強盗退治
銀行の中は人も少なく、閑散としていた。ある者は本を読み、ある者は腕を組んで目を瞑っており、ある者は両手を太ももに置き背筋を伸ばして、それぞれ待っていた。
「五十二番の方」
呼ばれた男二人が、カウンターに近付いていく。
「どんなご用ですか?」
カウンターの中年女が頭を上げる。黙して語らぬ二人はサングラスをかけて、コートを着ている。その一人は屈強で、頬には大きめの傷痕があり、片腕をコートの中に隠していた。女は不審に思いつつ、少し言葉を待つ。
二人はやがて、それぞれ持っていた大きめの頭陀袋を机に置いた。
「ブダラッサ・ビューという男を、知っているな?」
屈強な男の質問の意味を、女は一瞬だけ捉え損ねた。しかし、やがて何かに気が付くと共に、その顔から表情が消え、固くなり、青ざめていった。
「一人二人……まぁ全員でも良いが、どうしようとも何も感じないんだよ、俺は」
屈強な男は、微かにコートを開くと、中に隠していた片腕に持った短刀を、鞘から少しだけ出して見せた。女は短刀を、そして男に視線を戻す。後ろで、老人が不振そうな、また不機嫌そうな顔で男二人の後ろ姿を見る。何が行われているかに気付くことは無かった。
「早めに袋に金を入れてくれ」男は言った。「あまり時間を掛けすぎるな……後ろにいる年寄りの命位なら、一刺しで充分だよね」
練習が終わった後、シルビーに誘われたイエーグナは、やはりリベジアン付き添いで、買い物に出掛けることになった。
買い物途中では、リベジアンがシルビーに、練習中に見出だした、剣術におけるアドバイスを与えたり、イエーグナからの質問に二人が答えたり、生徒の事を弄ったりしていた。その日の練習中、剣を降る勢いに乗ったまま、とても派手な転け方をした生徒がおり、その転け方のあまりの見事さを、イエーグナが二人に思い出させて笑わせたりした。
そんな時、
「イエーグナちゃんを、家に誘ったりしたら、駄目なんですか?」
どちらに答えるべきかに迷うように、シルビーは二人を見比べながら尋ねた。視線を受けたイエーグナはリベジアンを見て、
「どうなの?」
「ダメということはないさ」リベジアンが答えた。「まぁその際も、私が一緒にはなってしまうが」
「あ、全然大丈夫です。来て貰えるなら」
「おまけとして」
イエーグナは皮肉めかして、付け加えるように言った。
「おまけとは酷い」リベジアンは笑いながら言った。「しかし、ご家族は大丈夫なのか?」
「あぁ、そこはご心配なく。一人暮らしなんです」
「一人?」とリベジアン。
「はい。家賃とか生活費とかは、遠くで暮らしてる親が払ってくれるようになってるんですが、生活は基本一人です」
「へぇ、立派じゃないか」
「早く自立しなさいって言われて、半ば強制ですよ」
苦笑いでシルビーが言った。
「それでもさ」
リベジアンは彼女の事を称える様にそう言いつつ、顔を前に向ける。丁度その時、少し距離を置いた先の銀行から、男二人が早歩きでそこから出てくるのを目にした。
二人はすぐに前を向いて、少し早めに歩いていく。見えたのはほとんど一瞬だったが、それでも男一人の横顔には、見覚えがあった。リベジアンの表情が、険しいものになる。この変化に、イエーグナとシルビーが不思議に思った。
「少し、すぐそこの銀行によってもいいか?」
「えっ? は、はい……」
シルビーが返事をする。三人が銀行の前まで来ると、リベジアンが二人の方を向く。
「さっき銀行から出てきた二人は分かるか?」
尋ねられたシルビーとイエーグナは、顔をリベジアンから避け街路に向ける。既に小さくなっていたが、先ほど出てきた男二人を確認できた二人は、リベジアンに頷いた。
「私が出てくるまで、あの二人から目を離さないでくれ」
「はい」
シルビーの返事を聞くと、リベジアンは銀行に入っていく。リベジアンはすぐ、カウンターに目を向けた。男二人の対応した女が、同僚の女から、何かがあったかを尋ねられている。女はうつむいて、答えるべきか否かを思いあぐねるような表情をしていた。リベジアンはそちらに近付いていく。老人は、やはり不快感をたたえた表情で、それを目で追った。
「失礼します」
リベジアンに声をかけられた女二人が、彼女の方を向く。
「リベジアン様!!」
問い質していた方の女が、驚いた声を上げた。
