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騎士と悪魔の輝ける日々  作者: 玲島和哲
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混乱

 イエーグナの宣告は、国王によって行われた。それは、国中を一気に混乱に陥れた。場所によっては暴動も起こり、各地で被害が出た。最悪の事態が起こらなかったのは、徹底した厳戒態勢が敷かれたからであった。ある者によっては、予想を超える混乱だと焦っていたが、ある者によっては予想以上に大人しいとも思わなくはなかった。ただ、皆明らかに絶望していた。


 普段穏やかな国王は国民に向け、イエーグナ討伐を確実な物にすると、厳然とした態度で宣言した。もともとイエーグナの処刑反対派であったこと、城でしばらく共に過ごしていたことで、反発や不安視する向きもあった。実際、各地においては、国王に王座から退くよう訴える行進なども起こった。

しかし最終的に、この宣告は多くの国民に受け入れられた。


 国民の、国王を敬う気持ちの強さ、ディグジーズとの戦時における勇猛なる指揮など実績も、確かにこれらの言葉に説得力を持たせた。しかしそれ以上に、王子がイエーグナに対し、決然と啖呵を切ったという報道が、国民からの信頼を得たのだった。


 事実、国王の代わりに、王子に王座に就くよう訴える者もいたし、また、イエーグナ討伐の指揮を取らせるようと訴える者もいた。


 王子がたまたま往来に出る時、民の中には、自分にもイエーグナ討伐に加えさせてほしいという者も多くいた。王子の言葉や態度に、感動した者達だった。


 王子はそうした声に謝意を示しつつ、今現時点では、イエーグナとの戦いをどうするか、その方向性を決めている段階であるため、まだ徴兵はしないと言って答えた。多くの者が、その言葉を受け感動した。


 王子の心情を察する者はいなかった。王子も、元々の性格から、自分の思ったことを表に出すようなこともなかった。


 しかし、特に彼に仕える者の中には、彼の様子に、ある哀切の様な物を見ることもあった。


 ヘグラルやボゴロフらをどうするかも、大いに議論の的になった。当初は彼らもイエーグナに寝返るのではないかという声が高まり、殺処分する声が高まった。


 しかし最終的には、ギュボアーとラジュアの尽力とイエーグナ討伐に協力するという条件により、存続が決定した。ディグジーズに近い存在だったため、イエーグナ討伐に何かしら寄与出来るのではないかと考えられたことも、その決定を後押しした。


 一方、誰もが恐れたこととして、十八年の時を経ず、イエーグナの襲撃が行われるのではないかとも懸念された。こうした懸念、恐怖に駆られて、あえて先手を打とうという声も上がった。上がり始めた当初は、支持する国民のそのあまりの勢いに、国王も許可を出さざるを得なくなったこともあり、軍隊を送ったことがあった。


 しかし、送られた軍隊は、何度も行こうとしても目的地に辿り着くことが出来ず、帰ってくるばかりであった。その後も幾度か派遣されたが、やはり辿り着くことは出来なかった。また、死者どころか、いくつかの器物破損、偶発的な小さな負傷を除いては、軍に何かしらの危害が加えられることもなかった。


 兵士達の言葉によると、ある地点まで進むと、そこから進むことが出来なくなったり、いつの間にか進んでいた場所を引き返したりということが起こるということであった。結果的に、軍隊の派遣が行われることはなくなった。


 同時に、この一連の出来事は、一部の国民の、彼女に対する悪感情を和らげることになった。兵士派遣による報復を恐れた心が安心させられたことが主な原因であり、ある者は、彼女がこの国に対する性急な怨恨を抱いているということはないと解釈した。


 中には、彼女はこの国を滅ぼす気があるのか、更には、彼女は実はこの国を愛しているか、リベジアンとの関係等も含め、恩義を感じているので、軍を襲いもせず、実は国を滅ぼそうとも思っていないのではないかという意見もあった。


 こうした声への反発は当然の如くあった。また、そうした反発に乗る形でイエーグナ処刑派は声を大にして、処刑をすべきであったと主張し、処刑反対派を大いになじった。処刑していれば、そもそもこのような事態にはならなかったということである。


 しかし、こうした声が静まる出来事があった。ディグジーズの城が調査している時、研究員であったヘグラルでさえ知らなかった研究室が発見されたのである。より厳密に言えば、城に出向いた時に、その入り口が開いていたのである。それはゲルガルア専用の研究室であり、死者蘇生や不老不死についての研究が、なされていたのである。


