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騎士と悪魔の輝ける日々  作者: 玲島和哲
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イエーグナ

 ──国王と、更にその後ろに護衛を従えつつ、リベジアンは地下牢への階段を下っていく。腰には帯刀している。暗い中に、灯火が点々と両側の壁に据え付けられているため、視界に困ることはない。掃除の行き届いていることを示すかのように、照らされた階段には清潔感があった。しかし、その分寂寞感も強く、未だ昼であるにも関わらず、この場所にだけ、夜を保ち続けているかのようである。


 重々しく鉄の扉が開かれた。扉も綺麗であるにも関わらず、その開くことを拒むかのような重々しさが、相応の年期を感じさせる。室内には幾つかの牢が並び、前には看守が立っていた。国王らがその前を通る度に、彼らは頭を下げる。


 ……目的の牢の前まで来た。


「様子はどうだね?」


「はっ! 特に怪しいところはありません」


 国王の問い掛けに、看守はハキハキと答えた。


 リベジアンは牢屋の中を見る。高いところに位置した、小さな窓から洩れる光を浴びつつ、一人の少女が、椅子に座って、その窓の方を見上げていた。服か何かのような黒色に包まれた紫色の身体は華奢で小さい。


 髪は腰まで届くほどに長く、あらゆる面が父親と違っている。それでも、かつて彼と対峙した彼女には、言葉にし難い所で、父親と似たものを感じていた。


「──イエーグナ」


 国王に声をかけられ、少女──イエーグナは、少しだけ俯いたかと思うと、そのまま彼らの方へ振り返る。


 小さな口に不機嫌そうに少し釣り上がった目付きは、彼女の子供らしさを表していた。瞳孔は黒く、虹彩は藍色、その周りも黒色に囲まれている。童顔ではあるが、パーツの一つ一つは、しっかりと父親と同じだった。


 そうした特徴に関わらず、リベジアンには不思議と警戒心が湧いてこない。振り返った少女は、明らかに不満を表明していた。しかし一方、何かをしでかそうとする意図があるようには見えなかった。どことなく、迷っているようでも、自らを押さえ込んでいるようである。


 もし、リベジアンがもう少し大人であれば、これは十代の子ども達によく見られる態度と似ていることを思い出したろう。言葉にし難い曖昧な、それでいて確実に存在する不満を抱き続け、どうすべきかを判断しかねてやきもきしている時のあの態度である。


「……扉を」と国王。


「はっ!」看守はキビキビとした動作で、牢の扉を開いた。「出るんだ!」


 少し威圧感の加わったその声に対し、イエーグナはまるで気にする素振りすらも見せず、緩慢な動作で立ち上がる。身体を前に向けると、両手には手錠がかけられていた。


 ──この時、初めてリベジアンとイエーグナの目が合った。


 護衛数人は、防壁となるが如く、国王の前に立つ。その中の一人と看守が牢の中に入り、素早くイエーグナの左右についた。


 その両手に触れられようとした瞬間、即座に両手を激しく振って、拒否の意思を示した。看守の方を睨むも、すぐに前を向いて歩き出した。牢を出ると、そのままリベジアンや国王らの方を向く。


「……手錠を」


「はっ!」


 看守が機敏な動作で鍵を取り出し、即座に手錠を外す。興味もなさげにその様子を見ていたイエーグナは、解放された手をじっと見つつ、手首の状態を確認するかのように、ぷらぷらと振ってみた。

すると、ゆっくりと右手を前に差し伸べ、掌を前に向ける。護衛が一気に構えを取る。リベジアンは、一応はという様子で刀に手をかける。国王のみ、何ら表情を変えなかった。


 じっと前を見据え、掌を前に向けた状態で、イエーグナはじっとしていた。


 ……が、やがて、少し時間が経つと、ゆっくりとその手を下ろしていく。


「……恐らく、力を使いたくても使えないのではないかな?」国王が言った。「この国の精鋭達による魔力封じの力によって、君の力は今封印されている。すまぬが、しばらくはそのままでいてもらうつもりだ」


 イエーグナは国王のほうを向かず、じっと手を見たままだった。彼女の横にいた護衛が彼女に目を向ける。


「何か返事をしろ」


 護衛の鋭い言葉に、彼女はそちらに目を向ける。ここまで、終始一貫して何の反応もろくに返さなかった。その態度は、次第に周囲を苛立たせ始めていたが、国王の態度には特に変化はない。リベジアンは、そのやり取りが何となく可笑しく思い、にやけそうになって、拳を口の前にやっていた。思いのほか、イエーグナに対する悪感情が湧かなかった。起こそうと思っても、危機感が起こらない。


 やがて、イエーグナは前を向いた。少し胸を沿って、顔を心持ち少し上向けて、ふんぞり返ったような顔つきになった。そして、一歩一歩綺麗な足取りで、国王の方へ近付いていく。護衛は面持ちを固くするが、特に何の懸念も感じられなかったリベジアンは、飽くまで形式的に、刀に手をかけたままそれを見届けていた。イエーグナが護衛を隔て、国王を真正面とした所に立つ。


「……お初にかかれて光栄です、国王様」イエーグナが口を開いた。「今日わたくしが生きているのは、貴方様のお陰と聞かされています。その事を常に感謝しながら、これからの日々を過ごさせてもらおうと思います」


