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騎士と悪魔の輝ける日々  作者: 玲島和哲
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いつも通りに見えて、少しずつ変化する日常

 それから数日間、イエーグナのいつも通りの日々が再び始まった。この時期になると、周りの者も彼女に慣れだし、彼女自身も、仕事に慣れだし、その態度から刺々しさが無くなって、ある程度返事をしたり会話をしたりしていた。無愛想ではあるものの、その素っ気なさがクールにも見られ、友好的な意味で、彼女に好意を抱く者も少なくなかった。


 リベジアン、そしてサキミとの仕事上でのやり取りを除くと、彼女が最もよく会話のやり取りを行ったのは、あの気弱そうな少女シルビーであった。当初こそシルビーが話し掛けるのに対し、イエーグナがそこそこの返事をするばかりであったが、次第にイエーグナ自身からも発信することも──恐らく当人の気付かぬうちに──多くなっていった。


 街に出ても、住人らが彼女を気にしなくなってきてもいたが、それ以上に、彼女が周りの事を気にしなくなっていた。好奇心もそれなりに示し始め、リベジアンの案内する以上の場所へ、彼女を引っ張り、入っていくようになった。


 その際向けられる視線には、冷たいものも少なくはなかった。しかし二人とも、ほとんど気付かぬふりか、無視をして過ごした。無論、好意的な態度も多くあり、心暖まる対応は、特にイエーグナの気持ちを和らげるのに効果を発揮した。


 しかし、そこにある種の好奇心の混じっている場合、時として冷たい視線以上に居心地の悪さを感じさせた。まるで物珍しい動物でも見つけた可能様な視線は、悪意の無いがないだけに一層不愉快だった。


 その際は、リベジアンが彼女の気持ちを和らげるよう行動したり、あるいは彼女に代わって積極的に対応に当たることもあった。


 そしてそれ以後、余程の必要に迫られない限りは、そういった店に出向くことは無かった。凡庸な歌やドラマの下らない踏み台として、退屈と呼ばれるであろうような日常を、イエーグナは意外なほどの真面目さをもって過ごしていった。


 飲み屋においては、二人で飲むことが多かった者の、時にはモルドラックと飲むこともあった。素面の彼は、リベジアンが言った通り、悪いものではなかった。豪放で明るく、細々としたことを気にしない態度は、特に第一印象が最悪であった分、彼のイメージ回復に大いに役立った。ただ、あまり飲み過ぎぬよう、注意だけはされていた。


 その期間に一つ、珍しい習慣が出来た。国王の子息であるアリーガル王子と、チェスを興じるようになったことだ。


 高齢に差し掛かった国王の初めての子どもである彼は、国王の面影を持ちつつ、目つきの少し鋭い、寡黙な少年だった。そのため、少し取っ付きにくい雰囲気をまとっており、その寡黙さが、人によっては威圧感を感じさせるものがあった。


 とはいえ、言葉数こそ少ないものの、話しかければ普通にやり取りを行うことも出来、親しく者も少なくない。彼の人物評は総じて、物静かで真面目というもので、彼を悪しざまに言う者は皆無と言っても良い。歳はイエーグナと同じだ。


 ある日、王妃に呼ばれたリベジアンは、アリーガル王子とイエーグナと時間を過ごさせてほしいという要請を受けた。王子からの依頼であり、国王には既に話は通っていた。


 リベジアンはイエーグナにそのことを話すと、少しばかり不審そうな様子を見せつつ、その要請を承諾した。


 チェスについては、人間から奪った書籍を通じて覚えたそうだ。時折王子からアドバイスを、特に一試合終えた後などに受けつつ、イエーグナは彼とチェスを、彼の部屋で行った。


 リベジアンも当然部屋の中にいた。王子からは、出来れば話しかけぬ様に言われたため、静かに二人の様子を見ていた。特別親しそうにすることなく行われるチェス。王子もイエーグナも、楽しんでいるのだろうか。


 決められた時間までチェスを行った後、二人のチェスは特にこれという事もなく終わった。王子が一杯しただけでほとんど勝利を収めていた。


 二人で部屋に戻る途中、リベジアンはイエーグナに、王子はどうだったかを聞こうと思った。すると、


「物静かな人だったね。王子って」


 イエーグナから話しかけてきた。


「あ、ああ……」


「なんかよく分かんないけど、嫌いではないかな? また誘われたら行く」


 そう言う彼女の調子に、恋愛感情やそれに近いものこそなかったが、どことなく親しみを持ったようなところがあった。


 実際、王子は彼女を定期的にチェスに誘った。特に会話もなく、ひたすら試合を続けるだけだった。そんな二人を見ながら、リベジアンは、不利は二人にしか分からない、何か心の交流の様な物があるのかもしれないと思い、その状況を受け入れた。


 ──イエーグナがリベジアンに誘われ、共に魔術研究室に出向いたのは、そんな折であった。


「魔力を返してくれるの?」


「えぇ。その許可も、既に取ってあります」


 にこやかに答えるギュボアーの隣で、研究員のヘグラル一人が固い笑顔を浮かべて立っていた。明らかに緊張をその笑顔の下に隠していたし、傍目で見て無理しているのがありありと分かった。


