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天命の巫女姫  作者: たけのこ
序章 昔日
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0―8 追憶④

「お! あともう少しで指が生えそう」


 未だに信じられないが、蜥蜴の尻尾みたいに生えてきた指を見て自分が普通の人間ではないことを認識する。細胞も神経も筋肉も爪の繊維まで元通りになろうとするこの身体の修復能力に雄臣は驚く。治りかけの肘を折り曲げ、再生進行中の傷口を見た。


「うわっ、間近で見るとえぐいな」


 断面図から無数に飛び出している細く小さな血の触手――神経のようなものは、互いにひしめき繋がり合って自分の血肉になろうとしている。


 雄臣は自分の身体だからか、手と足はあと十五分もすれば、完全に元の姿に戻るだろうと漠然と思った。それを見越してか白雪は雄臣に気を配る。


「あなたはこの先一人でどうするのですか? 他の村に頼れるような方はいらっしゃいますか?」

「いや、実は僕、この村の人間じゃないんだ。ちょっとわけあって色んな村に訪問していて……それでたまたまさっきの男が住民を皆殺しにしているところに鉢合わせてしまって」

「そうでしたか。迷いの森を一人で……ではあなたの親族は無事なのですね。それは良かったです」


 少女はまるで自分のことのように安堵の念を抱いた。対して、雄臣の心には今更になって恐怖の波が押し寄せていた。


「大丈夫ですか? どこか気分が優れませんか?」


 血と泥がついたグローブを外した少女の右手が雄臣の震える腕に触れた。


「大丈夫、ありがとう。ちょっと、僕がいなくなってたら大事な妹を一人にさせていたと思って、今更その実感が湧いてきたんだ。それで少し怖くなった」

「……タケオミは素直で妹思いの優しい人間なのですね」


 白雪はどことなく優し気な眼差しを雄臣に向けた。


「ですが、そんなあなたが妹を一人置いて、森の中で行方不明になるかもしれないというのに、なぜ別の村に赴いているのですか? 私にできることは限られていますが、良ければそのちょっとしたワケを聞かせてもらってもよろしいですか?」


 その投げ掛けに雄臣は一切迷わなかった。それどころか、淡い期待さえあった。一年間、どんな村のどんな人間に訊ねても分からなかった妹の不老の原因を、人間とは一線を画す存在であるこの白無垢の少女ならば何か知っているのではないかと思った。


「実は妹が十年ぐらい前から、突然歳を取らなくなったんだ。僕は普通に大人になっていくのに、妹だけ顔立ちも背も何もかも幼いままで……。だからまた何か別の病気なんじゃないかって思って、その原因を知っている人間がいないかあちこち探し回っていたんだ」


 雄臣はこの少女を唯一の頼みの綱として今までの経緯いきさつを包み隠さず、全て打ち明けた。


「……」


 終始聞いていた白雪は張り詰めた表情で黙り込んでしまった。その長い沈黙は、何を意味するのか。雄臣の手と足が完全に治っても未だに続いており、あまりにも難しい顔をしているから声を掛けることも躊躇われた。


 雄臣は空を見上げる。


 空はもう墨色に染まり、星がちらほら見かけられた。


(さすがに早く帰らないと美楚乃が心配する)


「……タケオミ」

「は、はい」


 ただならぬ空気感と白雪の険しい口調に、思わず雄臣は正座した。


「一先ず、あなたの魔力を切除するのは妹さんに会ってからにしましょう。確認したいことができました」

「え、あ、はい?」


 具体的な理由は愚かこちらの是非をも問わない辺り、これは絶対のようだ。


「では行きましょう。私があなたを抱えるので、あなたは家路までの道のりを指示してください」


 すると白雪はもう片方の白のグローブを外し、立ち上がった。


「この通りひどく汚れていますがご了承ください」

「いや、そんな小さい身体じゃいくらなんでも」

「いいえ、心配無用です」

「うわわっ。ちょっと――」


 白雪は軽々しく雄臣を持ち上げた。いつもなら寝落ちした妹をベッドへ運ぶのは雄臣の役目なのに、そんな妹よりも小柄な女の子に抱きかかえられていることに、驚きと恥ずかしさで頭がついていかない。


