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騎士と悪魔の輝ける日々  作者: 玲島和哲
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酔っ払い

「よぉ~リベジアン」


 陽が傾きかけ、リベジアンとイエーグナが城へと戻っている時、軽々しく、浮わついたような声がした。二人が振り向くとそこには、赤らんだ顔をした男が、酒場の柱に腕を回して立っていた。その顔には、その声同様、現実と夢の狭間で揺らめいているような、楽観的な笑顔が浮かんでいた。


「こんにちは、モルドラックさん」


「ちょっとちょっと」


 モルドラックと呼ばれた男は、二人に手招きした。リベジアンは少し気にするような態度でイエーグナを見る。彼女は、どう見ても酔っぱらっている男に対し、明らかに嫌そうな態度を示した。しかし、


「……一応行くよ」


 イエーグナのその言葉は、リベジアンにとって意外だった。少し驚いた顔をしたのが察せられたのか、イエーグナはリベジアンの方を見ずに、


「あれは絶対ウザ絡みしてくる」


 リベジアンは苦笑して、二人でそちらに向かって歩き出した。


「よ~来た~来た……うん? う~ん……」


 モルドラックはじっと、イエーグナの顔を細目で見つめる。それは半ば、どうしようかを検討するような目付きだった。モルドラックのこうした露骨さに、嫌気が差すことこそ無かったが、時折匂う口臭の臭さも含め、充分うんざりはさせられた。


「……まぁ良いだろ! 入んな!!」


 モルドラックの後ろについて、二人は店の中に入る。


 ──暗い店内にて、イエーグナの姿を見て、幾人かが固くなったのが見て取れたが、あとは特に、何の反応も見られなかった。無論、悟られぬようにしただけであろうことは、充分に分かっていた。

モルドラックとリベジアン、イエーグナが向い合わせの席に着くと、


「いらっしゃい」


 店長が三人の方へ歩いてきた。頭髪も口髭も綺麗な銀色で。そこそこに時間をかけたことが分かる程度に整っている。それがまた、細身のこの男の、紳士然とした雰囲気を、優雅に強めていた。


「いつもの……リベジアンはそれで良いだろ?あんたは……」


 モルドラックはイエーグナを野太い指で差しながら言った。背もさることながら、見た目としても、決して成人した大人のようには見えなかった。とはいえ、人間でもない者に、そういった基準が適応されるのかが判断出来なかったのだ。


「……飲んでいいのかどうかに迷う必要ある?」


 モルドラックの懸念を察したイエーグナが言った。


「とりあえず、君はいつ生まれたのかな?」


「えっマジでそこ聞くの!?」


 店長のあっけらかんとした質問にイエーグナは思わず、驚き混じりに突っ込んだ。リベジアンが大きく笑った。


「いや、問題はないと思いますが、一応飲酒出来る年齢であることが確認できた方が、安心は出来るからね」


「……」イエーグナは少し絶句した。「この国の飲酒して良い歳って何歳?」


「十六歳だね」


「なら問題ない」イエーグナは言った。「私の年齢丁度だ」


「ほお!」モルドラックがすっとんきょうな声を上げた。「なんとまだ若いな! ガキだなガキ! やっぱりケツは青いのか!?」


 モルドラックは下品で大きな笑い声を上げた。イエーグナとしては何か言い返したかったが、馬鹿馬鹿しすぎて、ため息をつくだけで終わった。


「クソみたいなおっさんだな」イエーグナはリベジアンの耳元に囁いた。その顔は、明らかに嫌そうであった。


「酔ってなければ、もう少しデリカシーがあるんだがな」


 少しばかり申し訳なさそうに、リベジアンは苦笑しつつ言った。


「とにかく問題はないと言うことで」店長は飄々と言った。「とりあえずコップ三つ、持ってきましょう」


 ──三人の前に、小さなコップと大きな酒瓶が置かれた。男はコップをそれぞれの前に置いて、持ち上げた酒瓶を傾けて、酒を注いでいく。その持つ手が、微かながら目に見えて震えているのが、イエーグナをある程度心配させ、溢すこと無く注ぎ得たことに、そこそこ感心させた。


「それじゃあ、乾杯」


 三人は、コップを軽く触れ合わせ、そのまま一気に酒を飲み干した。イエーグナ一人、酒の刺激を吐き出すように大きく息を吐いた。


「初めてだったりするかい?」


 その様子を見て、モルドラックは可笑しそうに尋ねる。そのなんとも余裕そうな、小馬鹿にしてきている様にも見える態度に、イエーグナはムッとした。酔いが彼女に、ほのかながら悪影響を及ぼし始めていた。目の前の男が、モルドラックであるという意識が、小さくなっていたのである。


