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騎士と悪魔の輝ける日々  作者: 玲島和哲
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これまで見たどんなものよりも

 ──夜明け頃、リベジアンとイエーグナが二人で、静かで冷えた山を登っていた。数日前、リベジアンがイエーグナに、自らのお気に入りの場所に連れて行きたいと提案したのだ。久し振りに明朗な、迷いの無い態度でされた提案に、イエーグナは仄かな躊躇いを見せつつ了承した。


「どんな場所なの?」


「昔からちょくちょく行く場所でね。そこで練習することもあったんだ」


 その場所が山であること、時間帯が夜明け頃になることを聞いた時、イエーグナは露骨に嫌そうな顔をした。その顔を見て、表情はどうあれ、久し振りに彼女の心からの反応を見たリベジアンは、気兼ね無く笑った。


 道の左右から木々が生い茂っている。見上げると、木々の覆いの向こうで空が次第に白み始めており、星は辛うじて見える程度だった。吹き付ける風が涼しく、道もそこまで傾斜では無かったので進みやすかった。


 前を向くと、リベジアンが確かな足取りで進んでいる。ここに来るまでにようやく眠気が覚めていったイエーグナと違い、リベジアンは起きた時点で元気が良かった。そんな彼女に、イエーグナは、微笑ましいものを感じた。リベジアンがイエーグナを喜ばせようとする企図しているのは、彼女の普段の立ち振舞いから、十分信じることが出来たのである。


「ここだ」


 決して高いという程は無かった山の頂上に、イエーグナは足を踏み入れた。


 朝日の差し込む中に広がる原っぱには、緑の芝と一本の木、そして池が張ってあった。誰もいない。未だ眠っているような、爽やかな気怠さとも言えるものが、辺りを支配していた。


 少し長めに生えている芝生には一匹のてんとう虫が葉先に向かうにつれて、微妙に折れ曲がっていく。鳥の可愛げな鳴き声が聞こえたかと思うと、少し距離を置いた木から、小さな羽ばたきと共に二羽ほど空へと飛んでいく。


 水の弾けた音が聞こえたかと思い、そちらに目を向ければ、池の真ん中より少し右側を中心が、少し激し目に波立っていた。


 それらは朝日を受けて、夢現の半ばで立ち惑っているようだった。消え入りそうでありながら、しかし徐々に、確実な存在に移り変わるさまを見ているようだった。日を受けて仄かに輝いているかと思うと、微かな揺らめきで影と光を行き来する。


 踏み出すべきか留まるべきか、今もって決めかねているようだった。それでいて、全てが言いように無いほど生々しかった。空に目を転じると、先ほど飛び出した二羽の小鳥が、戯れでもしているように、円を描いていた。ある意味で、一番現実感のある存在であった。


 静謐に満ち、物憂げで、しかし優和なその光景は、これまで見たことのあるものの中でも素晴らしいものだった。しかしその一方、イエーグナは特に、それを見て感動することはなかった。


 リベジアンに限らず、多くの者がこの光景を見ても感銘を受け得るものであることは理解できた。ただこうした光景は、彼女の感動を引き出す類のものではなかった。


「どうだ。この場所」リベジアンは言った。「朝日の昇る中で、剣の修行に励んだこともある。気持ちよくて良いところだろ?」


 話し掛けられたイエーグナは、リベジアンの方を向いた。彼女は微笑んでいた。そして前を向き、真っ直ぐに原っぱを見つめていた。その横顔は柔らかな日の光を受けて、白々とやんわり輝いていた。


 ……このリベジアンの横顔を見た瞬間、イエーグナは自らの心が強く打たれるのを感じた。その視線は彼女の真っ直ぐさを、その笑みは彼女の優しさを、その堂々たる態度は彼女の強さを表しているようであった。これまで見たどんなものよりも、その表情こそ、彼女には美しく思われた。


 そうして自然と漏れた微笑みには、大いなる賛嘆があった。その表情のまま、イエーグナはまた前を向く。


「……うん。凄く綺麗だ。良いところだよ」


朝日は二人の前、より遠いところから、次第に昇ってきていた。

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