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騎士と悪魔の輝ける日々  作者: 玲島和哲
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毒が入ってる

 城にある食堂には国王を始め、リベジアンやイエーグナはもちろんのこと、数人の招待客が席についていた。政府の各代表が、イエーグナをどうするかについての報告がてら、小さな食事会が催されたのだ。


 各人の前には、麗しいソースが包み込むように掛けられたステーキや、ドレッシング白く照るサラダが置かれている。机の上、中央の間隔を空けたところには、パスタも置かれており、それをよそうための小さな皿は、既にいくつかその置かれた跡のために汚れている。


 食事前の挨拶、そして時折の会話にも関わらず、どことなく緊張感が漂うのは当然、イエーグナがいることが大きな原因である。その緊張感はまた、周りの者が皆食事をしている中、一人だけ何にも手をつけようとせず、じっと肉を見つめていることによって、僅かながらも高められた。


 彼女を生かすことに反対していた者が、その事を隠しても隠しきれぬ様子で、恨みがましい表情をして彼女を時折睨み付ける。


 リベジアンはフォークにパスタを巻き付け、口に含んで咀嚼しつつ、その様子を見つめていた。国王を除いて彼女のみ、平静な様子でいた。どう接するべきか、思いあぐねていた。


 イエーグナは尻を椅子の上で少し前に出しているため、僅かな弧を描くような姿勢になっている。顔を俯けているその様子は、努めて何事にも関心を持たぬようにしようという意思が、微かながらもあった。これで唇でも尖らせれば、拗ねた子供まんまであった。


「……食べないのかい?」


 パスタを飲み込んだリベジアンが、穏やかな口調で尋ねる。イエーグナが、目だけを彼女の方へ向ける。リベジアンはまた、パスタを口に含む。


 少しして、ぼんやりとした様子で、イエーグナは前に置かれたフォークを手に取る。行儀など知らぬかのように持ち手をぐっと握ると、先端部分を目の前まで持ってきて、じっと見つめていた。その場にいる者に緊張が走り、動作に僅かなぎこちなさが見られた。


 ……次の瞬間、イエーグナはフォークの先端を下に向けたかと思うと、勢いよくステーキの上に突き立てた。その激しい音と行動により、リベジアンを含め、皆が食事の手を止めた。


「……毒が入ってる」


 イエーグナは冷たい口調でそう言った。それを聞いた国王は、後ろに控えていたコックの方を振り向く。明らかに戸惑っていたコックは、彼女の言葉を否定するかのように、小さく頭を横に振る。


「何故、毒が入っていると?」国王が尋ねる。


「入ってる……入ってるに決まってる……分かりきったことじゃん。入れない筈が無い」


 一人の男が両手で机を叩いて立ち上がる。彼女を睨んでいた男である。


「いい加減にしたまえ!」男が叫ぶ。「入ってるに決まってるだと!? 何らの根拠なしか!! 憶測でよくもそれだけのことが出来るものだ!! 少しは身の程を弁えたらどうだ!! 事情はどうあれ、貴様は飽くまで生かされているに過ぎん!! 一体どうすればそれ程の無礼が働ける!? 何故国王の厚意を無下にする!!? なめた態度を取るんじゃあない!!」


 国王が静かに静止するのも聞かず、男はそれだけのことを怒号した。イエーグナは、当初こそ男を見ていたが、途中からは目を反らし、どこ吹く風と言う態度であった。これがまた、男をさらに苛立たせる。


「何か言ったらどうだ!! 何だ貴様の態度は!!? 何を根拠に料理に毒が入っていると言うんだ!!」


イエーグナは答えない。代わりに小さく鼻から息をつく。やがて、ゆっくり前屈みとなった。


「……例えば」イエーグナは言った。「今いる場所も弁えず、さっきから私を睨み付ける誰かさんがいるんなら、運ばれた食べ物にそれくらいする奴がいたって、おかしくは無いと思うけど」


 イエーグナは男に目を向けずに言った。男は歯を食い縛り、再び叫び出そうとした。


 その時、椅子が床を擦る少し激しい音がしたかと思い、皆がそちらに目を向ける。立ち上がったリベジアンは、フォークとナイフを持って机を回り込むと、イエーグナの後ろに着いた。


 イエーグナにじっと見られているのに対し、リベジアンは彼女の方に目を向けない。微笑んだまま少し前屈みになり、ステーキの端をフォークで刺して、ナイフで切っていくと、そのまま口の中に含んだ。皆が注目をする中、リベジアンはゆっくりと咀嚼する。