「あんた何杯飲んだの?」


「あ~ん……十杯ぐらいじゃないか?」


「イエーグナ、そんなに飲むなよ。度数も強いんだから」


 会話から何かを察したリベジアンが、小声で言った。


「何? お金無いの?」


 イエーグナのその答え方は、明らかにいつもと違っていた。挑発的な態度自体は変わらないが、明らかに、今現時点でモルドラックに見られる、酔っぱらい特有の、粘着質なしつこさが混じり出していた。


「あぁ気にすることはない気にすることはない」モルドラックは手を振りながら言った。「ワシが奢るよ」


 この言葉にフッと笑みを浮かべると、イエーグナはリベジアンを見た。


「奢ってくれるって」イエーグナはコップを手に取る。「じゃあ頂戴」


 モルドラックが言われるまま、そのコップに酒を注いでいくと、イエーグナはそれを一気に、そしてどんどん飲んでいった。意地を張っているのか、それとも本当に楽しんでいるのか分からない勢いそのままに、とうとうモルドラックの男と同じ、十杯目をあおった。


「……おい店長!」モルドラックはカウンターに向かって言った。「もう一本頼む!!」

酒瓶が更に用意されると、モルドラックは自分のコップにも注ぎ始め、イエーグナと飲み比べを始めた。


「お、おいイエーグナ、流石に……」


「ん~」


 イエーグナは唸りながら、人差し指をリベジアンの唇に当て、言葉を途切れさせた。その目はそのまま溶けてしまいそうな程にとろんとしていた。彼女のこうした反応を見たことがないリベジアンは、半ば興味深さも相まって、彼女を止めるのをやめた……






「──あぁもうダメだ!!」


 モルドラックが天井を向く勢いで一杯呷った後、そう呻きながら机の上に頭を突っ伏した。イエーグナは飲み終えると、コップを、叩きつけるような勢いで机の上に置いた。そのまま上を向くと、曲芸師が火を吹くような勢いで息を吹いた。


「ねぇねぇ、もう倒れちゃうの~?」イエーグナは挑発するように言った。「さっきなんて言ったけ? ケツがなんだって? もう一回言ってみて、もう一回!」


 それだけ言うと、イエーグナは愉快そうに笑い声をあげた。何かを言い返したかったのかもしれないが、モルドラックは突っ伏したまま、ただ呻き声を上げるだけだった。


 顔を上げたイエーグナは右の拳を突き上げたまま、にんまりと笑顔になった。モルドラックとの飲み合いによる勢いとはいえ、彼女のこうした面を見ることは、リベジアンの胸中に喜びを湧き上がらせた。


「立てそうか? イエーグナ」


「ん~? あぁ大丈夫大丈夫。あんまり酔ってないよ」


 リベジアンの問い掛けに対し、酔っぱらいに往々見られるそんな見栄を張りながら、イエーグナは立ち上がって歩いていこうとした。


 ……が、バランスの危うい一歩一歩は、次第に右へとずれていき、ついにそのまま引っ張られるように右側に倒れそうになった。急いでそちらに近づいたリベジアンが支える。


「おいおいイエーグナ……」


「リベジアン!」イエーグナは先回るように言った。「私は酔ってる! そうだ酔ってる!! ちゃんと支えてくれないと歩けないっぽいから、一緒に歩いてくれるか!?」


「はいはい、分かってる分かってる」


「ふふーん。ちゃーんと自分がどんな状態だか分かってるから」


 イエーグナは楽しそうに言った。酔いに酔った彼女は、如何に自分が酔いに負けず、しっかり自我を保てているかを誇示した。普段がどことなく影のある態度でいるので、こうしたイエーグナには、ギャップもあって、リベジアンには面白く感じられた。


「さぁリベジアンこのまま立って……」


 そう言ってリベジアンが立たせようとした時、イエーグナは糸が切れたように彼女に寄りかかってきた。受け止めて見てみると、うつむいてほとんど眠りかかっていた。


「どうされます?」いつの間にか立っていた店長が、リベジアンに尋ねる。「休憩室に連れていきますか?」


「いえ、連れて帰りますよ」


 そう言って、リベジアンはイエーグナをおぶった。


「気を付けてくださいね」


「ありがとうございます」


 リベジアンはイエーグナを背負ったまま、店から出ていった。店長はそのまま、イエーグナと飲んでいたモルドラックにも話し掛けていく……


 ──街がオレンジ色に染まるほど、陽がすっかり傾いていた。リベジアンは真っ直ぐ、城へ向かって歩いていく。耳元にはイエーグナの寝息が仄かに聞こえてくる。全体重をかけてリベジアンに寄り掛かっていたが、全くと言っていいほど重くなかった。


 そんな時、イエーグナは小さく、猫のように怠慢に呻きながら、リベジアンのうなじに顔をすり付ける。起きたのかと思って立ち止まったリベジアンだったが、やがてまた静かに寝息をたて始めたのを確認し、愛おしそうに微笑むと、極力体を揺らさぬように歩き出した。

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