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騎士と悪魔の輝ける日々  作者: 玲島和哲
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交流の始まり

 ボゴロフは片手に持った斧を、木に向かって叩き付けていた。彼らの様子から、そこまで力を込めている様子ではない。狙いを定めるように、揺らめくような腕の振り方をしている。それだけで、人が全力で打ち込むほどの強さを発揮し、斧を木に打ち込むことが出来るのである。


 むしろ強すぎては、木もさることながら、斧の方も駄目になってしまう。両腕で本気を出さずとも折る事が出来る程の力もあったが、切り口が汚くなるということで、こういった方法が採用されていた。倒した木を、移動に困らぬ程度に裁断すると、運搬係のボゴロフが、両腕で数本も抱えて運んでいく。


 ──牧場でも、ボゴロフ達はそれぞれの持ち場で働いていた。餌を運ぶもの、森から木を持ち込むもの、水を運んでいるもの……巨体がうずくまって、恭しく草むしりをしている所は、実に奇異に見え、時にそのおかしさに微笑む者もいた。


 牛を一匹、その身体をブラシで掃いているボゴロフがいた。掃かれる度に呻き声を上げ、ブラシから離れようもしている。


「違う違う。そうじゃないよ」


 牛の身体を掃いていたボゴロフが、小さく唸りながら声のした方を向く。ラジュアが彼に近付いていた。


「嫌がってるじゃないか。少し強すぎるんだ。貸してくれ……こうやって……」


 ラジュアは、人間にしては太めなその腕でもって、牛の身体をブラシで掃いていく。今度は牛も呻くことなく、時折勢いよく首を振るだけで、素直に掃かれるがままに任せていた。


「こんな感じだ」掃きながら、ラジュアはボゴロフの方を向く。「少し触れる程度だ。そこまで強くしてるつもりは無いんだろうが、更に弱く、少し面倒だろうがな。やってみてくれ」


 牛の身体から離したブラシを、ボゴロフの方に向ける。ボゴロフは少しぼーっとした様子でそれを見つつ、それを受け取った。怠惰というより、要領を得ない子どもが、探り探りで事を為そうとするような態度である。


 ボゴロフがブラシを牛の身体にそっと当てた時、ラジュアもその手の上に手を重ねる。もう片方の手で、その腕を撫でる。


「もう少し。もう少し力を抜いて……そうだ。それで掃いてみよう」


 ボゴロフはラジュアに手を添えられたまま、ゆっくりと牛の身体を掃いていく。牛が一瞬呻くと、ラジュアが注意して促す。


 ……やがて、ラジュアはその手をゆっくり離していく。ボゴロフはそのままゆっくりと、上から下へとブラシを掃いていく。目で見て分かる程度に、そこには先程の様な力みはなく、牛が呻くことはなくなった。


「……そう、そんな感じだ。ゆっくり優しく……その感じを忘れないで」


 ボゴロフは彼女に一瞥をくれると、また牛の方へ目を向ける。ラジュアは両手を腰に当てて、軽く苦笑をする。少し前にはこの同族と、殺し合いまで行っていたのである。それがこうして、牛一匹の世話をどうするかについてを教え、その世話を任せることになるとは思わなかった。当初あった懸念は、さして日を置くこともなく、砂塵のごとく薄れていった。


 ……彼らに言葉は通じているのか、それは分からなかった。彼女はなんとなく、何かを教えるついでにそれを口に出してしまっていた。声をかけさえすれば、呼ばれていることを認識はしているのだろう、振り向いてはくれる。


 しかしそれが、彼らが彼女達の言語を理解しているという保証にはならなかった。少なくともその根拠としては弱すぎた。


その一方、形はどうあれ、一旦教えたことは即座に覚え、実行に移すことが出来ていた。今現在の牛の世話も、すでに問題なく遂行している。言葉を解せずに覚えているのだとすれば、よほどの観察眼であり、その愚鈍そうな見た目に反し、相当な才のある存在なのかもしれない。






「──どんな感じですか?」



 ギュボアーが近付いてくるのを、呼び掛けられたヘグラルが振り向いた。彼女は彼の前で、豆電球の様に金色に小さく発光しているものを見た。


「……これは『魔術』で?」


「そうっすよ」ヘグラルは気だるそうに答える。「このページを……二十人の魔力で」


 本を受け取ったギュボアーは、指されたページにじっと目を向ける。一文一文を目で追いながら読んでいくと、少しして本を机の上に置いた。ページには目を向けつつ、両掌を器型にして、豆電球の隣に添える。


「……デュスル」


 ギュボアーが一言呟くと、両手の間の丁度真ん中から光が発生して、その隣のものと全く同じものが出来た。両手を下ろすと共に、彼女はため息をついた。


「……さすがっすね」ヘグラルが言った。「自分達は、同胞が十三人ぶっ倒れましたよ」


 抑揚のない、淡々とした調子でヘグラルは言った。


「なんとなく分かる気がします」ギュボアーが答えた。「今少し思考が白むというか……ボーッとしますね。倒れそうです」


 身体を支えようとするかの様に、細い腕を机につかせる動作は、その言葉を実証するかのようだった。


 ヘグラルらが、城の魔術師達と働く『魔術研究室』には多くのもの、特に本や容器でごった返していた。その間を、ヘグラルや魔術師達が歩いていく。顔つきこそ冷静だが、その歩行速度はそこそこに速く、立ち急いでいるという印象を与えるには充分だった。容器の中には、先程の様な発光物から、クラゲの様な軟体物、液体と見紛う物まで様々である。


 ヘグラルらが率先して、ディグジーズ軍で研究していた資料や書物を持ち込んだことで、基本的に忙しい研究室が、更に忙しくなっていたのだ。そんな中で、魔術師やヘグラルらは、しかし決して焦ることがなかった。そのやり取りの仕方は、共に働きだして既に数年は経っているのかと言わんばかりのスムーズさであった。


 ギュボアーが、別の場所に置かれていた本を手に取って、パラパラと捲っていく。


「……なかなか面白いことも、研究していたのですね」


 書物に目を落としたまま、ギュボアーは言った。


「まぁ色々研究しましたね」ヘグラルは答える。「攻撃、防御魔法は当然ながら、回復、幻惑、洗脳、不老不死、蘇生術……範囲としてはそこまでですが、それでも膨大な量の実験と調査をしましたよ」

最後の辺りは、うんざりしたような調子だった。あまり聞かれない、彼らの感情の露わになる瞬間である。


「……魔術の探索は、熾烈を極めますからね」


 ギュボアーは微笑みながら言った。


「その通りです。身体一つにどれだけの細胞やら器官やらが働いているか。自然がどれ程の線密なバランスで構成されているか。魔術でそう言ったものを操るには、何よりもそれらについて熟知していなければならない。やりがいはありました。なければうんざりするばかりですね」


 ギュボアーは笑った。ふと、気になることが思い浮かんだ。


「今はどうですか?」ギュボアーが尋ねる。「やりがいは……充実感はありますか?」


「今まで通りですな」ヘグラルは答える。「戦争が終わって、多少の解放感がありますがね」


 その、ほとんど変わらぬ態度をもってなされた答えを、ギュボアーはまた可笑しく思った。仮にもかつての敵の陣地において囚われておりながら、そんなことに気兼ねしている様子は、ほとんどなかったのである。

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