 イエーグナはそっと、リベジアンの方を向いた。リベジアンは微笑み返す。それに背中を押されたかのように、彼女はギュボアーの方を向く。


「安心して」ギュボアーは言った。「これは国王の了承済みのことだから、気にかけることもない。もちろん前提条件なんてないし、能力の全てを返すつもり」


「あぁいや、そこを心配してる訳じゃなくて……」イエーグナは手を後頭部に持っていく。「えっと、じゃあ……お願い……」


 ぎこちない依頼を聞いたギュボアーは、少し可笑しそうな笑顔を浮かべた。その後目を閉じて、真剣な表情になる。そして右の掌をイエーグナの胸まで挙げると、触れそうになる寸での所まで近付ける。最初数秒、何事も起こらなかった。


 ──と、ギュボアーの右手が、紫色に強く輝き出した。イエーグナは口を開けて少し呆然と受け止め、リベジアンは見守り、ヘグラルは既に笑みを浮かべておらず、ただただ緊張していた。


 その状態は、ものの数十秒……一分も経っただろうか、その時に静かに止んでいった。ギュボアーは瞳を開けて微笑んだ。


「どう? イエーグナ」ギュボアーは言った。「あなたの中で、力が戻ったのが分かると思うけれど」


 目をぱちくりさせたイエーグナだったが、目を転じて、両手をそれぞれゆっくり見比べる。特にこれという変化が見られるわけではなかった。


 しかし、イエーグナは何かを確信したかのように、そっと微笑みを浮かべた。そしてリベジアンの方を向くと同時に、右手の指五本を、少し間隔を開けて真っ直ぐ伸ばして、指先を彼女に向ける。


 特に動揺した様子の無かったリベジアンに対し、イエーグナがその指先に紫の光弾を出現させた時、ギュボアーとヘグラルが顔をひきつらせた。


 イエーグナは飽くまで、リベジアンしか見ていなかった。彼女の表情に、そよとの変化も見られないのを見て、イエーグナは少しばかり不満そうにした。手を上に向けると共に、光弾を消滅させた。


「調子はどんな感じかな?」右手を腰に当てて、リベジアンが尋ねた。


「……まぁ悪くないよ」イエーグナはリベジアンの方へ歩いていく。「自分の力が返ってくるのは」


「それは良かった」


 目の前に立ち、身体を寄せてきたイエーグナに、何の疑いもなくリベジアンは返事した。


「……ところで」イエーグナはそっとさりげなく右手をイエーグナの胸辺りに添えつつ言った。「私のお父さんを殺したのは、事実よね」


「えっ?」


 一瞬期の抜けたリベジアンに添えられたイエーグナの右手が紫色に小さく発光すると同時に、リベジアンは勢いよく後ろに吹っ飛んでいった。


「!!!」


 身体も軽く宙に浮かび、遠くある壁に背中から勢いよくぶつかると、そのままそこにあった教壇の後ろに落ちた。


「リベジアン!! ……!」


 ギュボアーが、鋭い目付きでイエーグナを睨み付ける。ヘグラルはあわあわ焦りながら教壇の後ろに消えて見えないリベジアンとイエーグナを見比べていた。イエーグナはというと、してやったりという表情をしていた。──と、


「だ、大丈夫だ……」


 声がしたかと思い、ギュボアーとヘグラルは、リベジアンの吹っ飛んだ方向に目を向ける。リベジアンは机の下から手をヒラヒラさせて、言葉通り、一応は大丈夫であることを表していた。二人とも唖然としてそれを見ていた。イエーグナはふっと微笑むと、足に少し力を込めて、前に乗り出す……


 少し痛そうに、リベジアンは立ち上がろうとしていた。その時、


「しっかりしなよ」


イエーグナの声がしたので上を見上げてみると、彼女は宙に浮いて、リベジアンを見下ろしていた。その背中には、鷲のものを小ぶりにしたような翼が、紫色の生えていた。


「……飛べてるな」


 少し驚いて、そして全てを肯じたように、リベジアンはイエーグナに微笑んだ。


「見た通り」イエーグナは言った。「さぁ立って」


 イエーグナがそう言って、リベジアンに手を差し伸べる。リベジアンは、じっとその手を見ていたが、やがてふっと微笑んでその手を掴み、イエーグナに助けられつつ立ち上がった。イエーグナは翼を消すと共に、地面に着地する。


 二人は互いに顔を見合わせ、やがてそれぞれの方法で笑った。リベジアンは可笑しそうに、イエーグナは少し気取った様に。その気取りには、表出すると恥ずかしくなるような本心を隠そうとしているような所があった。


 その様子を見ていたギュボアーはふと、二人の中指に、玉虫色の指輪が輝いているのを見た。


 力の返却が行われた後も、イエーグナはほとんどそれを行使することもなく、やはりいつも通りの生活を営んでいった。飛翔のみ、唯一利用頻度が多い力とも言っても良い。


 イエーグナへの魔力返却は、その生活態度によって、少なくとも彼女自身の、飽くまで日常の中の小さな一出来事として、せいぜい他の出来事と共に、ついでに日記に記される程度のものに帰したのである。

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