな事を呟きながらまた涙目になる。


 人気(ひとけ)が全くなくなった獣道をある程度進んだ時。


 前方の木々からガサガサ、っと何者かが動く気配を感じた。


「だ、誰です!?」


 エリーは身構えて尋ねる。


「こーんにーちはー!」


「キミがエリーちゃん? アレー! 全然可愛いじゃん!」


「殿下はわがままだからなあ。俺ならこのレベルでも十分だぜ」


 薄ら笑いを浮かべて、三人の賊がエリーの前に立ち塞がる。


「な、なんですか?」


 と、言いつつ涙を浮かべ小刻みに震えるエリーだが、彼女は馬鹿ではない。


 すぐに状況を察した。これはジェスパー殿下の差し金だ、と。


「お馬鹿で泣き虫ってのは本当みたいだなあ、最哀令嬢のエリーちゃん。それじゃあ優しい俺たちが教えてあげよう。キミはこれからここで俺たちに弄ばれるんだよ!」


 そう言いながら、間髪入れずに下卑た顔をした男たちはすぐに襲いかかってきた。


(そうか、私を陵辱して口封じするんだ)


 そう思った瞬間、エリーは泣く事をついにやめ、そして。


「こんな、こんなシナリオになるだなんて……あは」


 この国に来て、ようやく初めて彼女は笑った――。




        ●○●○●




 ――ジェスパーが強引に王位を引き継いでから一週間あまりが過ぎた頃。


「さあ、今日の徴兵どもを王宮の広間へ並べさせろッ!」


 フランツ騎士団長が兵士たちに大声で命じる。


 ジェスパーはヒルグリン王国の領土をこの島国だけではなく、大海を挟んだ大陸にまで手を伸ばそうと考えていた。


 それにはたくさんの戦力が必要だ。


「くっくっく……さあ、今日も楽しい選抜の時間だ」


 ジェスパーは広間に用意された豪勢な椅子に腰掛け、並ばされている人々を眺める。


 ジェスパーは緊急徴兵を行なっていた。成人した者は男女問わず民を王宮へと順番に呼び寄せて。


 そして適性検査をする。


「五十一番、貴様は何ができる?」


 フランツ騎士団長が問う。


「わ、私は剣術が少し……」


「だ、そうです。ジェスパー王」


 フランツが言うと、ジェスパー王は身振りで「そこで戦って見せろ」と命じた。


「……恨むなよ、若造」


 そしてフランツ騎士団長と若い青年はその場で命のやりとりを行ない、そしてあっという間にその青年は騎士の剣にて心臓を貫かれ、殺害された。


「いやあ! ルーカスッ!」


 恋人と思われる女がその青年に走り寄る。


 そんな彼女も徴兵され、ここにいる。


「あの娘はなんだ?」


 ジェスパーは隣に立つ宰相のサンジェルマンに尋ねる。


「とある伯爵家の令嬢のようですが、それなりに高い魔力を保持しているようなので、今回呼び寄せました」


「ほう……中々に美しい女だな」


 ジェスパーは醜悪な笑顔を見せると、


「貴様はこっちへ来い。私がじきじきに身体の訓練をしてやろう」


「え? ジェスパー様……? い、いや……だれか……いやぁーッ!」


 そう言って彼女は連れて行かれてしまった。 


 こんな風にして、ジェスパー王は力のない者、才能のない者はその場で処刑を繰り返し、気に入った女がいれば私室にて欲望の捌け口とする。まさに暴君と化していた。


 それを楽しむように笑って眺めているのは王宮に仕えている宮廷魔術師たち、王宮騎士たち、そしてジェスパー王と宰相のサンジェルマンだけであり、民たちは皆震えながら日々を過ごす事となっていた。


