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騎士と悪魔の輝ける日々  作者: 玲島和哲
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失踪

 イエーグナ失踪は、国中を大きく揺るがした。これは特に、リベジアンが眠らされた事実によって、更に爆発した。国王からの指示で、警官隊がイエーグナ散策に乗り出したものの、目撃情報含め、彼女の足取りはほとんど手に入れることは出来なかった。


 リベジアンが起きたのは、一時間ほど後だった。彼女が食した赤い実は、人間には催眠作用を引き起こすものであることが、ヘグラルの確認によって分かった。戦争終結前に完成した実であったため、使われることはほとんど無かった代物である。


 本来であれば一日は眠ってしまう代物であったため、リベジアンの早期回復は、ヘグラルらを驚かせた。同時に、この実が利用されたということは、自分ら以外に残存しているものがあるという証拠だとヘグラルは言った。この情報は、国民を更なる混乱に巻き込みかねないということで、伏せられることになった。


 イエーグナがどこに行ったのか。可能性として、その生き残った者の所だろうが、ではそれはどこにいるのか。リベジアンは、イエーグナに届けられた例の手紙から、何か分かることはないかと、ギュボアーらに手渡した。


 受け取った時点で何かがあることを察したヘグラルらは、即座に調査に乗り出した。結果、三時間程で解析が終わった。それを伝えに、ギュボアーがリベジアンの所に行った時、彼女は椅子に座り、両手を握って、身体を前に折って俯いた状態だった。その顔には悲痛さが浮かんでおり、一瞬、声をかけるべきかどうか迷うほどだった。無論、かけぬわけにもいかなかったが。


「──『ネグオール』?」


「えぇ」ギュボアーが答えた。「紙や壁、何かしらの物体の中に、思念を送り込み、特定人物にのみ読めるようにするための、魔術の一貫なの。識別方法としては、身体の一部──皮膚や髪の毛、何かしらの体液など──を少量利用すること」


「……それで、何が書かれていた?」


 半ば予想をつけたような、懸念した様子でリベジアンは尋ねた。


「長々とした内容だった」ギュボアーは言った。「大半が、ディグジーズとイエーグナへの異常ともいえる忠誠心。大半が読むに値しない無駄なものだけど、もちろん重要な部分もあった。要約すれば、『預けられたディグジーズ様の力をお渡しする。城にてお待ちしています』」


「預けられた……?」リベジアンは呟いた。「送り主は?」


「『ゲルガルア』」ギュボアーが答えた。「ディグジーズ軍における魔術・科学部門の長。遺骸も見つかり、死んだと思われていたにも関わらずに生きていたということで、送り主を確認したヘグラル達は皆驚いてた」


「じゃあその遺骸は……」


「精巧に作り上げられた人形か、顔だけを変化させた、そっくりな体型の別人の遺骸か……今は調査中。臓器から皮膚や骨も本物のようだけど、ゲルガルアなら限りなく近いものも作りかねないというから」


 ……辺りに沈黙が落ちる。リベジアンは俯き、拳を握る。険しい表情で、両唇を口に含んでいる姿には、苦悩と悔恨が見えた。


「……リベジアン。国王からあなたに、指令が出てる」


 リベジアンはギュボアーを見る。


「イエーグナを連れ戻し、ゲルガルアを討伐すること」


 リベジアンの顔に、使命感が帯だした。


「今、軍をこちら側でも編成してるけど、イエーグナはともかく、敵方の力が未知数であることから、時間がかかる。あと……」ギュボアーが言いにくそうにして、「私やラジュアは、行くことが出来ないの。私はヘグラル、ラジュアはボゴロフを守らなきゃいけない。今、ラジュアからの要請で、ボゴロフをこの城へ連れてくることになってるの」


 イエーグナ失踪から、国民の混乱と怒りが、ヘグラルやボゴロフの向かっていることは、リベジアンも知っていた。事実、城の前においても、ヘグラルを出すよう抗議が行われ、既に数人が、喧嘩や危険行為などで捕まっているという。


「力が万全に戻っていないあなたを、一人で行かせることになる……」


「こういう事態は覚悟していたさ」リベジアンは言った。「気にしないでくれ。万全でなくとも、私は容易く倒れない」


 ギュボアーは、どこか物悲しそうな、心配そうな微笑を浮かべた。


「──リベジアン、掌をこちらに向けて、前に出して」

ギュボアーから言われた通り、リベジアンは右掌を前に差し出す。ギュボアーがそれに左掌を添えると、その狭間が発光しやがて消える。


「今あなたに、イエーグナの位置が分かるようにしたの。それで彼女を探し出して」


「そんなこと出来るのか?」


「……彼女には、位置探知用の魔術を施していたから」


「いつそんな……」


 そこまで言って、リベジアンはふと、イエーグナに魔力を返還した時のことを思い出した。


「ごめんなさい」ギュボアーが、言葉通り申し訳なさそうに言った。「特定の人達を除いて、この事は秘密にされていたの。こうでもしないと、彼女への魔力返却の許可が手に入れられなかったから」


 それを聞いたリベジアンは、どこか懊悩とするように頭を軽く俯かせた。自分の右掌を見る。やがて、ぎゅっと拳を握ると、


「大丈夫だ」リベジアンは微笑む。「ありがとう、ギュボアー。君には本当に迷惑をかける」


「必ずイエーグナを連れ帰って」ギュボアーが言った。「数多の苦難があると思うけど、私も乗り越えられるよう協力するから」


 リベジアンは力強く頷き、後ろに振り返る。


「行ってくるよ」


「うん」


──リベジアンは混沌とした街道は避け、建物の屋上を飛び越えながら移動していった。街道の方を見下ろした時、警備隊に守られた数台の巨大な荷台が、列をなして城に向かっていた。先頭の荷馬車には、ラジュアが乗っていた。


