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騎士と悪魔の輝ける日々  作者: 玲島和哲
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魔王の娘

 ディグシーズの娘を捕えたという話し自体は、リベジアンも既に聞いていた。しかし、いざそれを国王の口から聞くと、実感として、背筋がピンと張り詰めるようなものを感じずにはいられなかった。


「ディグシーズの城の地下に隠れていた」国王が、やはり穏やかな口調で言った。「力自体はあるものの強力でもなく、捕えることは容易かった。現状その魔力も、ギュボアーの編み出した魔力封じによって利用できなくなっている。人よりも多少力のある少女という存在だ」


 三人は互いの顔を見合わせる。言葉にすることこそなかったが、三人が抱いているものにおおよそ違いはなかった。


 ディグシーズの娘の存在……その存在は、当初から国民に周知されていた。彼女を含めて、死刑の合否が問われたのである。彼女だけの処刑すらも、他に比べて死刑が望まれたが、反対派が上回ったのだ。


 死刑賛成派の多くの者がこの結果に憤った。しかし、それ以上に多くの者が戸惑った。何故国民が自分達の怨敵の娘を? 死刑でなく? 生かすことを良しとするのか?


 しかし、答えは単純だった。国民には今、如何なる形の暴力、あるいは死に携わりたくも、触れたいと思わなかったのだ。それらが提示されること自体嫌がっていた。それらに対し、アレルギーとも言える拒絶反応があったのである。


 戦争の期間、確かに当初こそ、魔王軍の打倒に皆が燃えた。ある勝利に歓喜し、誰かの死に共に泣いた。ある作戦が失敗に終わったとしても、決して非難することなく、むしろその実行の勇気を称えさえした。


 しかし、それらを持続させるには、この戦争はあまりに長い時間をかけすぎた。そうした熱にも、歓喜にも涙にも、次第に皆が疲れてきた。これらに加え、時に敵が幾度か、王都の近くまで接近して来るという事態が起こったことが、国民のこうした傾向に拍車をかけた。すなわち、幾度も緊張感の高低を否が応にも強要され、疲れを一気に増大したのだ。


 リベジアンがディグシーズを倒した時、国民は皆歓喜した。しかしそれは、ディグジーズを倒したことに対するよりも、戦争が終わる事への喜びが圧倒的だった。ディグシーズの死は、多くの者達にとって二の次、三の次の問題になっていた。


 国民は皆、戦いに、暴力に、死に倦んでいたのだ。


 ──三人とも、真剣な表情で沈思していた。皆、それぞれ胸の内に去来したものを整理しているかのような様子である。王は何も言わず、彼女らを見守った。


「……正直に、言っても良いですか?」


 三人の中で一番深く考えに耽っていたラジュアが言った。


「構わんよ」


「その……国民に、彼らの処遇を聞くべきだったでしょうか」ラジュアは、少しばかり言いにくそうに言った。「国民の意見は、確かに大切です。しかし、ディグシーズの娘ともなれば、どれ程の力を有しているかも分かりません。生かしていれば、やがて私達に復讐をしないとも限りません……既に決まったことにこのようなことを言うのもあれですけど……アタシとしては、ディグシーズの娘を生かしておくことには、色々懸念すべきことがあると思います」


 ラジュアがそこまではっきり言うと、その場にしばしの沈黙が流れる。王は、しかし決して些かも表情も変えなかった。


「……そうした懸念は、あってしかるべきだろう」王は茶をゆっくり飲んでから言った。「まず、そもそもディグシーズの娘を生かしたのは、彼女自身がこの戦争に何の関与もなかったこと、その力がほとんど脅威となるほどのものでなかったことが挙げられる。そう言った話を聞いたりはしなかったかね? ギュボアー」


「……はい」ギュボアーが答える。「正直、多少魔術を学んだことのあるものならば、彼女と充分拮抗できるという事は聞いています。彼女の力は、それほど強いと言えませんと……彼女のポテンシャルが、実際の所どれほどのものかはともかく、ですが」


 最後の辺りは、少々懸念しているような、少し沈んだ調子だった。


「ふむ」王はラジュアの方を向く。「経緯や理由はどうあれ、多くの国民が、彼女の生きることを望んだ。それだけに限らず、今回の投票の結果を受けた上で彼女を如何にすべきか、様々な面から検討し、このような結果となった。余程のことがない限り、この結果を覆すことは難しいだろう。無論、私の力を持ってしてもだ」


