ゲルガルア
リベジアンは、力強い足取りでフードの男──ゲルガルアに近付いていく。
「もし焦っておられるなら御安心を」ゲルガルアが言った。「今現状、イエーグナ様は来られてはおりません。連れ戻すことを目的とされるのであれば、少々性急過ぎたのでは?」
虫酸の走りそうな笑みと態度で、ゲルガルアは言った。リベジアンは歯牙にも掛けない様子で彼に近付く。そのまま鞘から剣を抜き出すと、そのまま彼に上から下へ一振りした。
ゲルガルアはギリギリにこれを避ける。フードに少し切れ目が走る。リベジアンはそれを追うこと無く、ゲルガルアが着地をするのを見届けた。
「……イエーグナが来ていないのは分かっている。彼女の居場所も把握している」リベジアンが言った。「私には二つの指名が託されている。イエーグナの保護と、貴様の殲滅だ。まずは貴様からだ、ゲルガルア」
リベジアンは剣先をゲルガルアに向ける。ゲルガルアはさして気にする様子もなく、不適に笑う。
「リベジアン。思うところは無いのですか?」ゲルガルアが言った。「何故、イエーグナ様があなたを騙してまで立ち去ったか。種々ありましょうが、何よりも力を求めているということです。父方が唯一残された、偉大なる力……」
「彼女には必要ない」リベジアンが言った。
「それはあなたが決めることではないでしょう……それとも、イエーグナ様が強大な力を取り戻すことが怖いですか?」
「イエーグナは父親の力が無くとも強くなれる」リベジアンが言った。「お前はあの子を舐めているのか?」
リベジアンの言葉に、ゲルガルアは静かに、しかし一気に、苛立たしそうな怒りの表情を浮かべた。リベジアンはそんな様子に意を介すこともなく、
「今もって、イエ―グナはこの場所に辿り着いていない。本気になればすぐにでも着けるであろうこの場所にだ。恐らく、ここに来るべきかどうかで迷っているのだろう。本当にここに来るべきかどうか、自分の行動が正しいかどうか。イエーグナは、そういうことを考えることの出来る子だ」
ゲルガルアは目蓋を引き攣らせながら、リベジアンの言葉を聞いている。
「私にはそれだけで充分だ。私を騙した? 私のもとを立ち去った? だから何だ塔いうのだ。そんなことは何の問題にもならない。些末なことだ。私はあの娘を連れ帰る」
「あなたはあなたの国の者どもがイエーグナ様にどれ程の事をされたか分かっておられますか?」ゲルガルアが言った。「あの国に帰った時点で、どうなるか分かりそうなものでしょう」
「私はイエーグナの側にいると、どんな時でも守ると約束をした」リベジアンが刀を構える。「私は我が身が滅びようとも彼女を守り抜く。貴様からの誘惑からだろうが……アーリガルからだろうが、私はイエーグナと共にいる」
リベジアンは真剣な、重みのある、芯のある声音でそう言った。
「傲慢な欺瞞を」ゲルガルアがせせら笑うように言う。「あなたにそれだけの事が出来ますかな? 英雄と崇められているあなたが、その自らの地位を投げ捨ててでも出来ると?」
「性懲りも無く侵略行為を繰り返そうとする貴様から何を言われようと響かんな」リベジアンが言った。「この場で終わる貴様には関係の無いことだ」
「あなたはまだ力が戻っておられないでしょう」ゲルガルアが言った。「そんな状態で私に挑むと?」
「例え満身創痍になろうとも」リベジアンは言葉を被せ気味言う。「万力を込めて、仇なす者は斬り倒す。それがどれ程の力の者であろうと」
リベジアンの目が鋭く光る。ゲルガルアは答えなかった。答えに窮したというより、答えても無駄だろうと決め付けたような態度である。一つため息をついた。
「仕方がありません」ゲルガルアが呟いた。「散々な事を言いましたが、あなたの強さ自体は、認めないわけではありません」
そう言うと、ゲルガルアの全身に、紫色の光が走る。リベジアンはより警戒心を強める。
「ディグジーズ様から許されたように、ディグジーズ様のお力をお借りしよう。ディグジーズ様程のお力を完璧には当然使えませぬが、今のあなたならばそれでも充分でしょう」
イエーグナは森の中を走っていた。息は激しく上がり、顔は迷いと恐怖を、流れそうな涙を抑えようと固くなり、足はどこか覚束無い。幾度か転けそうにもなった。何かに追い詰められているかの様である。密集した木々のために、空は明るいのにどことなく暗い。木々に止まった小鳥が、彼女の方を見た。
……彼女は駆ける。たった一人で。目的地なる城は、もうそこまで遠く無い。