 その可愛らしい声で紡がれた言葉には、その通りの感謝の念は些かもなかった。それどころか、どことなく当て付けがましく、そのような気などさらさら無いことを逆説的に証明しようとするかのようなわざとらしさがあった。一言で言えば、これ以上無いほどの無礼な態度と言えた。


 イエーグナは振り向き、看守の方を見た。


「そういうことで良いんだよね?」


 この問い掛けをされた看守は一瞬だけ焦りを露にしつつ、気付かれまいとするかのように即座に目を反らした。


 国王は、そんな彼女の態度を、じっと見ていた。


………

……


「──むしろ、気にすべきは、ディグジーズの娘……イエーグナでしたっけ? 彼女のことです。仮にも父親の命を奪った者の監視下に置かれる……それは恐怖でもあれば屈辱にもなるでしょう。彼女に対して懸念はしていることは、確かに私にもあります。しかし、また同時に、彼女がどの様な気持ちでいるかを考えてしまって……」


 国王は、リベジアンをじっと視線を注ぐ。


「私は確かに、彼女の父親と戦いました。打ち倒される仲間達の為に、確かに許せないという気持ちを抱いたのも事実です。でも、その怒りが、イエーグナの方に向かないんです。こういうと、お人好しというか……」


「正直、馬鹿ってつけたくなるほどだよ」


 横から茶々を入れる様にラジュアが言うのを聞いて、リベジアンは苦笑しつつ、


「それでも、彼女に対して何かしらの悪感情は抱きません。もしかしたら、戦争が終わって、私も争いを望んでないからかもしれませんけど……」リベジアンは国王の方を見据えて、「もし彼女を生かすのであれば、肉体的にだけでなく、精神的な意味においても、その……何て言うんでしょう……元気であってほしいんです。せっかく平和を手にしたのですから、、もし出来ることなら、一人でも多くの者達とそれを分け合いたいなと思いまして。何の不満もなく……というのは無理でも、限りなくそこに近付けるくらいに……」


……

………


 ──イエーグナが前を向くと、国王の視線とぶつかった。


「……イエーグナ」国王は口を開いた。「今、君の隣に立っているのが、君の世話係となるリベジアンだ」


 イエーグナはリベジアンの方へと顔を向ける。リベジアンは刀から手を離し、そっと微笑んだ。


「……リベジアン・アミールというんだ」リベジアンは手を差し出す。「よろしく」


 イエーグナは、差し出された手に視線を向ける。綺麗な白い手が、指も微かに開いて、少しばかり器型になって、相手の事を待っていた。見るからに柔らかそうな、触れればそのまま包み込んでくれることを約束するかのような、その優しい手の様子……その分、無視すれば、ただただ虚しく取り残された、これ以上ないくらいの無惨な無意味に堕したであろう。


 イエーグナは、そんな彼女の掌へと手を差し出し、一瞬躊躇うように止まったかと思うと、そのまま手を握った。リベジアンに、ほんの少し安心したような笑みが浮かんだ。


 ……次の瞬間、イエーグナはその手を引っ張った。倒れんとして足を前に差し出したリベジアンは、その目の前にあと少しで触れそうなイエーグナの顔を見る。互いに顔が近付いた状態で、イエーグナは微笑んだ。皮肉に彩られた様子は、誰の目にも明らかだった。


「自分で殺した男が生んだ娘の世話をするのはどんな気分だ?」


 皆、その場に凍りついた様に顔をひきつらせた。リベジアンの顔からも、微笑みは消えていた。国王のみ、やはり事物見届けんとするかのように、凛とした表情をしていた。


 イエーグナはもう一度微笑みかけると、その手を離し、そのまま歩き出した。特に意味もなく、護衛は国王を背にしつつ、彼女に道を開けた。すれ違い様、イエーグナは国王に目を向け、その真面目な視線とぶつかった。すでに微笑みの消えていた顔はすぐに前を向き、部屋を出ていこうと歩いていた。そんな彼女の背中を、皆が呆然と見送っていた。


「……彼女の護衛を」


 国王に声を掛けられ、はっと意識を取り戻した幾人かが彼女のもとへと走っていく。


 それを見届けると、国王はリベジアンの方を向く。先程イエーグナと握った手を、物寂しげな目で見ていた。柔らかく開いていた手を、グッと握りつつ、顔の横へと持っていっている。


 国王が近付くと、リベジアンは顔を上げる。


「……どんな感じかな」


 問われたリベジアンは即座に答えず、改めて握った拳を見た。イエーグナの手の、少し冷えた柔らかい感触が、ほんの少し残っていた。


 ……ふと、先程の笑みが、彼女の頭の中に浮かんで来た。ありったけの皮肉を籠め、一言伝えた後には、悪意すらも浮かんでいた。にも拘らず、その微笑みには、どこか悪戯に成功した子供が見せる、あどけない幼さがあった。必死に大人を出し抜こうとする、子供の背伸びを見るような、そんな感覚である。


 やがて、ふっと微笑んで、国王の方を向いた。


「大丈夫です。あれくらい分かりやすく気持ちを表してくれるなら」

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