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騎士と悪魔の輝ける日々  作者: 玲島和哲
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国王の依頼

 三人含め、兵士達が改めて国王の城に出向いたのは、それから半月ほど経ってからだった。ギュボアーの言った通り、国を挙げての祝祭があったのだが、その中で、兵士達への祝典も行われることになったのだ。


 祝祭が行われたのは、ディグジーズ軍退治後における、国民の景気付けが理由として一番大きかった。一言でいえば皆、疲れ切っていたのだ。ふつふつの胸の内に淀んだその思い、その疲れを発散することにあった。


 リベジアンら三人を中心とした兵士らは巨大な王室の中にて、国王より祝辞を賜り、その一人一人に勲章が贈られた。リベジアン、ラジュア、ギュボアー始め、堂々とした、また充分に礼節を重んじた態度を持って授与した者がほとんどだったが、中には感極まって涙する者もいた。


 兵士は全員が参加したわけでは無い。未だ怪我や精神的な要因によって出歩くことが難しい者がかなりいた。そうした者のために、国王自らが、兵士の名前を一人一人読み上げ、その功を称えた。


 ちなみに祝典を行う前に段階の話であるが、報酬や勲章の授与に関して。前述の出歩けぬ者達のため、もし出歩けるようになった際は直接取りに出向くこと、あるいは使いの者に送らせると言う事も決定した。当初は国王自ら出向くことも当人より提案されたが、畏れ多く、兵士が委縮する可能性、国民間の混乱などが想定され、却下となった。


 城の前に集った国民の前には、全ての兵士を代表して、リベジアンが挨拶を行う事になった。依頼を受けた時こそ、「自分の他に」と断りを述べて逃げ回り、最後にはしぶしぶ受けた役割であった。しかし、いざ国民の前に姿を現した時、その国民の数に圧倒こそすれ、思ったほどの緊張感が出てこなかった。


 国民の顔は皆鮮明に見えた。道をほとんど覆い尽くし、建物のほとんどの階から顔を出し、多くの者が笑っていた。盛り上がっていた。理由はどうあれ泣いている者もそこそこにいた。


 それは圧倒的な光景ではあっても、何らの秘密も疑惑も嘘も無い、隅々まで明確な者があるだけだった。対峙したその場所に置いて、彼女は何の気構えも必要ないと考えた。


 国民の聞こえるよう、魔術を利用した拡声器を与えられ、彼女は語った。旅の思い出、時に喜劇、時に悲劇、英雄譚、旅と戦いの中において出くわす全てを。それは聞く者ほとんどを感動させるに足るものであった。笑えるような所は無かった。元よりユーモアセンスなど皆無に近かったし、またその場において必要なかった。


 最後に、彼女は感謝の言葉を述べた。ラジュアやギュボアー、全ての兵士、国王、そして国民のすべてに。


 彼女の言葉が紡ぎ終わった後、辺りはしんと静まり返った。それを見た側近や兵士達、集った政治家連中を困惑させた。しかし、リベジアンはそのまま爽やかに背を向けた。伝えたいことのすべてを伝えた。その後の反応は国民の自由である。それが彼女の考えであった。


 そうして、その自由の下において、一つ間を置き、アーリガル国民達は叫び声を上げ大きく盛り上がり、讃嘆と感銘を彼女に送った。リベジアンは少しだけ国民のいる方を振り向いて微笑んだ。充分予期された反応であっても、実際に讃嘆を受けるとなると、その感動はひとしおだった。


 祝祭は一日通しで行われ、次の日はおおよそ後片付け、その後は働くか休むかに分かれたが、五日もしない内に、国民は皆、元の生活へと戻っていった。しかしその一方、その顔には、以前にはなかった溌剌とした輝かしさがあった。






「皆、元気を取り戻していったという感じですね」


「あぁ」


 街を歩いていたギュボアーが、周りで立ち働いている人々の姿を見ながら言った言葉に、リベジアンが答えた。淡々とした反応だったが、リベジアンの表情も、どことなく安堵感があるのを、ラジュアは見逃さなかった。


 祝祭から二週間が過ぎての事である。街に出れば騒がれるのではないかと少々心配していたが、街の復旧に皆が大忙しであったため、そこまでは無かった。ただそれでも、特に子供などは、彼女達を見つけるとその冒険譚を聞きたがった。