「……うん。美味しい」


 飲み込んだリベジアンは、イエーグナの方を向いて言った。イエーグナは半ば呆然と、彼女を見つめる。


「食べてみないか? イエーグナ」リベジアンは言った。「心配することはない。食べた私が元気なんだ。きっと、美味しく食べてもらえると思うよ」


 皆が言葉を失った様子をしている中、国王は、心持ち少し微笑んで二人を見守った。


「……あぁそうだ」リベジアンは続ける。「事情はどうあれ、少し食べてしまっているな。私はまだステーキには手をつけていない。もし良ければ、私の分をわけても構わないが」


 ここまで言われた時、イエーグナはムッとした顔をした。


「いい」


 そう一言言うと、イエーグナは腰を伸ばして真っ直ぐ座り、椅子を引くと、フォークとナイフを取って、肉を切り出した。


 肉を小さく切り、口の中に入れる。飲み込むと、今度はパスタ用の皿を取り上げ、トングでパスタを掬い上げてそれに乗せる。そして改めてフォークに少しだけ巻き付かせ、小さく開けた口の中に入れていく。


 それも飲み込むと、今度はナイフも持って、サラダを少し切ると、そちらも口に運んでいく。背筋を伸ばし、音を立てる事もなく静かに食べ続ける。


 見た目にも、明らかに不機嫌であることが分かるにも関わらず、その食べ方には、礼儀正しさを弁えた、品の良さがあった。動作も流れるように滑らかにして自然で、おかしな所がなかった。


 そうした彼女の食し方は、仮にも大軍を率いた、ディグジーズの娘であるという高貴さ、或いは矜恃によって意識的になされたのか、それともリベジアンに対する反発で一杯になってしまい、常の習慣によって無意識のうちになされたのかは分からない。


 しかしその様子は、彼女の先程の態度と現時点での苛立ちと照らし合わせて、どことなく可笑しな印象を与えた。少なくとも、リベジアンは幾分か微笑みを持って、彼女に親しみを感じた。


 ──食事を取り始めるタイミングが遅かったものの、食べるスピードが速かったため、皆が食べ終わる頃にはイエーグナも食べ終えていた。


 イエーグナは不満そうなまま席を立つ。数人から話し掛けられるのも無視して机を回り込むと、そのままドアの方へと向かっていく。


「綺麗な食べ方だな」


 後ろからリベジアンにそう声を掛けられると、イエーグナは初めてその場に止まった。リベジアンは微笑んだまま、彼女の背中を見つめている。


 振り返った彼女は、キッとリベジアンを睨み付けた。あらん限りの怒りを込め、リベジアンの態度を不快に思っていることを明確に表していた。惜しむらくは、些かも恐ろしくないということである。


 そのままイエーグナはまた前を向いてドアへと向かい、そのまま出ていった。


 その様子を見ていた国王は、リベジアンの方へと目を向ける。リベジアンはやれやれと笑いつつ、小さく肩をすくめた。






 自らの部屋の扉に近付いていく途中から、部屋の中から荒々しく粗雑な音が聞こえてきていた。おおよそ何が行われているかを予測しつつ、リベジアンが扉を開く。案の定イエーグナが、部屋の中のものを荒らしに荒らしていた。リベジアンが入った時には、イエーグナは彼女の衣服を窓のある方へ投げつけて、そのままベッドの上に飛び込んだ。


「……」


 リベジアンはイエーグナに目を向ける。うつ伏せになって、枕を抱きしめている様子は、まんまいじけた子どもである。現状魔力は封じられ、身体的にも特に優れているわけではない彼女に出来る精一杯の反発なのだろう。


 リベジアンは微笑みつつも小さくため息をつくと、足元にあった寝巻きを取り上げる。


「随分と暴れてくれたな」リベジアンは周囲を見回す「……寝る前に、少し片付けなきゃいけないな」


 イエーグナは枕から片目だけ出して、隣のベッドとの間にある小さな机の上の、花の挿された花瓶を見た。すると、機敏な動作で身体を前にやってそれを取り上げると、挿された花を片手で取り出すと、花瓶の中の水をそのベッドの上に満遍なく振りかけていく。床のものを拾い上げていたリベジアンは、特にそれを止めようとすることなく、じっと見ていた。


 水をほとんど振りかけ終えると、イエーグナは持っていた花もベッドの上に、そして花瓶をリベジアンに向かって投げ付けた。リベジアンは片手でそれを受け取る。イエーグナは再びベッドに伏した。リベジアンは苦笑しつつ、水を振り撒かれた自らのベッドに目を向ける。


 濡れて少しばかり凹んでいるベッドの上に、赤い花が、彼女に代わって眠っているように放置されている。一、二枚ほど、赤い花弁が落ちていた。

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