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騎士と悪魔の輝ける日々  作者: 玲島和哲
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新たなる旅立ち

 十八年の時を経て、一人の少年が旅立つことになった。名は『エジュール』。リベジアンの利用していた魔力『ギマルアール』を受け継いだ騎士である。長い年月をかけ、魔術の利用も剣術も鍛え上げ、勇気を身に付けて、今まさに、イエーグナ討伐の旅に出るところであった。


 城において出発の儀を行い、国王からのお言葉を賜った後、国民に見送られながら、都市の外へと向かっていく。途中、モルドラックから祝い酒を、飲食店ルブルクールからはいつか頼んでおいた弁当を一日分渡された。


 少年のあどけなさを残したその顔立ちには、これから戦闘に赴く者というには少々不釣り合いな柔和さが見られた。


 少し低い鼻、落ち着いたように細い目、小さな口からなるその端整な顔立ちは、騎士というよりモデルと言える見た目であった。知らぬ者が見れば、とても剣を使って何かを斬りにかかる人間には見ないだろう。


 都市外の広々とした平原に待つ、多くの拳闘士や魔術師や兵士の前まで来ると、エジュールは振り返った。


 視線の先に、ティクス、シルビー、ギュボアー、ラジュアが並んでいる。ギュボアーの後ろにはヘグラル、ラジュアの後ろにはボゴロフが数人立っている。ある者の伸びた背が、あるいは大人の雰囲気が、あるいは微かに刻まれた皺が、時の流れの跡を見せつけていた。


 彼らの更に後ろには人が彼方まで、エジュールを見ようと、海のようにざわついていた。


 エジュールは、何か思うところでもあるように頭を俯ける。やがて、頭を上げると、


「本当に、お世話になりました」


 エジュールはティクスの手を握りながら、ハキハキとそう言った。


「ああ」


 静かな調子でティクスはそれだけ言うと、言葉にならぬ思いを伝えようとするかのように、その手に力を込める。更にもう片方の手で、エジュールの肩を強く叩いた。


 その手を離した後、エジュールはシルビーの前に立ち、その手を握った。


「シルビーさん」エジュールは言った。「未熟な僕の練習に、一番付き合ってくれて、本当にありがとうございます」


「あなたが強くなることに貢献できたのなら、これ以上はないほどの光栄だよ」


 シルビーは、優しい微笑みを浮かべて言った。エジュールは唇を口の中に含み、また少し俯いた後、


「必ず、目的を達成したいと思います」


 その言葉には、決意だけに留まらない万感の思いが込められているようだった。その顔も、微笑みが失せ、真剣そのものだった。


「うん。頑張って」


 シルビーは微笑みを、優しさを絶やさなかった。しかしまたそこに、ある哀しみが底流していることを、エジュールは見逃さなかった。


「ギュボアーさんも、ラジュアさんも」気を取り直すように、エジュールは二人に目を向ける。「魔術や戦術について教えてくれたり、いつも気にかけて面倒を見てもらったり……」


「私達は楽しかったよ」とギュボアー。


「あぁ」ラジュアも同調して、「素敵な時間を過ごせた……出来れば、またすぐそんな時間を過ごせるようにしてほしいがな」


「……はい」


「私やギュボアーが鍛えた連中もいるからな」ラジュアはエジュールの後ろの方を見る。「皆も、エジュールに協力してやってくれ。そして、また飲もう」


 皆、実に粗野な、明るい返事を返した。ある一人の、少女っぽさの残る拳闘士が、頭に挿した橙色の造花を人差し指で触れる。すると、彼女に目を合わせていたボゴロフの一匹が、頭に挿した同じ造花に、やはり人差し指で触れて応えた。


 背の高い、そこそこ筋肉質な身体付きをした魔術師が、ヘグラルらの方に近付き、握手を求めた。ヘグラルらも、様々な思いのこもった表情で、彼に応えた。ラジュアもギュボアーも、その様子をじっと見守っていた。