 こうした場面において、こと口下手なリベジアンは説明することに一苦労して、時折何を言っているか分からないといった旨の不評を被ったりした。それでも、最後にはしっかりと内容を伝えることも出来、聞くものを大いに満足させることが出来ていた。


「リベジアン様。お二方も。お疲れ様です」


 雑貨屋の親父が彼女達を見かけて声を掛けた。腹のでっぷり出た白髪に丸眼鏡の老人である。


「どうも」


「どこか、お出かけで?」


「はい……少し用事で」


 少し言いにくそうにしたリベジアンの態度を察した親父は、照れたように笑った。


「これは申し訳ない、足止めしてしまって。ではお気をつけて」


 頭に乗せていた帽子を持ち上げ、おどけた態度で親父は別れを告げる。


「はい。それでは」


 三人がそのまま歩き去る際、ラジュアが一人振り返る。


「また買い物させてもらうよ」


「待ってますよ」


 笑顔のあいさつを受け、三人は改めて歩き出した。






「──すまないね。わざわざ来てもらって」


「いえ、畏れ多いことです」


 国王のお言葉に、三人は頭を下げる。国王から座るよう促されると、三人は席に着いた。三人が招かれた場所は、城の応接間である。まだ昼であったので灯りはほとんど付けられておらず、白い陽光を外から浴びる室内は温かな明るさで浮かび上がっていた。


 白い壁、艶やかな丸い木のテーブル、黄金色のシャンデリア、部屋の隅に飾られた紫や青色の花々、初代アーリガル国王の巨大な絵画入り口すぐ横に、更にそのまま部屋の左右に、偶数、奇数の順番に、各国王の肖像画が飾られている。


 国王の座っている前には二つの紙の束とその間に一枚の紙が置かれている。一枚の紙の上にはペンが置かれている。紙にはどれも似たような文言が記載されており、国王のサインらしきものも見えたが、当然、探索のために見ることなどできなかったし、三人が座るタイミングで、紙は近くのメイドに預けられ、そのまま持ち運ばれてしまった。


 城の中では決して広い部屋とは言い難いが、それでもその部屋の中の荘厳さ重厚さは、城の中全体がそのままどうなっているかを表しているようだった。大いなる権威の象徴的建造物。リベジアンやギュボアーは比較的慣れてはいるものの、貧民層出身のラジュアがどうしてもなれることが出来ず、妙に畏まってしまっていた。


 その畏まり様が、いかにも「畏まっています」と宣言しているかのような畏まり方であったため、城のメイドなどはそうした姿を、ある種愛着を持って話のタネにしたりしていた。必ずしも品のある態度とは言い難かったため、国王やその近親者の耳に入った時には、窘められることもあった。