 ――この国はもうおしまいだ。


 そんな風に民たちが噂するまで、さほど時間は掛からなかった。




        ●○●○●




 ――ジェスパーが勝手に王を名乗ってから更に数週間が過ぎた。


 王宮内ではあちこちが装飾品や絵画などで豪華絢爛に彩られ、衣類や食べ物もどんどんと豪勢になっていった。


 反面、ヒルグリン王国の民たちは急激な増税、徴兵なども重なり、恐ろしいまでのヘイトを溜め込んで王宮に仕える貴族や王族らに強烈な不満を抱えていた。


 そんなある日。


「おい、サンジェルマン」


「っは、お呼びでしょうかジェスパー陛下」


「私の今晩の相手を今、ここに連れて来い」


「今でございますか?」


「日が明るかろうが、私はやりたい時にやる。女も私の子を宿せるのなら喜ぶであろう? さっさと連れて来い」


「かしこまりました」


 そう命じられ、宰相のサンジェルマンは別室に待機させられていた、上流貴族の女を連れて来る。


 その女は整った顔に美しいブロンドの髪、そして透き通るような肌をし、薄いピンク色のネグリジェを着せられている、まさに美少女であった。


「ほう? 中々良い女だ。こっちへ来い」


 ジェスパー陛下がそう言うと、サンジェルマンはその女をドンッと突き出す。


「それではごゆっくり」


 そう言ってサンジェルマンは速やかに退室した。


「は、初めまして陛下」


「ん? なんだ震えているのか? 私が怖いのか?」


「そうではなく、その……私、初めてでございまして……」


 ふるふると震えるその令嬢に支配欲をそそられたのか、醜悪な顔つきになってジェスパーはその女の腕を握る。


「女の悦びを教えてやろう」


 そしてジェスパーは強引に彼女の唇を奪う。


 その直後。


「ッ!?」


 ズキンッという激しい痛みを舌に感じ、ジェスパーはその女を突き飛ばして口元を右手で覆った。


「うぐ……!? な、なんだこれは!?」


「それは私のお口に仕込んで置いた毒針にございますわ、陛下」


 先程まで怯えていた女がニヤァと不敵に笑う。


「っく……め、目が回る……き、貴様ぁーッ!」


 ジェスパーは怒りながらも、その手元に淡い緑の光を放たせる。


「あら? 解毒魔法ですかそれは? さすがはジェスパー陛下。攻撃魔法だけではなく回復魔法も扱えるなんて、本当に魔術師としての才能は優れているのですわね」


「……き、貴様。ただで済むと思うなよ! 生き地獄を味わわせてやるッ」


 そう言ってジェスパー陛下は空いている左手に目一杯の魔力を込めてその女にぶつけようとした時。


「なッ!?」


 その左腕を押さえ込んだのは、いつの間にか彼の背後へと回り込んでいた宰相のサンジェルマンであった。


「き、貴様! 貴様らぁ! 私を謀ったな!?」


「……スレイ様。この者の魔法だけは少々厄介です。腕だけは破壊しておきます」


 サンジェルマンは冷静な言葉でそう告げると、押さえていたジェスパーの左腕をあっさりボキッとへし折り、そして反対側の右腕を掴んでそちら側から身体を抑え込んだ。


「うぐぁああーッ! サ、サンジェルマン、貴様ぁーッ! 許さん、許さんぞッ!」


 その問いにサンジェルマンは答えず、スレイと呼んだブロンドの美少女を見て、


「スレイ様。どうされますか?」


「あなたはそのまま抑えていて。続きは……私がやらないとだから」


 スレイは金色の髪をなびかせ、床に押し付けられているジェスパーのもとへと歩み寄る。


「う、く……な、何をする、つもりだ……?」


「っぷ!」


「いだッ!?」


 スレイは口元から何かを飛ばしてジェスパーの左目を潰した。


「毒針ですわ。早く解毒さないと左目はすぐに失明ですわね」


「な、なに!?」


「で、次はそこっと」


 スレイは短剣を取り出して、容赦なくジェスパーの右耳をストン、と斬り落とした。


「ぎぃやぁぁあああーッ!!」


「ね? こういう事。私はあなたの拷問係ですわ」


「う、ううぅぅ……はあ、はあ……な、何が目的だ……」


「へえ? こんなにされてもまだ強気。腐っても王族ですわ……ね!」


 今度はヒールのかかとで思いっきりジェスパーの鼻を潰した。


「うぐぁぁぁあああああーーッ!」


「鼻は神経が多いから痛いって()()()()()()()()に教わっていたのに、やるのが遅くなってしまいましたわ」


 そう言ってスレイは笑った。


「さーて、次は……」


「ヒッ!? や、やめ……やめてくれ! 許して……」


 鼻の痛みで怖気付いたのか、ようやくジェスパーはその瞳に涙を浮かべて命乞いを始めた。


「わあ! できた、できましたー! お姉様ーッ!」


 スレイがそう叫ぶと、ガチャ、と部屋の扉が開かれ、一人の女が入って来た。


「あは……スレイ、よくできたわね」


 そう言いながら満面の笑みで現れたのは。


「エ、エリー!? き、貴様……何故生きている!?」


 かつて最哀の令嬢と罵られ、この王宮から追放され、更には賊の慰み者にさせたはずの、エリー・アイフェルトであった。


 だがしかし、そこにいたのはこれまでジェスパーが見て来た彼女の顔ではなかった。いや、正確には顔の作りは彼女そのものだが、見た事もないほど不気味に笑っているのだ。


「ジェスパーさまぁ……つ、ついに、泣いちゃいましたねえ……あは、あははは、は、は、は、は、は、は?」


 ケタケタと壊れたように笑うエリーに心の底から恐怖を感じたジェスパーは思わず押し黙ってしまった。


「カスタードお姉様ぁ! 私できましたぁ!」


 スレイはエリーのもとへと駆け寄り、猫撫で声で彼女へと擦り寄る。


「うんうん、偉い偉い。さすがはスレイね。ちゃあんと、ジェスパー様を泣かせてくれたんだもの。わざわざゾルディア王国に帰ってまで貴女を呼んだ価値があったわぁ。私の右腕はやはり貴女しかありえないわねぇ」