 ヘグラルが調査したところでは、不老不死はともかく、死者蘇生に関しては高い可能性で行うことが出来たかもしれないということであった。研究の記録には、彼ら自身にすら伝えられていなかった技術が記載されており、更なる調査が必要とされたが、それでも確認できる情報を合わせるに、死者蘇生には成功しているということだった。


 こうした情報は、処刑反対派の声に力を与えた。もしイエーグナの処刑が行われ、何かしらの方法で処理されてしまっていた場合、そこから復活させられ、更なる最悪の事態を招いたのではないかということであった。すなわち、より早い形で、侵略行為が再開された可能性である。


 また、ヘグラル含め、誰一人見つけることが出来なかった部屋の扉が何故開いていたのか、それを開けたのはイエーグナではないかという声もあった。


 そうした楽観的な、あるいはイエーグナに対する好意的な意見は、おおよそ嘲笑と苦笑をもって迎えられた。元々敵だった者の発言を信じるのか、何故敵がそういうことをするのか。


 死者蘇生にしても、必ず蘇生できるのか、どのように蘇生させるのか、そういった声も上がった。そうした中で、ヘグラルかボゴロフの誰かが自害し、蘇生できるか試してみればいいという声も上がった。


 イエーグナ処刑の是非についての論争は、衰えることがなかった。それは半ば、イエーグナの宣告によって引き起こされた不安をまぎらわす為の、格好の題材となったのだ。


 不老不死や死者蘇生が人間にも活用できるかどうかという話題も上がった。残念なことに研究がほとんど魔族に対して行われているものであったため、そのままの転用は難しいことが示唆された。


 研究は、他の魔族を実験台に利用しているということもあったが、当然この国では行えない。仮に研究を参考にして人間への蘇生が出来るとしてもすぐには出来ず、早くとも百年以上は掛かるであろうということであった。この年数も技術的面のみを考慮して出された数値で、例えば生命倫理の問題なども兼ねた議論などが起これば、更なる年数が掛かることが予想された。


 こうした死者蘇生の困難さがニュースになることで、少なからぬ人々が抱いていた、リベジアン復活の夢は絶たれた。


 リベジアンの遺体は、腹の大きな穴と額の小さなそれを除いて、特に外傷はなかった。あとは、主にディグジーズとの戦いで負った負傷の残りであり、片方の目も残っていた。死因は、貫かれた腹から侵入した魔力の侵食と、額の一撃が原因だった。


 死者蘇生の話が上がった際、リベジアン再生の声は少なからず上がった。そうした時、死んだ人間を、生きた人間の意志にのみよって生き返らせることが正しいのかという反発の声が強く上がり、前述の不老不死の達成の困難さ、そんな実験の為に遺体を保存するのかという声が高まったことにより、彼女の蘇生計画は断念された。


 彼女の葬儀は、国を上げて行われた。イエーグナに対する友好的な態度に反発する者もいたが、一人の偉大なる英雄の死に、多くの者が涙した。


 葬儀は、ディグジーズとの戦いの赴く前に残したリベジアンの遺書に則り、火葬となった。彼女と親しかった者は、その要望が、彼女の好きなおとぎ話に則ったものであることを語った。


 故郷に恋人を残した兵士が炎に飲まれて命を落とすと、そこから昇った煙が海山を越えて恋人のもとに辿り着き、その想いを伝えるという内容である。この物語を朗読された時彼女の強さと共に、その心優しさを見る思いがして、涙を流す者も多くいた。


 ──モルドラックの酒を飲む態度はリベジアンの死後も、特に大きく変わらなかった。人によっては大人しくなったという者もいたが、絡み方の面倒臭さも含め、彼は特に変わったようには見られなかった。あるいは空元気であったかもしれないが、推測の域を出ない。


 彼がイエーグナについてどう思っているか、それも分からなかった。彼女の話題が出ると、露骨に触れたがらぬ態度を見せ、時にはその場を離れるなどして如何なる話題に乗ることも無かった。


 ……そんな中、リベジアンの葬儀中、彼女と親交が深かったはずのモルドラックは酒屋にいた。


 誰もいない酒屋にて彼は、酒と小さなコップを三つ頼み、うち二つを向かい側の席に置いて酒を注ぐと、そのまま誰かと向かい合っているかのように、しばらくじっとしていた。そして、やがて静かに、自らの酒をあおった。ただ一人店長のみ、その姿を見つめていた。