「──それでは、行ってきます!」


 エジュールらが出発する。彼らが背を向けて歩いていく姿を、その場にいる皆が見守っていた。誰一人盛り上がらず、その場は厳粛な雰囲気に包まれている。どこかで指笛の音が、切り裂く様に鳴る。しかし、やがて元の雰囲気に戻っていく。


 シルビーは微笑みながら手を小さく振った後、その手を下ろし、ポケットの方にそっと触れた。柔らかな布を隔てつつ、写真の少し硬質な感覚に触れ、左端の、小さな穴の開いている部分をそっと一、二度撫でた。


 ──謁見の間から、国王始め数人が、窓から彼らの出発を見届けていた。国王の顔の皺は深まり、紙や髭も白く染まり出している。大人になった王子も、その隣に立っていた。誰も何も話さない。何かを口にできる雰囲気出なかった。


 ……ふと、国王は王子に視線を向けた。


 いつの間にか自分の背を追い越し、子どもっぽさもほとんど消え失せ、国王になり得るほどの風格も備え始めた王子は、やはりあの平静な、冷静な、鋭い表情をしていた。今回のイエーグナ討伐の準備に、一番尽力したのが、彼だった。


 何かを言おうとし、しかし何を言えばいいのか思い浮かばなかった国王は、そのまま視線を戻した。


「──毅然と」


 突如聞こえた声に、国王は王子を見る。そんな視線に気が付かぬのか、王子は同じ方向をじっと見つめたまま、


「毅然とすることは難しいことだよ。私にとってさえ」


 そう一言漏らすように呟くと、王子はそのまま背を向けて歩き去っていく。


 国王はその背中を見送る。王子の呟きの意味することは分からない。しかし、その言葉と背中は、これまでで最も、自らの息子の内面を覗き見た瞬間の様に、国王には思われた。感情を、言葉からであれ態度からであれ、誰にでも分かる形で、親に対してさえ示すことのない息子にとって今この瞬間が、どういうものであるか……


 国王は再び窓に目をやる。エジュールらの姿は、既に小さくなっていた。


 ──王都にある墓場は、晴天の下、清らかな静謐さを辺りに漂わしながら、丁寧に陳列されていた。墓石の一つ一つが、まるで水か何かで清められたかのように、日を受けて輝いている。


 その中の、特に特別な区画には、ひっそりと、リベジアンの墓が並んでいた。他の墓と大きな違いこそないが、白や桃色など、柔らかな色の花々や飲み物、食べ物がたくさん供えられていた。


 そんな墓石には、内部に骨壺が納められている。暗く涼しいその中に、リベジアンの骨と共に、玉虫色の指輪が、ひっそりと収まっていた──






「──出発したようですよ。イエーグナ様」


 呼ばれたイエーグナは、右手に持っていた物をそっと手中に納め、声のした方を見た。そこは、どこかの洞窟の奥の、大きな広場であった。巨大な足場に、周りは下の方にマグマが流れていた。


 かつてのディグジーズと同じくらいの大きさになっており、胸こそ豊満ながら、全体としてはほっそりとしており、僅かなその動作も可憐だった。顔立ちは子供らしさをどこか残しつつ、閉じた唇と細い目によって、妖艶な美しさを湛えていた。


 ハンモックに寝ているかのように、仰向けた身体を弓なりに、足も膝から曲げて、足先を斜め下に垂らした状態で、宙に浮かんでいた。かつて必要だった翼のヴィジョンは、既に不要であった。


 向けた視線の先には、エジュールらが歩いている映像を見ている三人と、少し離れた場所にいる一人である。


 声をかけたのは活発そうな少女『ガルバ』で、他には、その隣の少し子どもっぽさのある少年『ファウバー』、映像を観るために腰を屈めている背の高い女『トウテル』、少し離れた場所に、冷ややかな態度で両腕を組んでいる男『ラング』がいた。皆、イエーグナが自らの手で産み出した悪魔達であった。それぞれに特徴があっても、その面影にはイエーグナのそれがあった。