「先ほどこの銀行から出てきた二人ですが……」
これだけの言葉で、対応していた女の顔が、目に見えて引きつったのが確認された。
「……ブダラッサ・ビュー、という男では無いですか?」
「はい」
女は半ば反射的に答えた。もう一人もまた、驚愕と恐怖で、顔を引きつらせた。
「分かりました。あとは任せてください」
それだけ言って、リベジアンは銀行を出ていく。
「──リベジアンさん!」リベジアンが出てきた瞬間、シルビーが言った。「先ほどのお二方、二番目の曲がり角を右に曲がりました」
「そうか、分かった。二人とも……」
「ついてくるなと言われても、勝手につけていくけど?」リベジアンの言葉を遮って、イエーグナが言った。「追うんでしょ? さっきの」
リベジアンは少しだけ困り顔を見せて、シルビーを見る。心持ちおどおどしていたが、イエーグナの言葉に同調を示す態度を見せた。
「……分かった」リベジアンは言った。「ただ、出来ることなら、言うことは聞いてほしい。最悪の場合は、やはり待ってもらうか帰ってもらう」
「分かりました」
シルビーが答えると、リベジアンを筆頭に、三人が走り出した。
「あの二人を捕まえる。金を盗んだ」
「えっ!?」とシルビー。
「ブダラッサ・ビューという名前は知ってるか?」
「はい。犯罪者のですよね? 強盗とかで何度も捕まってる……」
「未成年の頃には殺人も犯してる」リベジアンが言った。「もう一人は恐らく新たな相棒だろう。最後に釈放されて、大人しくなったと思ったが」
「立派に生きてるってことでしょ」
イエーグナが、皮肉めいた口調で言った。
三人はブダラッサらが曲がったという角を同じように曲がる。丁度後ろを伺った相棒の方が、何かを知らせるようにブダラッサの背中を叩くと、二人は同時に走り出した。
「……!」
先ほど以上の速度でリベジアンらが走り出した。
通行人が横に避けて道を開けていくのをどんどん進んでいく。ブダラッサは後ろを振り返り、三人の女子どもが追いかけてくるのを見た。時折、よそ見をしたり同じ方向を向いて歩いている者がいた時は、かなりの勢いで押し退けた。
若さと運動量の差の為か、二組の距離は次第に縮まっていく。しかし、道は突き当たりのところで二手に分かれていた。リベジアンは悔しそうに歯を食い縛り、更に走る速度を速めた。しかし、男二人は突き当たりに達した時点で、予測された様に、二手に分かれてしまった。
リベジアンは突き当たりで立ち止まり、ブダラッサの方を向いた。小さくなってはいたが、あと少しで追い付ける距離である。少し遅れて二人も到着した。少し息を上げている。
「リベジアンさん」シルビーが息を整えて言った。「私がもう一人を追い掛けます!!」
シルビーが一方の道を走り出した。
「シルビー!!」
リベジアンがそちらに向かおうとするのを、イエーグナは立ちはだかった。
「やる気になってるんだから、行かしてあげたら?」
リベジアンの前に立ちはだかったイエーグナが言った。
「しかし……」
「シルビ―は強い」イエーグナはリベジアンの言葉を遮って言った。「練習試合とはいえあんたやティクスにも物怖じせずに立ち向かえる。手合わせしてるあんたなら分かってるんじゃない?」
「……」
「いざという時は、私も手を貸す」
リベジアンとイエーグナは、互いの目を見つめあった。それは、ほんの数秒のことである。
「……頼むぞ」
そう言うとリベジアンは振り返り、ブダラッサの方へと追い掛けていった。
──シルビーは全速で相棒の方を追い掛ける。距離は次第に縮んでいく。鞘に手を掛ける。その顔には、仄かな恐怖と覚悟を決めた様な表情が浮かんでいた。
……その時、彼女は突然、何かに捕まれ、ほぼ同時に自らの足が浮かぶのを感じた。驚いたシルビーは顔を上に向ける。
「イエーグナちゃん!!?」
イエーグナがシルビーを掴み、真っ直ぐ前を見据えて飛んでいた。
「──着地は出来る?」
「……この高さなら」
イエーグナの質問に、地面の方を見下ろしたシルビーが答えた。丁度、相棒を空の上から抜いた。
「それじゃあ手を離す!」
少し弾みをつけて、イエーグナは前の方へとシルビーを振って手を離す。シルビーは言葉通り問題なく着地すると同時に、柄を手に握る。突如振ってきた少女に驚きながら、男は短刀を取り出して高々掲げると、雄叫びを上げながら斬りかかる。
