インタールード①(残虐)
三日月理人は、巫琥珀を自分のものにすることを決意した。
それを決断するまでに長い熟考はかからなかった。
かかるはずがない。
だってだってずっと探していた。
ずっと会いたかった。
けど、まさか向こうから会いに来てくれるだなんて。
教室に入ってきた時は目を疑った。なんせ、彼女と過ごしたのは十年近く前のことだ。けど、すぐに彼女だと分かった。身体は女性っぽく成長していたけれど、鮮やかに輝く金髪と飴色の宝石のような双眸は、あの頃と何も変わらない。
三日月は一眼レフカメラの中にいる色んな彼女の写真を見つめて、溢れ出る情動に身悶えし、あまりの可愛さに溜息を漏らした。
ああ、早く会いたい。
会って、会えなかった分、彼女のすべてを堪能したい。
でもまさか、弱い者いじめをしていた女が持っていたカメラにこんな写真が収められていたなんて……。もしかしたらボイスレコーダーにも琥珀の声が残っていたかもしれないと、壊してしまったことを後悔する。でも欲しいものは自分で掴み取るに限るというものだ。
「さてと」
三日月は、目の前で横たわる佐伯紀香を見下ろした。
昨日は、佐伯を誘拐し監禁することが目的だったので、殺すまでには至らなかった。だが、今日は違う。罪を償わせるために殺すことを決めていた。
彼女はかぶりを振りながら、少しでも三日月から離れようと身を捩る。
「たす、け……て」
恐怖に震える声は教室で威勢よくいじめていた声と随分違う。
「誰も助けに来やしないよ。楽しそうにいじめていた加害者が」
「もうしないって決めたの……美咲さんとも仲直りしたの。だから、そのカメラ、返して……彼女のものだから」
「へえ、それはいい事、聞いちゃったな。じゃあ、この写真を撮ったのは美咲さんなんだぁ。僕の琥珀と親しい間柄にいるってことだよね」
三日月は企むように口の端を吊り上がらせた。
それに彼女は震える心を叱咤するように、息を吐いて言う。
「きも……」
「は?」
佐伯の言葉に三日月の表情が豹変する。
「もういいよ。更生したつもりでいるみたいだけど、お前は人を傷つけた。生きていても害でしかない……そんな奴は死んだ方がいい」
正義の味方は悪を排除する。琥珀がそうするように三日月もそうする。
「や、やめて。ごめんなさい、ゆるしてください……」
懇願する声は震えていた。きりっとした目は涙で滲んでいる。後ろ手に拘束されているせいで、身じろぎをすることしかできないのだろう、彼女は芋虫のように床を這おうとする。乱れた髪は醜い色をしていた。染められた髪の毛は見ていて不快だ。金髪に混じった黒髪。移り変わるように根本から黒髪が生え始めていた。地毛である金髪とは大違いだ。こんな人間が琥珀と同じ髪色にしているのが赦せない。
憤りが三日月を急かす。
椅子から立ち上がった彼はナイフを抜いて、微かな灯の下、鋭く煌めく先端を、佐伯に見せつける。
彼女の双眸が驚愕に見開かれた。
「いや……。ごめんなさい。傷つけたなら、謝るから……っ!」
甲高い声は耳に響いて耳障りだ。金切り声で喚く彼女はのたうち回る。
「謝れば済むと思ってんのか。よくこんな状況でキモイだなんて言えたな」
彼女の腕と脚は赤いロープで拘束されている。スタンガンで意識を失っている間に、抵抗できないように縛りあげたのだ。
「いや、誰かっ! 助けて……っ! 剣崎さん……、死にたくない!」
「残念だけど、お前の声は誰にも届かない」
ここは防音設備が整った部屋だ。こんな場所で騒ぎ立てたところで、異変に気付く者は誰一人いない。
「恨むなら平気で人をいじめてきた自分を恨みな。僕は悪いことをする人間が大嫌いなんだ」
三日月は佐伯の傍らに跪いた。
佐伯が身体を暴れて必死に助けを叫ぶ。
ナイフを振りかぶる。
三日月は躊躇なくナイフを振り下ろした。
声にならない彼女の悲鳴。
刃先がうまく沈んでいかず、馬乗りになって、何度も何度も突き刺していく。
セーラー服は彼女の血で薔薇みたいな刺繍がいくつもできていた。
人を、直接、殺すのはこれが初めてだ。
柔らかそうな肌だったから、豆腐みたいに沈んでいくのかと思ったけど、うまくいかなくて少してんぱってしまった。
やっと深いところまで貫くことができて安堵する。
だが刺し過ぎたせいで、彼女の身体はとっくに大人しくなっていた。微かに痙攣を繰り返して、唇は喘ぐように何度も動く。
何か言っているのかと思って、彼女の口元に耳を近づかせた。まだかすかに息があった。
「なに、どうしたの?」
「ぁ、ぁっ、ゃ……」
どうやら駄目みたいだ。血の気を失って、何も話せないくらい意識が朦朧としている。
「お前なんか、死んでも誰も悲しまないから。とっとと死んで地獄にでも落ちてろよ」
ナイフをずるりと引き抜いた。
弱々しい噴水のように、赤い血が溢れて、三日月の頬に噴きかかった。
「最悪、汚れたじゃないか」
佐伯は顔を歪めて、断末魔のように小さく呻いた後、事切れた。
三日月は立ち上がる。
案外、あっけない終わり方だった。
佐伯の虚ろな目が、三日月を見た。
「なに、見てんだよ」
三日月は佐伯の顔面を何度も踏み付けた。
いつの間にか顔は原形が留めないほどぐちゃぐちゃになっていた。
どうやら自分は興奮していたようだ。
いけない。いけない。
巫琥珀という心に決めた女の子がいながらこんな醜悪なものに夢中になるなんて。
「琥珀、僕の心は君のことしか見ていないから安心してね」
三日月はシャワーを浴びるために風呂場へと向かった。
ぬめり気のある血の感触は思っていたより気持ち悪くて、身体がむず痒かった。
早く洗い流して、早く帰ろう。
もう夜も遅い。
この家には赤いものがたくさんある。彼女を運んだ大きな赤いキャリーケース、くつろぐための赤いソファ、そして彼女の手足には赤いロープが巻かれている。おまけに溢れ出た血液も赤い。この家を提供してくれた紅い目をした女性には申し訳ないが、燃やして全部なかったことにしよう。
そしたらすぐに家に帰って、夜通し、写真の鑑賞会でもしようと思う。
思いがけない形で戦利品を手に入れることができて、三日月の心はすこぶる機嫌が良く、髪を洗いながら鼻歌を口遊んだ。