 机の上のものが大よそ片付けられ、国王とリベジアンらにお茶が出されると、国王は改まったように背筋を伸ばす。


「体の具合はどうかな?」


「はい。もう動く分には充分に」


 国王の問い掛けに、リベジアンが答える。


「そうか」国王は言った。「……ギマルアールの方は、どうかな?」


「そこに関しては、まだ完ぺきとは……」


 リベジアンは、少し申し訳なさそうに言った。


「うむ……」国王は、少し考える様に頭を俯かせ、やがて三人の方を改めてみる。「いきなり本題に入らせてもらいたい。簡単に言えば、君達に依頼したいことがある」


「依頼ですか?」


 ギュボアーが問い掛ける。


「あぁ……あぁお茶は、いつでも飲んでくれて構わないよ」


「あ、はい、それじゃあ」


 ラジュアがそれを合図と言わんばかりに、お茶を飲み始めた。一口で高価なものと分かる匂いと味わいにが、彼女の気持ちを少し和らげた。


「君達は、ディグジーズ軍からかなり少数ではあるが、捕虜が出ていることを知っているね?」


「えぇまぁ……ホントに一握りだった筈ではありますが……」


「彼らの処遇がどうなるか、それは知っているかね?」


「……」


 三人は互いに目を見合わせる。懸念するその表情から、どことなく困惑した物があった。


「まぁ……戸惑うのも無理はない。君達とて、捕虜に関する世論は見知っているだろうからね」


 国王はお茶をすする。


「……処刑ですか?」


 リベジアンのその問い方には、自分の質問が否定される可能性があることを考慮していることがにじみ出ている調子だった。


「逆だ」国王は答えた。「彼らを生かすことに決定したのだ」


 三人は、喜びでも不信感でもない、真剣な表情で国王を見ていた。


 国王の話によれば、当初は、正に捕虜の処刑という形で話が進んでいた。当初は特に大きな反対の声も無く、懸念や倫理的問題等も含め、処刑になるのは確実かとも思われた。


 しかし、数日を経て、捕虜について、即ち捕虜となった者がどういう存在かという話が明らかになるにつれ、いくつかの市民代表団体から、反対の声が上がった。団体は、国民は支持しないだろうと発言したのだ。


 この言葉が出た時、捕虜処刑はもちろん、捕虜の死刑に対して、いくらか懸念を抱いていた者の中にも、こうした意見に苦笑するものがいた。しかし、市民団体の言葉を受け、国中に対し、捕虜の存続に関する投票が行われた。


 すると、七対三の割合で、捕虜の存命を望む声が、処刑を望む声を上回ったのだ。


 当然、こうした結果を不服とする声が上がった。処刑を望む政治家はもちろん、市民からもこの結果を不服として、再度投票を行うように声が上がった。結果として二度ほど行われたが、行われる度に存命を望む票が上がった。


 最後の投票を行う時点で、処刑反対派と投票反対派による抗議の声も、ほとんど暴発寸前の所まで大きくなっていた。最早、捕虜の存命が多数であることは明確であった。


 ちなみに、最後の投票の結果は、未だ公表されていない。議会での、ほとんど形式だけの話し合いによって捕虜に対する処遇を決めた上で、一緒に伝えることになったのだ。


「捕虜となった者は確か……」


 リベジアンが考えるとも尋ねるとも言う口調で言った。


「まずは『ボゴロフ』。屈強な肉体と恐ろしい顔つきながら、大人しい性質の怪物達だ」


「確か、首輪か何かで……」とリベジアン。


「その通り。指示を出せば一時的に戦いの為に働くが、それが持続せぬという事で首輪を付けられ、戦闘用に操られていたという報告があった」


「倒す代わりに首輪を破壊して大人しくさせることもあったよ」


「ディグシーズの作り出した怪物ですよね?」ギュボアーが尋ねる。「敵の作った怪物にしては、なかなか変わった存在だなって思いましたね」


「ディグシーズはかなりの種類の戦闘用の生物を作成したが、元来の性質を除けば最も強力だった怪物の一種だった。似たような、同時に平穏な性質を取り除いたより凶暴かつ忠実な亜種も何体か作られたが、ボゴロフ程強力な物は作られなかった」


 国王はお茶をすする。


「もう一種族が『ヘグラル』。主に魔術や兵器等に関する研究要員である」


「……あぁ~何となくわかります」ギュボアーが少し考える様にして言った。「彼らの態度は確かに……」


「ギュボアーは彼らと幾度か交戦、交流があったな」国王が言葉を継ぐ。「戦時において、時折捕えることがあったが、そのやり取りの中で、必ずしもディグシーズに対する忠誠心が強いわけでは無いことが、その言葉の節々に強くあった。特にディグシーズの消滅以後は、戦後処理を積極的に手伝ってくれておる。ディグシーズのいた城に関する情報も積極的に提供し、一応は敵であったことが信じられぬくらいである」


「……信用できるんですか?」


 ラジュアが訝しそうに尋ねる。


「無論、いざという時のための対策自体はしている」国王はラジュアの目を見て言った。「彼らの知能はかなり高い。そうした打算的な行動の中で、何かしらの策略を練っている可能性があることは、我々の方でも予測はしている。その点で、ギュボアーにも手伝ってもらいたいと思っている。後で、そのことについても相談させてもらいたい」


「分かりました」


 ギュボアーが返事をした。


「……国王、確か……」


 リベジアンが口を開いた。それは半ば、思わずついて出たという状態だった。


「そうだリベジアン。君の考えている通りだ」国王が言った。「捕虜の中に、ディグシーズの娘がいる」

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