ラジュアは押し黙った。半ば、無理のある進言だとは思っていたので、引き際も潔かった。


「……それで、私達へと依頼と言うのは」


 リベジアンの問い掛けは、半ば答えを確信したような、確認するかのような調子があった。


「あぁ、おおよそ予想はしてもらっているとは思うが……」国王は言った。「君達に、彼らの世話をしてもらいたいんだ」


 三人は互いに顔を見合わせる。国王の言ったように、それは決して、予期されぬ言葉ではなかった。それでも彼女達を戸惑わせるには充分だった。


「……無論、戸惑うのも無理は無い」国王が静かに口を開く。「決して害があるとは言えないまでも、同時に安全だという保証があるわけではない。国を上げて、我々の保護……まぁ所詮、監視と変わらんわけだが……するつもりでいる。そこで、力のある君達が先頭に立ってくれれば、我々としても大いに便りになるという訳だ」


 時折自嘲気味な態度を差示しつつ、国王はそれだけの事を言った。その語調には、自らの発言が、必ずしも正当性のあるものでは無いという調子があった。国王自身、この提案が結局のところ、捕虜を彼女達に押し付ける形になっているのが分かっていたのだ。


「……その、役割というのは」


 ラジュアが言った。


「うむ」国王が返事をする。「まず、ラジュアにはボゴロフを管理してもらいたい。元より、君の腕っぷしに期待してのことだ。今回の大戦において、彼らと同等の力で戦い得たのが君だった。彼らは大人しい。山に近い空き牧場があるから、もし彼らに技術を学ばせられたら、君を中心にそこで生活をしてもらいたい」


 この時、ふと牧場を営みながら、ボゴロフらが牛や馬の背中を撫でながら世話をしているところを想像して、リベジアン少し可笑しそうに、拳を口の前にやりつつ笑った。


「ギュボアーはヘグラルの管理をお願いしたい。彼らはディグジーズの元で魔術について研究していたという。それが一体どういうものか、そこからどれ程の発展を遂げられるか、共に働いてほしい」


「分かりました」


 微笑むギュボアーの返事には、穏やかながらも自信たっぷりにところがあった。


「そしてリベジアンだが……」


 目を向けた時、リベジアンがすでに確信を持ったような微笑みを見た時、国王はそれ以上言葉を費やさなかった。


すると、


「……アタシは反対です」


 ラジュアが割って入るように言った。皆が一斉に目を向けると、少しばかり狼狽した様な態度を取った。


「あぁいや……反対と言いますか……仮にも、敵対していた者の娘です。その……何て言えば良いのか……アタシには、ディグジーズの子供を、リベジアンに任せるのは酷というか……父親の方には、倒せと命じたにも関わらず……危険だとも思うんです。相手からすれば、リベジアンは文字通り親の仇です。何をして来るか……」


 しどろもどろしつつも、ラジュアは自らの懸念を表明した。国王は真っ直ぐな瞳でそれだけを聞くと、改めてリベジアンに目を向ける。


「どうかな? リベジアン」国王は言った。「ラジュアの懸念は当然のものだ。今回の件に当たって、私が一番気にしていることでもある。これは当然命令でもない。飽くまで以来でしかない。受けるか否かの決定権は君にある。断るだけの理由は幾千とさえ挙げられるはずだ。そして断ったとして、何一つ気負う必要もない。君に何らの責もない。我々で、充分に対処するつもりだ。その事を考慮に入れてもらった上で返事を聞かせてほしい」


 今度はリベジアンが皆から注視される番だった。ラジュアも、またギュボアーも、半ば心配するような表情をしている。それに対し、リベジアンは飽くまで冷静だった。そうして懸念や心配を受け止めつつ、しかしそうしたものによって、彼女の中で何かしらの反応があるわけでは無かった。


 少しして、彼女は静かに微笑んで、まずラジュアの方へ、謝意を籠める様に顔を向けた後、改めて国王の方を向いて、


「……ありがとうございます」リベジアンは頭を軽く下げ、「そう言ったお言葉をいただけるだけでも、心が軽くなるようです。ですが私は大丈夫です。むしろ──」

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