罵倒の限りを受けながら、行き先に立ちはだかるものに退いてもらうよう、また、皆に落ち着くよう、安心してもらうよう、自分やボゴロフを信じてほしい旨を、必死になって叫んでいた。身体の所々には、投げつけられたのであろう、野菜や卵がぶら下がっている。良く見ると、頭から血のようなものも流していた。


 そんな時、ラジュアが空を見上げた。見下ろしていたリベジアンと目が合う。信頼しきった、屈託の無い笑みと共に、真っ直ぐ立てた親指をこちらに一瞬だけ向ける。リベジアンは頷いた。それを確認したラジュアは、再び民衆の方を見て、彼らに訴えだした。


 ラジュアに限らず、何人かがリベジアンに気が付き、大声で叫んでいた。内容は聞き取れぬが、応援でないことだけは確かに思えるほどの、激しい調子だった。


 それを背に受け、リベジアンは街町を駆け抜ける。






 イエーグナは魔力の翼を羽ばたかせながら、森の中を飛んでいた。汗が仄かに浮かんだその顔には焦燥している様子があり、あえぎあえぎ息をしていた。


 やがて、その途中で地面に立って走り出したが、やがてその速度も落ちていき、立ち止まった。


 ……彼女は、自らの行動を省みた。身体は熱いのに、その内側は驚くほどに寒々としていた。何故、自らはこのような行動に出たのか。力を取り戻してどうしようというのか。初め、ゲルガルアの提案を受けた時、言葉にし難い、あえて言えば、新しい活路が開かれるのではないかという期待が生まれ、そして一気に膨らんだのだ。彼に会い、父親の力を手に入れれば、確実に変わることが出来ると。


『何が?』


 突然、彼女の内側において、そのような疑問が大きくなった。何が変わるというのか。力を手に入れ、何をしようと思っているのか、それさえ見出だせずにいるのに? ゲルガルアが力の返却と共に提示した内容は、再度の侵略行為であった。


 当初彼女はその部分に、何の意識も向けていなかった。父の力が存在し、それが自分の物になるという事実のために、披露した彼女の気持ちが高揚してしまったのだった。手紙を読んで以降、そうした気持ちの高揚は、本来彼女が持ち得るはずの冷静さをかき乱し、父の力を求める気持ちを強めていった。


 しかし、彼女の一連の行為、特にリベジアンへの裏切りによる罪悪感が、彼女の心内に、彼女が読んだ他の部分──すなわち、侵略行為の実行──の存在に、意識を向けさせた。それは、彼女のかつての住まいであった城に向かっていく最中に、次第に強まっていったのだ。


 力を取り戻してどうするか。侵略行為を思ってみても、前述のように、彼女にはその気が全く起きなかった。なるほど、アーリガルには不愉快なものが多々あった。時が経つと共に、その住人が見せ始めた悪意によって、その思いは強まっていった。


 しかしその一方、不思議と憎悪はしていなかった。好悪などではない、更に奥まった、より強固にして根深いものによって、彼女は自ら住んでいた場所を想っていた。


 では帰るか? あれほどのことをしておいて? 帰った瞬間、彼女はどうなってしまうのか。許されるのか? 彼女の心境がどうであれ、アーリガルの者達には関係ない、彼女の行為で、彼らは彼女を死刑にできるとかつて言ったのは、イエーグナ本人だったはずである。どうしてそんな甘い期待ができるだろう。


 能力を取り戻し、ゲルガルアを討伐し、アーリガルの国民にそのことを誇示するか? リベジアンを騙し、力を取り戻し、あまつさえそれを認められようと? 認識の甘さ以上に、こうしたことを思いつける自らの卑劣さを、彼女は嫌悪した。


 ……そんな時、ある人物が彼女の頭に浮かんだ。


『リベジアン』


 彼女は今、どうしているだろう。どうなっているのだろう。自分のことをどう考えているのだろう。いやそれよりも、何故自分は、彼女を裏切り、騙してしまったのだろう。


 彼女は、あるいは許してくれるだろう。従来通りに付き合ってくれるだろう。信じてもくれるだろう。彼女はそういう人間である。しかし、そういう問題ではないのである。彼女と築き上げたはずのものを、彼女のありとあらゆるものを、イエーグナは自らの手で大きく傷付けたのである。


彼女は苦痛に近い苦悩を感じて頭を抱え、その目に涙を浮かべると、両手を交差させて身体を抱き締める。全身が震え、歯が小さく鳴る。やがて彼女は跪き、俯いた。恐怖と孤独と罪意識に、彼女は混沌としていた。






 かつて半壊した城に、黒いもやがドーム状に包まれていた。周りには監視兵達の遺骸が散乱している。ある者は石にもたれて項垂れ、ある者は倒れている。一人の兵士の乾いた口からは黒い虫が一匹出てきていた。


 ──城の最上階、リベジアンとディグジーズの激戦地となった場所の真ん中で、一人の男が、天井の方を見上げて立っていた。フードで身を包み、そこから出た生身の部分は灰色で、血管が浮き出たような模様が走っている。天井は先の戦いで吹き飛ばされ、もやがかって辛うじて青と分かる空が見えていた。


 ……そこへ、巨大のドアが軋む音が響き、そちらに顔を向ける。


「……なるほど、あなたが来られましたか」男は言った。「リベジアン・アミール」

 

 開いたドアから、リベジアンが立ち現れた。

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