「さあ、あなたの帰りを待つ妹さんはどこにいらっしゃいますか?」

「いや、本当大丈夫だから。一人で歩けるから」

「そうですか。ならば脚の一つでもへし折りましょうか」

「っ⁉ 分かった。分かったからそれだけはよしてくれ!」

「……冗談ですよ。ですが観念して下さい」


 無表情で言うから本当にやるかと思った。


「分かったよ……。えっと、たしかここから家だと……四時間以上、南南東をひたすらに、名無しの村を六つ超えた先にある小さな村から少し離れたところに」

「承知。では私にしっかり掴まっていてください」

「え?」

「でないと振り落とされますよ」

「わわっ。うわああああ」


 次の瞬間、白雪は足音一つ立てずに疾走した。


 目に映る景色が一瞬にして村から森に切り替わる。


 自分よりも重いであろう男一人分の体重を抱えておきながら、彼女は有り得ない速度で森の中を走り、目的地を目指す。


 流麗な脚運び、風で靡く白の髪。一切乱れない呼吸にブレない体幹。立ち止まることなく走り続ける無尽蔵の体力。


 森を抜け、丘を追い越し、次の村を渡っていく。


 そして、雄臣が四時間以上かけて訪れた道を、白雪はその半分二時間経つか経たないかの時間で雄臣を家に運び届けた。



 街の外れに佇むのは二人暮らしには大きい赤煉瓦の家。

 その前で降ろされた雄臣はまるで路面電車に乗ったかのような爽快感があった。


「あのままあなたが歩きで帰ると言って引かなかったら、こんなに早くは帰れませんでしたね」

「ああ、本当驚いた。これも魔力のおかげなのか?」

「はい。個人差はありますが魔力を持つ人間は身体能力に長けているのが特徴的です」

「(じゃあ、僕もあんな風に走れるのか?)とにかく助かったよ。ありがとう」


 お礼を言いつつも妹を長い間待たせているため、雄臣は急いでドアの取っ手に手を掛けた。


「……ただいまっ。美楚乃」


 ドアを開けるや否や、美楚乃は慌ただしい足音を立てながら玄関へ向かった。


「兄さま兄さま兄さまっ! どこまで行ってたの? 夕方までには戻るって言ったのに」


 美楚乃は目に涙を浮かべて、雄臣を迎え入れた。


「ごめん。ちょっと色々あって」

「色々ってなに? どうしてズボンも服もそんなにボロボロなの?」


 切断された箇所である腕と脚は再生したが、服装までは復元するわけもなく、袖まであった服は中途半端な長さしかなく、下半身に至ってはズボンではなくショートパンツと呼べる短さである。


「えっと、これは……」


 問い詰められて困ったが言えるわけもなかった。だから美楚乃には申し訳ないけど、嘘をつくことにした。


「その、怪我したんだよ。崖から落ちて、飛び出た枝に服が引っ掛かってさ――」


 それを聞いた美楚乃は突然抱き着いてきた。


「わっ、どうし――」

「もうそんなことしなくていい! 兄さまに危ない思いさせるくらいなら、わたしこのままでいい!」

「美楚乃……」

「わたし、兄さまのおかげでこんなにも元気だよ? もう心配しなくて大丈夫だよ?」


 背中に回した美楚乃の腕がぎゅっと雄臣を抱き寄せた。


「わたしはもっと兄さまと一緒にいたいよ――」


 美楚乃は涙を流しながら溢れん思いを、溜め込んでいた思いを、さらけ出した。


「ごめん。心配かけて」


 雄臣は膝を付き、泣き出してしまった美楚乃を宥めるように優しく抱きしめた。


「うう、兄さまぁ」

「ああ、ここにいるよ」

「うん……」


 少しして雄臣の胸の中で落ち着きを取り戻した美楚乃は何かを発見したような素振りを見せた。


「に、兄さまっ。う、後ろに、お人形さんがいるっ!」


 お化けでも見たかのような素振りで、美楚乃は雄臣の背後を指さした。


「あ……うん」


 雄臣の背後で隠れるように美楚乃の様子を窺っていた白雪は、雄臣がしゃがみ込んだことで美楚乃の視界に映り込んでしまったようだ。


「えっと、人形じゃないんだ」


 雄臣が言うと、白雪は呼応したように腕や脚を動かした。


「わっ、動いた!」


 まだ人形だと思っているのか、微かな動きにも驚いた反応をする。


「うん。怪我したところを助けてくれた命の恩人なんだ」

「そ、そうなの?」

「はい。そうです」


 美楚乃が問いかけると、白雪はそれに答えた。


「わっ、喋った!」

「ほら、人形じゃないだろう?」

「う、うん」


 じゃあ、これは何なんだ、と言いたげな表情で美楚乃は雄臣の腕から離れようとせず、その見知らぬ少女を猫のようにじっと観察している。まあ、美楚乃は自分と年頃が近そうな子を初めて見るし、戸惑うのも無理はない。