しかし、それ以上の速さで立ち上がると共に、シルビーは抜いた刀で男の短刀を握った手を、そしてそのまま流れるように、男の右の横腹を叩き付けた。男は短刀を離し、呻きながら後ろに下がる。シルビーは男に向けて構える。手の方はともかく、横腹を叩いた感触が明らかに固かったのだ。
男は焦った顔をしつつシルビーを睨み付ける。コート下からもう一本短刀を取り出す。その際、腹回りに茶色の光沢のある防具か何かが巻かれているのを見た。シルビーは改めて男を見据える。
その後ろ、少し距離の離れた所から、イエーグナが二人の様子を見ていた。平静な様子に対し、両手の指を折り曲げ、常に何かしらの行動に移せるようにしていた。
男が走り出す。シルビーの柄を握る手に力が入る。あと少しで、男がシルビーに辿り着こうとした。
……その時、それ以上に速い何者かが、男の後ろから飛び越えてきて、シルビーの前に立った。同時に、驚いて止まった男の首筋に、既に持っていた刀の切っ先を向けた。イエーグナはため息をついて力を抜く。リベジアンの到着が、予想以上に早かったのだ。
「……どうする?」リベジアンが尋ねる。「ブダラッサは既に捕まえた。ただ一人、この状況下をなんとかしようとする意思があるのなら、こちらとしても容赦はしない」
男は息を飲む。切っ先をも去ることながら、リベジアンの突き刺すような目付きにいすくめられたのだ。男は短刀を落とすと、諦めるようにその場に座り込んだ。その様子を見たリベジアンは、そっと刀を鞘に納める。
「おいしいところは貰ってくんだ」
近付きながらそう言ったイエーグナに、リベジアンは笑った。
「リベジアンさん!」
シルビーがさっと近付いて、リベジアンの前に立った。笑顔の彼女に対して、思わず苦笑のリベジアンは、とりあえず優しくその頭にチョップをした。
「あた」
シルビーは叩かれた頭をそっと抑える。
「次からは、こういう危険なことはしないでもらいたい」
リベジアンにそう言われたシルビーは、少し恥ずかしそうな、また少ししょぼくれた顔をしてうつむいた。
「良いじゃん、別に」
リベジアンとシルビーが振り向くと、イエーグナが歩いて近付いてきていた。
「しっかりやれるし、実際やれたし」
「そういう問題ではないんだがな。危険な目にはできるだけあってほしくないんだ」リベジアンはシルビーの頭に手を置く。「危険か否かを抜きにして、やれるということには、何の疑いも持っていないよ」
シルビーは、恐縮するように頬を染めた。今度はイエーグナが苦笑する番だった。
……そんな時、何か妙な気配を感じたイエーグナは、そっと後ろに振り返った。多くの者が、彼女らのほうを見ていた。しかし、辺りを見回してきて、特にこれというおかしな視線があるわけではなかった。
大抵は物珍しいものを見たような目つきをしている。感嘆としたような視線もあったが、やはりどことなく怖気づいたような、あるいは嫌なものを見るような目つきもあった。
ふと、イエーグナはその視線を受け、心の中に仄かな不快感が宿るのを感じた。そういった視線は、大抵はそれとなく、恐らくは当人のばれぬ様にと、露骨に表れていたりはしない。しかしそれ故、なお一層、不快感も募るようだった。
彼女はこれを不思議に思った。こうした視線は、以前から珍しいものではなかった。より露骨なものに出くわしたこともある。しかしそれでも、今日ほど何かしらの感想を抱くことはなかった。意識的であれ無意識であれ、そのような視線、態度は、彼女に何ももたらさなかったはずである。この不快感の正体が何か、彼女には察せられなかった。
「──どうした?」
リベジアンに声を掛けられ、イエーグナは沈思していた意識が浮かび上がり、彼女のほうを見た。
「……いや」イエーグナは言った。「妙な視線を感じた」
イエーグナは不快感のことはいったん忘れ、そのことだけを伝えた。
「視線?」リベジアンは少し辺りを見回す。「……何も見つけられないが、警戒はしておくよ。何かあったら、ぜひ言ってくれ」
「分かった」
ちょうどこのタイミングで、警官隊が現れた。三人は捕まえた男を引き渡し、そのまま買い物へと行った。
──誰もいない物陰から、じっと、フードを被った一人の男がその様子を見ていた。