「えへへへーッ! ありがとうございますわぁ、カスタードお姉様!」


 無邪気に笑う二人を見てジェスパーは唖然とする。


「カスタード……? エリーではない、のか? というか能無しのブス女の癖に何故、あんな偉そうに……」


 ジェスパーがそこまで言った瞬間。


 ぐるっと、一瞬で身体を反転させられ、


「ぐぼぁッ!」


 サンジェルマンの手によって思いっきり腹部にパンチを浴びせられた。


「ジェスパー。我が主人にふざけた物言いをするな。次はもっと強く打つ」


 サンジェルマンは冷徹な眼差しでジェスパーを見下す。


「が、がはッ! ……はあ、はあ! サ、サンジェルマン……き、貴様は私に忠誠を誓い、父上を隔離したのではなかったのか……? 何故、突然裏切った……?」


「突然ではない。私は産まれた頃よりゾルトバルト家にしか忠誠を誓っていない」


「ゾ、ゾルトバルト家、だと!? ま、まさか……!?」


 ジェスパーは震えながらエリーを見る。


「あは。ジェスパー様初めまして。私はエリィカスタード・ゾルトバルトと申します! やっとジェスパー様の泣き顔を見れたので私は大大、だーい満足です!」


 と、エリーもとい、エリィカスタードは笑って答えた。


 ジェスパーもよく知っている。ゾルトバルト家とは海を隔てた大陸にある、強大な力を持つとある公爵家の名前で、この世界最強にして最悪の一族であるという噂を。


「え、エリー……まさかお前が本当に……」


 パァンッ! と今度は素早い平手打ちをサンジェルマンがジェスパーの頬にくれる。


「エリィカスタード様の名を気安く呼ぶな愚か者めが。ゾルトバルト様と呼べ」


「う……く。ゾ、ゾルトバルト様……い、いったい何故このような事を……」


 ようやく素直になったジェスパーを見てご満悦な顔でエリィカスタードは頷く。


(あい)(あい)は表裏一体。愛情と哀しみは似ているんですわ。私がビクビクと怯えて泣いてばかりいたのはですね、そうすると人は私をアイシテくれるからなんですのよ?」


「な、何を……?」


「女性の泣き顔を見ると殿方は守りたくなる本能があるそうですの。だから、この国の将来の王であるジェスパー様に愛されて妻となる為に私は泣き続けましたわ。そして無事ジェスパー様と結ばれた後、この国をより良くするのが私に課せられた使命でしたのよ。でも毎日泣き続けてみたけれど、貴方は一向に愛を向けてくれなかった。それどころか私を追放してしまった。だから、私も貴方を愛せなかった。だったら今度は逆にジェスパー様を泣かせれば私は貴方を愛せるかと思ったんですの!」


 エリィカスタードは()()()いる。


 ゾルトバルト家次女、エリィカスタードが壊れているのは昔からであった。彼女はいつも歪んだ愛を求め、歪んだ哀を求めている。


 それはある意味純粋すぎた。


 サンジェルマンはその全てを理解していても、そんな彼女をいまだに畏怖している。しかしそれを間違っても表情には出さない。


「だから貴方を拷問して貰うよう私の部下を忍ばせたんですわ。それがこのスレイですの」


 スレイは冷めた視線で無言のままジェスパーを見下す。


「でも結局、貴方が泣いても私は貴方を愛せそうにないんですの。きっとそれは私の(あい)が足らないんですわ。だから、最後の手段」


 そう言ってエリィカスタードは右手に膨大な魔力を練り上げる。


「な、なな、なんだ……そ、そんなまるで……バ、バケモ……」


 エリィカスタードはゾルトバルト家いちの魔力を保有している。その力は古の魔王にすら匹敵するほどに。ただ、普段はそれをひた隠しにしている。強力な魔力を見せては人に愛されないからと思っているからだ。