「大丈夫だよ。美楚乃と同じ女の子だから、怖くない」

「……うん」


 雄臣の傍から離れた美楚乃は、恐る恐る自分よりも小さな女の子へ距離を縮めていく。


「つ、つん」


 美楚乃は人差し指を伸ばし、白雪の少し汚れた頬に軽く触れた。


「温かくて柔らかい」


 好奇心の強い美楚乃は、一度喋ったきり動かない未知なる女の子に興味を抱いた。


「わぁ。すごく綺麗な目。宝石みたい。……でもどうして片方だけ黒い布、つけてんだろう? オシャレかな?」


 心惹かれた美楚乃は白雪の透き通った瞳を目と目が重なるくらいの距離で観察する。


「ねえ、髪もどうしてこんなに白いの? サラサラでツヤツヤ。いいなぁ、わたしも黒じゃなくて白がいい」


 白雪の後ろに回った美楚乃は、彼女の白くて長い絹糸のような髪を指ですいている。


「美楚乃、初対面の人にあんまベタベタ触っちゃいけないよ」

「あ、ごめんなさい」


 美楚乃は即座にペコリと頭を下げた。


「いいえ。問題ありません。あなたはミソノという名前なのですね」

「! うんっ。そうだよっ! あ、あなたは?」


 白雪は若干視線をずらして雄臣の顔を窺った。おそらく自分が考えた作り名を使っていいか確認したいのだろう。雄臣は頷く。


「私の名前は白雪と言います」

「へえ、白雪って言うんだ。ピッタリで素敵な名前だね」


 美楚乃はニコリと微笑み出し、白雪の手を取った。


「ねえねえ。お風呂沸かしてあるから一緒に入ろっ! あとご飯もっ!」


 一瞬にして不信感は解け、まるで親しい友人であるかのように接する。


「美楚乃、迷惑かけちゃ駄目だよっ」

「ぶぅー、でも、服とか顔とか汚れているし、兄さまを助けてくれた恩人なんだから、お礼をするのは当たり前でしょ? 白雪ちゃん、いいよね?」

「私は構いません。ですが少しあなたのお兄さんとお話があるので、ミソノは先に行っていてください」

「うんっ。分かった。着替えとか用意して待ってるねっ」


 ルンルンルンと。

 美楚乃はさっき泣いていたのが嘘であるかのように嬉しみが仕草に現れていた。


「すまない。妹が勝手なことを。多分同じ年頃の子に会えてすごい嬉しいんだと思う」

「年の頃……そんな風に見えますか?」

「え。……まあ、うん。外見は幼く見えるかな……」

「そうですか……」


 幼い容姿を気にしているのか、白雪は何となく納得していないような感じだった。


「でも本当にいいのか?」

「? 何がですか?」

「うちの妹に付き合ってもらって」

「それについてはむしろ好都合です。実際、彼女に触れて見なければ不老の原因が明瞭にはならなかったので。……彼女から密着できる状況を作り出してくれてよかったです」

「あ、あの痛いこととか、怖がらせることは……」

「そんなことにはなりませんから、ご心配なさらず」


 言うと白雪は玄関口でブーツを脱いだ。と同時に纏っていた古風な白黒のドレスを跡形もなくすべて消し去った。


「ちょっ、なにして⁉」

「? 彼女の前では普通の人間として振る舞いたいと思いまして。私が着ている衣服はすべて魔力を帯びさせた模造品なので、私の身体から離れた時点で消えてしまいます。ですから彼女の前で脱げば驚かせてしまうかと」

「だからってこんなところで、白雪は恥ずかしくないのか?」

「恥ずかしい? 肌着一枚纏っているのですから何とも思いません」


 雄臣は頭をかいて唖然とする。妹の下着姿はこれまで何度か見たことはあるが、それとこれとは違う。感情を煽り立てられそうになる格好。胸元に黒のリボンがあしらわれた白のベビードールは、彼女の色白とした肌と相まってまるで裸みたいだった。


「分かった。分かったから早く浴室に行ってくれ! 浴室はそこのドアだから」


 雄臣は必死に目を逸らし、玄関から居間に続く廊下の途中、風呂場に通じるドアを指さした。


「タケオミは照れ屋さんなのですね」

「この場合、照れない方が可笑しいだろっ」

「そうなのですね、私にはよく分かりません」


 言って、白雪は雄臣が案内した場所へ歩を進めた。

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