「……そうか」イエーグナは視線を戻し、落ち着いた声音で答えた。「ということは、お前達にも出発の時が来たということか」


「そうですな」トウテルが腰を上げながら言った。「私達も、出発した方が良さそうですね」


「でもそれで良いの?」ファウバーが言った。「なんだか横やりするみたいだよ。約束通り、相手方と戦えない可能性もありますよ?」


「お前達に勝てぬようであればそれまでということだ」イエーグナが言った。「強くなっていれば、如何なる障害をも乗り越えられるはずだ。私の知り得る限り、間違いなく、だ」


「あわよくば、鍛え上げる事も出来る」


 ラングの落ち着いた口調に、イエーグナはそっと視線を向ける。

「一つだけお伺いしたいと思います」ラングは言った。「イエーグナ様は、本当に世界を滅ぼそうとお思いですか?」


「思っているさ。その意思だけは、誰にも変えられない」


「滅ぼされた後は、どうなさるおつもりですか?」


 ラングのこの問い掛けに、少しばかり緊張が走る。他の三人が、イエーグナとラングを注視する。


 そんな中、イエーグナの態度に何の変化もない。頭を前に向け、その目も閉じる。


「……その時には、もうお前達は存在しない。それを言ったところで、どうでも良いことではないか?」


「……」ラングは少しじっとイエーグナを見つめた後、頭を下げる。「申し訳ありません。無礼な質問でした」


 イエーグナは何も答えなかった。気を取り直すように、ガルバが前に一歩進む。


「それじゃあ行ってきますよ。イエーグナ様」


「ああ」


 イエーグナの答えを聞くと、四人は小さな、向こう側が闇に包まれている出入り口の方へと足を運んでいく。


「……お前達は」


 イエーグナが口を開くと、皆が足を止めて振り返る。


「勝とうが負けようが、辿る道は一つしか無いのだな……」


 イエーグナは、何か突然思いついて、嘆息するように言った。


 四人はそれぞれ、大なり小なり驚いた。こうした瞬間に、まさかそのような感傷的な言葉を聞かされるとは思っていなかったのだ。驚きつつ、そのあまりの唐突さに可笑しくなって、トウテルが笑った。


「分かりきった事ですよ」トウテルは言った。「安心してください。役目はしっかり果たしますよ。そのために生まれて生きてきて……それなりに、楽しませてもらいましたよ」


 彼女の口調には、相手を勇気づけようとする朗らかな調子があった。その意図を察したイエーグナは、自嘲するように軽く微笑んだ。


「下らぬことを言ったな」イエーグナが言った。「気にせず行ってきてくれ……頼んだ」


 そんな不器用な言葉に苦笑しながら、四人は出入り口に歩を進め、やがて闇に消えた。


 イエーグナは、四人の戻ってくる気配のないことを確認する。やがて、握っていた右手を開き、親指と人差し指で、玉虫色の指輪を持って、顔の前まで持っていく。


 初めて見た時の事を思うと、それは実に小さく見えた。そうしていつか、リベジアンに誘われた飲食店ルブルクールの気の良いおばさんに、父親ほどに大きくなるのかを聞かれたことを思い出して苦笑した。


 イエーグナはその指輪を、元々着けていた中指に、再度嵌めてみようとしてみた。しかし指輪は中指の先に少し入るだけで、そこから下に嵌らない。力を少し込めて見たが変わらない。


 イエーグナはしばらく何度か試してみた。一方でその表情には、もうすでに幾度も試し、それ故結果も分かりきったことを悟っているような平穏さがあった。


 やがて指輪を中指から離すと、また改めてそれをじっと見つめる。指輪は貰った時のように、優しく綺麗なままだった。未だに煌めいている。


 イエーグナは指輪を再度手の中に握り、その上からもう片方の手を被せるように添えると、そのまま胸の所まで持っていった。そうして、何かに祈り願うかのように身体を丸め、そっと目を閉じた。

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