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騎士と悪魔の輝ける日々  作者: 玲島和哲
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小さな戯れ

 ある朝食の時間、二人はいつものようにパンを食していた。ジャムがいくつかと食パン、目玉焼きにサラダが、机の上に乗っている。比較的豊富な種類のジャムをそれぞれ着けながらパンを食べるイエーグナの様子には、以前には無かった気楽さがあった。ふと、リベジアンはイエーグナの顔を見て、


「イエーグナ。ここ」


 右側の口角のを指で差しながら、彼女に声をかける。その意図を察し、自らの顔に付着してあるはずの何かを拭おうと、右手の指で口角を撫でる。


「……取れた?」


 少し顔を前に出しつつ、イエーグナは尋ねる。


「いや、まだ着いてるな」リベジアンが答えた。「ついてるのは左側だからな」


 再度指を右の口角に持っていこうとしたイエーグナは、動きを止めてリベジアンを見る。リベジアンは、悪戯っぽい顔をしつつ、今度は左の口角に指を差して笑うと、そのまま再びサラダを食す。イエーグナは、ジトッとした目で彼女を見つめつつ、左の口角を手でなぞる。


「……リベジアン」


 イエーグナに呼ばれたリベジアンが顔を上げる。するとほぼ同時に、その口にイチゴジャムが飛んできた。


「うぐっ……」


 リベジアンは思わず焦って下を向く。イエーグナが片手に持っているスプーンに、イチゴジャムが微かに付着している。


「……リベジアンさ、少し口紅の塗り方が下手なんじゃない? 塗り方教えてやろうか」


少し顔を上げたリベジアンの口に、水溜まりのように付着しているイチゴジャムを見ながら、イエーグナは言った。リベジアンは口からイチゴジャムを拭ってそれを見る。口許にはまだ、イチゴジャムが照っている。


それを見たイエーグナは、思わず噴き出してしまった。リベジアンも、ほぼ同じようなタイミングで笑い出した。二人の笑いは、少しの間収まることはなかった。


──リベジアンによるイエーグナの監視は、今現時点においても解除はされていなかった。しかし仮に、もし解除をされたとしても、二人はやはり共に過ごしたであろう。


 事実二人は、互いが監視する者、される者という関係性を忘れさせるような態度で共に接していた。姉妹であるような、あるいは友人同士であるような、フランクで気楽な、しかし他の者とは明らかに違う絆が、二人の間に結ばれていた。


「私がいると、鬱陶しく感じないか?」


 ある日、リベジアンはイエーグナに尋ねた。


「ん~……」イエーグナは考えて、「どっちでも良いけど……まぁいて嫌じゃないよ」


この相変わらずの返答は、リベジアンを笑わせた。イエーグナにとっても、それはなんて事のない返事であった。二人のやり取りの内容自体には、大きな違いは特になかった。


 しかし、以前にはあった互いの距離感を常に意識したような余所余所しさ、そこに付随する、特にイエーグナの辛辣な態度が減じ、ユーモアの混じった軽口に、取って代わられていた。二人は気兼ねないやり取りを、自然なままに行うことができていたのである。他の者にも、イエーグナはおおよそ、フランクな態度を見せてはいた。しかし、リベジアンに対しては、より安心した様子をしているのである。


 こうした関係性を懸念する声も、無いでは無かった。いざ、イエーグナが反旗を翻した時、リベジアンは対処できるのか、寝首をかかれはしないか、彼女は信頼に値するのかどうかという声である。気にこそすることなかったが、リベジアンの耳にも、そうした声が届いたし、忠告をされたこともあった。


 しかし、大抵は心安くそれは受け入れられていた。特に国王は、この状況を非常に喜んだ。時折彼女らを呼び出し、生活の状況を尋ねる時がある。内容自体に、大きな起伏があるわけではない。


 しかし、明らかに二人のやり取りには、角の取れた明るさがあった。少しばかり、イエーグナが以前のように構えようとするようところが時々あったが、それさえも、一種のじゃれあいの一環に見えた。


 二人に用事のないある日、二人が部屋で本を読んでいた。こうした時、普段は特に気にならぬことが、突然一つの疑問として起こることがある。ちょうどリベジアンに、この現象が起こった。


「──君のお父さんは」本から顔を上げたリベジアンは言った。「空を飛ぶ時、さっきみたいな翼のヴィジョンは出さなかったと思うが」


「私は魔力が上手く使えないの」イエーグナは言った。「ああやって翼の形だけでも魔力で作って、飛んでるイメージを思い浮かべてでないと、上手く飛べないんだ。もし上手く使えるようになれば、ああいうヴィジョンはいらなくなる」


 イエーグナは、自らの欠点と言おうか、苦手事を、あっけらかんと言った。


「なるほど」


「少しはビクついてよ」イエーグナは不満そうに言った。「成長すれば、お父さんに負けないくらいに強くもなり得るんだから」


「そいつは怖いな」リベジアンは言った。「……まぁそうなっても、イエーグナなら安心だよ」


 その自然な感じに信頼したような物言いは、イエーグナの顔を仄かに赤らめた。


「な、何が安心だよ……」


 少し焦りしながらそう言うと、イエーグナは顔を本で隠した。この時浮かんだリベジアンの顔には、心底楽しそうな笑顔が浮かんでいた。

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