「これを貴方にあげる……うふ、うふふ、ふふ」


「や、やめ……そんな暴力的な魔力を注ぎ込まれたら私は……」


「もし死んじゃったら、私はきっと哀しくて哀しくて、ジェスパー様の事を愛せる、かもしれませんもの……あは、あはは。あははははははははははッ」


「や、やめてくれッ! 誰か、コイツを止め……ッ」


「あは、は! ジェスパー様ぁ、どうか死なないでください、ねえ?」


「や、や、やめろぉーーーッ!!」


 ドォンッと。


 その日、王宮の一角にて花火のような音が一瞬だけ鳴り響いた事を知る者は少ない――。




        ●○●○●




「エリィカスタード様、お加減はいかがですか?」


「ぜーんぜんだわぁ。全然哀しくならなかった……はあ」


 ヒルグリン王国を後にして、大陸との流通に使われる商船の中でエリィカスタードはつまらなさそうにぼやいた。


 その様子を見て、サンジェルマンは小さく笑う。


「逆に楽しかったのでは?」


「馬鹿な事を言っちゃ駄目よ、サンジェルマン。私はジェスパー様をアイしたかったんだから。ね?」


「そう、でございますね」


 サンジェルマンは底知れない力を持つこのエリィカスタード・ゾルトバルトの護衛騎士兼ゾルトバルト家の執事だ。彼はエリィカスタードが小さな頃から彼女を見てきている。そんな彼だからこそ知っている。


 エリィカスタードが実はとてつもなく計算高い事を。


 彼女はジェスパーがおどおどした女に嫌悪している事をとてもよく理解していた。理解していたうえでわざとあんな風に彼にストレスを与え続けた。


 それでももし、自分を妻として迎え入れるなら、様々な手段を用いてヒルグリン王国を良くしようと考えてはいた。元々ゾルトバルト家当主はそのようにエリィカスタードに命じていたからである。


 だがしかし、案の定ジェスパーはエリィカスタードを婚約破棄し、追放した。


 そうなれば自分と通じている国王たちも殺すか隔離するかするしかないだろうと踏んでいた。


 そうなった後もしばらくは様子を見ようと思ったが、すぐにジェスパーはその悪意の頭角を表した。


 だからこそ、エリィカスタードは完膚なきまでにジェスパーへ報復し、始末したのである。


 エリィカスタードはそのついでに、多少なりとも共に過ごしたジェスパーに対して愛や哀を感じられるのか、試してみた。


 しかし結局彼女はそのどちらも感じられる事はなく。


「でも、最後のジェスパー様のあの()()()だけは、さいっこうに楽しかったわぁ……」


 感情の壊れた笑顔でうっとりとしながら、彼女は呟く。


 ゾルトバルト家はその誰もが、恐ろしいまでの力を持ち異端な思考をしている事をサンジェルマンはよく理解している。


 長女のリリィマリアーノが最も報復、という意味では恐ろしいのだが、それ以上にこのエリィカスタードの破損した感情の暴走は恐ろしかった。


 以前、愛を知る為だけにひとつの街をたったひとりで滅ぼしてしまった事すらあるのだから。


 とはいえ、今回はひとりの王太子と王宮に住む数人が処分されただけで済んだ。これがもし長女のリリィマリアーノだったならば、間違いなくこのヒルグリン王国は壊滅させられていただろう。


(だがエリィカスタード様は馬鹿ではない。きっとおそらく、解放したガスパー王ならばこの国を建て直せると信じておられるのだ。だからこそ、この国の最悪な病巣とも言えるジェスパーらを屠ったのだろう。この形ならばガスパー王も実の息子を殺されたとはいえ、ゾルトバルト家に恩を感じずにはいられぬだろうしな)


 サンジェルマンはそう理解した。


「ヒルグリンの婚約者ごっこはこれで終わりね。マリアーノお姉様もつい最近完膚なきまでにひとつの国を滅ぼしたって言ってたから、きっと結婚されていないわよね! って事は、ゾルトバルトの姉妹で最初に婚約者をもらうのはまだ誰かはわからないわねえ」


「そうでございますね。最恐令嬢と名高いリリィマリアーノ様に釣り合う男など果たしてこの世に存在するかどうか疑わしいですが」


「うう……そうよね。なんて可哀想なお姉様。私が代わりに泣いておきますわ……うう」


 そう言って度し難い感情でエリィカスタードは涙をこぼす。


「エリィカスタード様も十分にお美しいですから、そのパートナーを探すのは難儀になりそうですな」


「あら! そうかしらぁ? あははは、は、は、は、は」


 一瞬で彼女は涙を止めて笑い出す。


「でも私は今度こそ、必ず素晴らしい婚約者様に巡り合うわ。ゾルトバルト家に立派な後継を作らなくちゃならないもの。そして必ず愛と哀を知るわぁ! あは、あはは。あははははッ!」




 サンジェルマンは無邪気に笑うエリィカスタードの顔を見て、ほんの少しだけ哀愁を感じずにはいられなかった。







ご一読いただきありがとうございました。


この作品は『最恐令嬢、リリィマリアーノは容赦しない』の世界観と共有しており、最◯令嬢シリーズの第二弾となっております。


この作品を読まれてみてご興味が湧きましたら、そちらの方もご一読されてみてください。

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