イエーグナと国王
「かけてくれたまえ、二人とも」国王がイエーグナとリベジアンに椅子を右手で示しながら言った。「気持ちを楽に、とは私が言って意味があるかは分からぬが、肩肘張らずにリラックスしてほしい」
二人は椅子に尻を下ろすと、そのまま飲み込まれるのではないかと思われる程に沈んだ。リベジアンは少しばかり身体を真っ直ぐに立てたものの、イエーグナは沈むがままに座った。その様には、子どものようなふてぶてしさと可愛らしさの混ざりあったものを感じさせた。無論、二人ともそれと口にはしなかったが。
「さて、イエーグナ」国王が言った。「ここでの生活はどうかな?」
問われたイエーグナは即座に答えず、そっとリベジアンの方を向いた。彼女も、微笑みながら彼女を見返していた。
イエーグナは前を向き、国王の席との間にある机の上の容器に入っているあられを二つ摘まんで口に運んだ。
「ここ入る前に」イエーグナは言った。「無礼が無いようにって言われたんだけど。そんな時、そういう質問にはどう答えれば良い?」
リベジアンはこの返答に、一瞬だけ驚きと焦燥に駆られないわけにはいかなかった。一方国王は小さく、しかしまた楽しそうに笑った。
「もし、無礼とならざるを得ない回答になるのであれば」国王は言った。「それが君の素直な感想なのであれば、気兼ね無く言ってもらいたい」
国王の態度には、イエーグナの言葉を真面目に受け止めたのか、冗談だと受け止めたのかは分からない。しかしどちらにせよ、飽くまで相手と真摯に向き合おうと言う姿勢は見られた。この真面目な様子に、彼女の方が、当てが外れたと言わんばかりの態度だった。
「……そこそこ」
観念したように、イエーグナはポツリと呟くように言った。
「それなりか」国王は机に置かれた紅茶を手に取り、口を少し潤す。「君のここ数日の働きは、リベジアンからの報告やメイド長の評判から知ってる。この城のために、色々働いてくれているようだね」
「暇潰しでね」
「だとしても」国王はあられを二つ取り、口に運んで咀嚼をし、飲み込んだ。「君の働きには、色んな人が助かっているとも言っている」
「嫌だ邪魔だと言わないだけの礼儀を弁えているだけなんじゃない?」
今度は、国王も流石に苦笑する。リベジアンは優しく、イエーグナの頭にチョップを食らわせた。
「まぁ君への評価の、実際のところがどうであれ」国王は仕切り直すように言う。「君がこの城で、働いてくれていることに代わりはない。少なくとも私にとって、これ程ありがたい事はない」
言われたイエーグナは目を逸らし、頬を右の人差し指で掻く。
「そこで提案なんだが」国王は言った。「もし良ければ、街に出てみたくはないか?」
イエーグナは、少し驚いたように国王の方を向いた。
「もちろん、リベジアンには一緒にいてもらうことになる。しかし、もし君が望むのなら、働いてくれた分の給与から、何か希望するものを購入したり、何かを食べに行っても構わない」
イエーグナは、少し考えるように下を向く。
「今回の件については、君の成果を踏まえた上で、同意を受けた提案でもある。また、街の人々にも、君が外を出歩くことについては伝達済みだ」
この言葉を聞いた瞬間、イエーグナの顔に、影のような不信感が過った。それは、よく見なければ気づけぬ程の一瞬であった。
「……無論、外に出るか否かは君の決めることだ」国王は言った。「私の言いたいことは、もう君は、いつでも外に出たい時に出ても良いということだ。君が必要ないと思えば行く必要もない。全ては、君次第だという事だ」
イエーグナはうつむいたまま、両手の指をいじり合っているのを見ていた。釈然としないものを抱え、言いたいことがいるにも関わらず、また言いたくもないと言わんばかりの様子である。
「少し、考えてみてはどうかな」国王が提案する。「街には色々なものがある。リベジアンも色んなところに行っているから、尋ねた上で計画を立ててみるのも良いのではないだろうか」
この提案に、イエーグナは矢張何も答えない。こうした態度に、リベジアンも少なからず戸惑いが無いわけでは無かった。
少しして、イエーグナは立ち上がり、そのままドアの方へと向かおうとした。
「イエーグナ」
リベジアンは急いで立ち上がり、彼女を追いかけようとする。そして、彼女の腕を掴もうとして、
「……イエーグナ」
国王に声をかけられ、リベジアンは振り返ったものの、イエーグナはうつむき気味に前を向いたままだった。国王は立ち上がっていた。
「本来であれば、たかだか外出一つに、君を呼び出して許可を出すなどという仰々しいやり取りをすること自体、馬鹿げたものに違いない。君を生かすと決めた以上、私の提案していることは、あまりに当然に、君が行ってしかるべきことだからだ」
イエーグナの頭が、少しばかり振り向きそうに、横を向く。
「君の力も含め、私は君に、一つ一つを提供する事しか、それを許容することしか出来ない。今現在において、君に多大な負担をかけていることを、謝罪させてほしい」
国王は小さく頭を下げる。リベジアンは思わず息を飲み、そしてイエーグナを見る。イエーグナは再び前を向き、うつむいていた。
……やがて、さっと勢いよく振り返る。
「あん……国王から言われるまでもなく、私は、自分がどういう立ち位置にいるのかくらい、しっかり分かってる」
「あんた」と言いそうになったのを止め、一瞬、どういう言い回しをすべきかに迷うようにしつつ、イエーグナはそれだけ言った。そして、前を向き、国王の返事を聞くこともなく出ていく。リベジアンも焦り焦り国王に頭を下げると、急いで彼女を追い掛ける。国王は、そんな二人を見送った。
──リベジアンはすぐ、イエーグナの隣に辿り着いた。そんなことに構うこと無く、イエーグナは前を向いたままどんどん進んでいく。リベジアンは彼女の方を向きつつ、何を言うべきかについて迷っていた。
「……国王っていうのは」イエーグナが口を開いた。「とっても思い遣りに溢れて、心が優しいんだね。鼻についてうんざりするくらい……」
どこか疲れたような、寂しげな微笑みを浮かべてイエーグナは気だるげにそう言うと、そのまま立ち止まった。リベジアンも一、二歩前に出て止まり、彼女の方を向く。
「なんかおすすめの店でもあるの?」イエーグナは言った。「私は何も知らないんだから、エスコートはしっかりしてくれるんでしょ?」
先程と違い、イエーグナはハキハキと、いつもの調子を取り戻した様に言った。この態度の突然の変貌に、リベジアンは少なからず呆然とした。しかし、やがて微笑みを浮かべる。
「あぁ。しっかり、おもてなしをさせてもらうよ」