足元に発動させた魔力でもって急速に後ろに下がりながら、ゲルガルアは両手で光弾を次々と発射する。リベジアンはそれを避けつつ、一気にゲルガルアへと近付いていくと、そのまま縦に一太刀、それが退けられたと見るや、そのままそちらに横一筋に斬りかかる。
ゲルガルアは更に後ろに下がってこれを避け、しつこくついて来るリベジアンに光弾を放とうと右手を差し出す。すると同時に、リベジアンは大きく跳躍する。
「何ッ!?」
ゲルガルアはこれを目で追おうとした。リベジアンはそんな彼の背中の方を向いてその近くに着地し、上から下へと縦に刀を振り下ろす。
「ガアァッ!!」
ゲルガルアは前に移動してそれを裂けようとし、致命傷は逃れつつ、それでも肩から背中を深々と斬られた。決死の顔を浮かべながら前へ逃げていく。リベジアンはそれを追いかける。
受けた傷を魔力で回復させつつ、ある地点まで来ると、ゲルガルアは真上に向かって身体を上昇させていく。リベジアンは止まり、ゲルガルアを目で追った。
ゲルガルアは丁度彼女の真上に来たところで、その手に光弾を発生させる。そして振り返り様、リベジアンに向けて光線を発射した。リベジアンは切っ先を真上に向けると、そこから光色のドームを発動させてそれを防いだ。
光線が止むと、リベジアンはドームを消した。ゲルガルアの姿が見えない。そんな、上を向いたままの彼女の後ろに、ゲルガルアが不適な笑みを浮かべて回り込む。その手には光弾が発生していた。
「……」
リベジアンは顔色一つ変えず、切っ先をゲルガルアに向けると、そこから小さな光を発射した。
「!!」
光は右肩を貫通し、ゲルガルアは反射的に、前を向いたまま後ろに逃げた。その途中、思い出したようにその手の光弾を発射したが、当然のように避けられた。二人の実力差は明らかだった。リベジアンは実戦慣れしていた以上に、研究者たることが主な役割だったゲルガルアが、あまりに実戦経験を不足していた。
斬られた場所は回復するものの、リベジアンの猛攻の前では遅々としたものであった。リベジアンは再び、上から下へ斬りかかる。実際、リベジアンは彼に、些かの暇も与えようとはしなかった。当然ゲルガルアはこれを避ける。しかし、斬った後に沿って、三日月型の光の斬り筋が出来ていた。
それは急速に飛び出し、逃げるゲルガルアを追い掛ける。あと少しで追い付きそうになった時、振り返ったゲルガルアは、決死の表情で紫色のシールドを張ってこれを防いだ。光の斬撃は消えない。
押し負けぬよう必死になっているゲルガルアの後ろにリベジアンが、背中から一太刀浴びせた。しかし、斬った感覚はなかった。煙でも斬ったように、一太刀に沿って、紫色が走ったのだ。
「!?」
リベジアンが一瞬の間を空けた隙に、ゲルガルアは、光の斬撃が消えたのを幸いに、前に向かって進み、彼女から離れる。以前の戦いにおいても、ディグジーズが利用した魔術の利用法で、受けた攻撃を全て無効にすることが出来るものである。
利用にはかなりの魔力を用し、更に気力から体力から一気に消費するため、ディグジーズもいざと言う時しか使わなかった。
ゲルガルアが逃げ出してすぐその事を思い出したリベジアンは即座に追い掛けた。魔力の利用が容易くなくなることを、彼女は知っていた。事実、ゲルガルアは目に見えて疲労していた。
それでも、ゲルガルアは紫の光弾を発射した。先ほどに比べれば、勢いも威力も半減していそうなそれをリベジアンは避けて、彼に斬りかかる。ゲルガルアが消える。その消え方によって、彼が瞬間移動を利用したことを、同時に、後ろに何者かがいることを察して、即座に斬り付けることが出来るよう剣を構えながら振り返る。
「──────」
一瞬、自らの目に何が写ったかが理解できなかった。破壊され尽くした部屋の中、リベジアンとゲルガルアしかおらぬはずにも関わらず、決して遠くない距離にある半壊した柱の上に少年が伏しており、頭を上げてこちらを向いていた。
何時から? どうして? 何者か? 誘拐されたのか? あるいはディグジーズの魔術による幻術か? あの時は利用したであろうか?
……一瞬の内にそれだけの思考を巡らした時、腹に重い物が貫くのを感じた。リベジアンの目が見開かれる。彼女の背中に密着しているゲルガルアの右手が、彼女の腹を貫いていた。
「……一瞬の隙で充分だった」ゲルガルアが不敵な、同時にまた追い詰められたような笑みを浮かべて言った。「私の使える魔術は、ディグジーズ様のものだけではない。私自身の魔術も当然ある。幻術はこれでも得意な方でね……ここに人質がいるかどうかなど即座に判断できなかったろう?」




