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騎士と悪魔の輝ける日々  作者: 玲島和哲
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決着

 地響きの鳴る中、半壊した魔王の城の謁見の間に置いて、騎士と魔王が対峙していた。


 騎士たる女──リベジアン・アミールの銀色の鎧は大なり小なり欠落しており、また割れた兜から黄金色の髪が仄かに煌めく。紅を基調とした衣服には生々しい焦げ跡があった。額から流れる血は左目を通過しあごに達すると地面に滴り落ちていく。鼻の下には、拭った血の跡がかすんでいる。


 その左目は閉じられているが、開いた所で空洞でしかない。顔から手から、僅かでも皮膚の露出している所には小さな傷がある。傷口から流れる血によって、身に着けた衣服には黒々とした赤色が滲んでいる。


 そうした満身創痍の有様で、まっすぐに前を見据えるその目は力強い。まるで切り抜いた月を嵌め込んだかの方に白く輝き、瞳は黒曜石のように美しい。右手は締め付けるように刀の柄を握り、向かい側に切っ先を向け、何時でも斬りかかると言わんばかりの様子だった。


 向かいにいる魔王──ディグシーズもまた、ずた袋のようにボロボロだった。三メートルはあると思われるその紫色の巨体の至る所にある傷口からは黒い血が滴り、その扇子の様に大きく開かれた両翼もまた、様々な所が破れている。息こそ上げてはいないが、最早力尽きる寸前であった。


 しかしまた、このディグシーズの黒い瞳もまた、力強くリベジアンを確実に捕えていた。逸らす素振りも見せず、可能であるならその瞳で彼女の命を抉り奪わん勢いであると言っても良い。


 無論、そのような目付きにリベジアンが臆することなどなかったが。


 リベジアンは、刃にそっと手を触れる。すると、刀の切っ先から光を帯び始め、そのまま身体へと伸びていき、最後にはその背中から、あたかもクジャクの羽根のように大きく開いた。その瞬間、光の粒がはじけ飛ぶ。それは、『ギマルアール』と呼ばれる、彼女の有する魔力である。


 対するディグシーズもまた、掌を下に向けて右手を前に差し出す。するとその掌から、紫色の禍々しい電流の様なオーラを纏った魔弾が発生する。触れたもの全てを消し飛ばしそうなその魔弾は、バスケットボールほどの大きさまで膨らんだが、そのオーラの弾ける様子から、どんどん力が籠められて行っているのが分かった。


 一方リベジアンの身体も、発生したギマルアールが身体中から弾けている。その弾ける勢いはどんどん強くなっていく。より濃いギマルアールが、彼女の体を覆っていく。彼女の頑なな瞳にギマルアールの光が柔和に揺動する。


 ディグシーズが右手を胸の前まで引いた。同時に、リベジアンの目も見開く。


 ディグジーズの魔弾とリベジアンの光線が発射されたのは、ほとんど同時だった。二つがぶつかる瞬間、魔弾が一気に大きくなった。


 二つがぶつかった時、リベジアンの身体がほんの少しながら、後ろに後退した。すぐに止まったものの、これ以上は押されぬようにするかのように、左手でも柄を力強く握った。小さく開かれた唇からは固く噛み締められた歯が見える。


 対するディグシーズの顔もまた、強張り出した。明らかに何かを耐えている表情である。砕けることを必死で抵抗することを表すようなその表情。小刻みだが腕も震えてきている。


 リベジアンの身体から、ギマルアールが二発弾ける。すると、今度は全身に力を籠める様に、微かながらも身体を屈めさせた。ディグジーズにもその様子が見え、その顔に不審さが浮かぶ。


 ……突如、リベジアンの後ろで揺らめいていたギマルアールが勢いよく爆発して一気に盛り上がる。そこから更に数本が、龍のように伸び上がり、その頭部を地面に向けたかと思うと、一気に突進し、そのまま貫いていった。


「!!」


 ディグシーズは驚愕した。彼のほうに向かってきているのだろう、地面を貫いて、次々とギマルアールが点々に噴射していく。リベジアンの身体に、ギマルアールの力の行使の影響による、血管のような模様が走る。腕や顔から、小さく血が噴き出していく。


 ディグシーズの顔に焦燥が浮かぶ。しかしどうすることも出来ない。力の全てを、リベジアンへの攻撃に費やしているからである。


 やがて辿り着いたギマルアールの先端部分が、ディグジーズの足元から飛び出し、強い勢いでディグシーズの身体を、次々と左右から貫いていく。


「ぐぅぅぅぅぅ……か、はぁぁぁ……!!」


 ギマルアールに身体を貫かれ、ディグシーズは明らかな苦しみの様子を見せた。その苦しみは、一瞬自らの攻撃を意識の外から外す勢いだった。当然、攻撃の勢いは落ちる。


 リベジアンはこの隙を見逃さなかった。力を籠めた雄叫びを上げる。リベジアンの光線はディグシーズの魔弾を貫き、その身体を真ん中から貫いた。ディグシーズは、まるで何が起きたか理解できないといった様子で、自らの貫かれた身体に目をやる。


 身体に空いた大きな穴。その縁が小さく煌めいている。そして、その煌めきは虫が葉を食す様に、その身体を蝕んでいく。煌めきの浸食して行くところから、その身体が消えていっているのである。


 その間、リベジアンもまた、光線を放出した勢いでそのまま前に倒れそうになっていた。虚ろな目をして、意識が飛んでいくのに任せて……というよりも、意識を留めると言う意欲さえ湧かぬという様子だった。


 ……ふと、二人の態度に変化が生じる。


 ディグシーズは口の端を吊り上げ、笑みを浮かべた。そうかと思うと、突如として顔を空に向け、声を張り上げ、高らかに哄笑し始めた。その笑い声にはいささかの陰鬱さも無い。低い声音ながらも、その調子は爽やかと言っても良い。


 些かの絶望も、あるいはそれに対する抵抗も、諦念も、自暴自棄もない今自分の身体に進行している「死」を、受け入れるどころではない、どこか歓喜するかのような声である。その歓喜には、相手を敬う調子すらあった。


 対するリベジアンは、倒れそうになる身体を、前に突き出した右足で支える。そして身体を起こすと同時に、やはり声を張り上げて、空に向かって絶叫した。それもまた、絶望やその類の物とは無縁である。代りにあるのは、ただただ生にしがみ付こうとする、強烈なまでの意志、あるいは欲求だった。


 自らの中から意識が無くなって行くのを、ほんのわずかに感じた。そしてその感覚を頼りに自らの意志を復活させ、消えかけた、その場から去ろうとした意識を一気に取り戻さんとして、ほとんど無意識の内に出た叫びだった。勝利のそれではない。そもそも、敵がどうなっているか、その時点で確認できていないのである。


 絶叫と哄笑。この二つが、崩壊寸前の城のなかで響き渡る。それらのために、城が崩壊するのではないかと思われるほどである。


 しかし、やがて哄笑だけは消えていく。ディグシーズの敗北は決定的であり、だれにも止められない。そうして、その消えゆく瞬間にまで、哄笑は響いた。やがて哄笑が消えても、絶叫だけは響き続けた。


 力強く、勇ましく、生命に満ち溢れた叫び声……


 ──約三十年に渡る、アーリガル国と魔王ディグジーズ軍勢の勝負が、そして、ディグジーズによる、アーリガル侵略の野望が打ち破られた瞬間であった。

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― 新着の感想 ―
最期を迎えても堂々としているのはかっこいいですね。思わずディグシーズのほうに感情移入しちゃいました。
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