 リベジアン亡き後の道場の中は、重苦しい空気に包まれていた。練習前後、そして練習に取り組んで言える間にも、明らかに皆、何かしらを胸に秘めたままでいるのが分かった。やめる者も多かった。それを止めることは誰にもできなかった。


 元よりいた道場の者や、あるいは新参者の中には、イエーグナを倒すと言って、いきり立つ者もいた。そうした反応はほとんど冷めた態度でしか迎えられず、ほとんどの者がやがて意気消沈していった。


 そんな中、目に見えて一番の変化があったのはシルビーだった。性格こそいつも通りの様に見えつつ、練習の打ち込む態度には、鬼気迫るものがあったのだ。


 そうした態度は、道場に充満した重苦しさ、虚しく叫ばれるだけの復讐心、言葉にし難い諦念を、ことごとく吹き飛ばす勢いであった。そして、彼女は自らの才覚をどんどん開花させていき、道場で敵うものはほとんどいない状態になっていた。


 彼女のやる気は、生徒達はもちろん、師範格にあたるティクスにさえも影響を与えた。厳密に言えば、彼女が全力で向かってくるが故、ティクスは特に影響を受けざるを得なくなっていたのだ。


 元より練習熱心な彼女が、何故これほど熱心になったのか。何人かが彼女に、イエーグナに関係があるのか、時には直接的に、時には間接的に尋ねた。おおよそ質問者は、彼女がイエーグナに裏切られたことで、怒りを感じているのだろうという反応を予想し、あるいは期待した。


 しかし、彼女は多くを語らなかった。そっと微笑み、質問の内容、特にイエーグナへの怒りや恨みに関しては、首を横に振って、穏やかにかつしっかりと否定をした。


 事実、そう答える彼女の態度には、怨恨や憎悪のようなものも無かった。練習中おいてさえ、そうしたものは見られなかった。練習中の彼女の勢い、そしてその叫びには、青空の太陽に向けて駆け抜けんとするような、ある爽やかさすらもあった。


 ある時、シルビーは一人の少年の練習に付き合う様に頼まれた。その少年がどういう存在か、何故鍛えることになったのか、その理由を聞いて、彼女は即座に受諾した。彼女の受諾は、理由が理由なだけに、多少ながらも人から意外だと思われた。


 のちにこの少年は彼女を評し、誰よりも優しく、誰よりも思慮深く、そして誰よりも厳しかったと語った。


 シルビーと親しい者は、彼女が今もって、イエーグナも写った集合写真を大切に、自宅の壁にピンで留めているのを知っていた。しかし一方、もう一枚、彼女の机の引き出しに眠っていることを知る者はいなかった。


 城の中メイドやボーイ中には、イエーグナについて話したがるものが多かった。この傾向は特に、彼女とそれほど親しくなかった者に多かった。イエーグナについての下世話な関心は、こうした者らの話題によって大きく支えられた。


 とはいえその内容は、真偽交わるものも多く、真実であった場合でも、話し手の価値観や印象によって解釈された形で提示されることも多かった。例えば、イエーグナの発言の中に、彼女のその後の行動を示唆するものがあったとする解釈がなされる場合があった。


 しかしその発言というのは、イエーグナ自身すらも記憶に残っていない様な、彼女の露悪的な冗談の一つでしかなかった。彼女を嫌っていた者の中には、こうした流れに乗じ、更に悪意のある言説を垂れ流した。


 彼女と親しかった者は、その思い出を守るかのように沈黙をする者もいたし、あるいは前述したような、ありもしないでっち上げや悪評に反論する者もいた。国を裏切り、あまつさえ破壊するとまで宣言した者を庇おうとする姿勢は、しばし白い目を向けられ、語られる真実は煙たがられた。


 そんな中、誰よりもイエーグナについて問われたのはメイド長のサキミだった。そしてその答えは、いつでも変わらなかった。


「生意気だけど真面目で、言われたことはしっかりこなしていました。一本気でとっても強気。かと思えば、物事を柔軟に対処してくれたりもしましたね。ハッキリと分かりやすい優しさを見せてくれることはありませんでしたが、素直で可愛い娘でしたよ」


 こうした答えを聞いたある者が、イエーグナがリベジアンを殺したことについてどう思うかを問うたことがあった。少し頭を仰向けて考えるその仕草には、特に動揺した様子も見せることなかった。


 やがて、何かに思い至ったかのように微笑んだ。その答えは、多くの人を困惑させた。


「あの娘は基本、なんでも素直に言葉にする娘でしたけど」サキミは言った。「時折、嘘をつくこともありましたから」

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