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天命の巫女姫  作者: たけのこ
序章 昔日
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0―7 追憶③

 白と黒のドレスを纏った女性は、周りを見渡し、何かを探しているようだった。生存者でも探しているのだろうか。なら早く――。


「たす、けて」


 雄臣は今出せる精一杯の声を口にした。こんな遠くで死体と殆ど変わらない姿だけど、女性は気付き、そして即座に雄臣の元へ駆け寄った。


「……。ひどい、ひどすぎます。こんなの、人がすることじゃない、です」


 あまりに白くて、それと視界がぼやけていたからはっきり見えなかった。

 だから凛々しい声からして大人の女性かとそう思っていた。

 けれどそれは妹よりも背が小さくて幼い顔をした少女だった。

 散らばった肉塊を見て、少女は落胆するように座り込んだ。


「っ、申し訳ありません。私がもっと、もっと早く駆け付けていれば、貴方達を救えていたはず、全部私の責任です。ごめんなさい」


 悲壮感に満ちた言葉は雄臣にだけではなく、死んだ町の住民に向けたものだった。


「うう、ううぅ」


 少女は肩を細かく震わせ、誰にも気取られない様子で静かに泣いた。天を仰いで悔しそうに泣いた。

 雄臣は分からなかった。

 悪いのはあの男で、助けようとしたのはこの女の子なのだから助けてくれた彼女が謝ることなんて何一つないのに。

 だから、助けられなくても非を感じることなんてないはずだ。


「……君は、悪く、ない」

「え――」


 少女は目を見開き、睫毛についた涙を手で拭った。少女は雄臣を覗き込むように顔を近寄せた。どうやら死んでいると思われたらしい。


「……生きている」


 その潤んだ右目は水晶のように透き通っていた。対して、怪我でもしているのだろうか、左目は黒い眼帯で覆われている。


「……でもその怪我じゃ……」


 少女は拳を握りしめ、唇を噛みしめた。どうにかして助けたい思いと助かるはずがないという現実で葛藤しているようだった。


「…………いえ、見過ごすわけにはいきません。絶対、助けます。この際、致し方ありません。一か八か私の魔力で――」


 少女が何やら決意し、雄臣の胸部に触れようとした時――。


「いや、僕は生きるよ。何だか死ぬイメージが湧かないんだ」


 雄臣はなぜか条件反射のようにそんなことを呟いていた。


「――」


 少女は驚いているようだった。


「これは……」


 四か所の切断面から大量に噴き出ていたはずの血はいつの間にか止まり、燃えるような痛みは治まり、斬られたはずの腕や脚は若干ではあるが少しずつ復元され始めていた。


「貴方も魔法使いなのですか?」

「魔法、使い?」


 おとぎ話の中でしか聞いたことのない名称で認識確認されるとは思っておらず、雄臣は戸惑いの声を漏らした。


「その様子だとまだ自分の力に気付いていないようですね」

「それはどういう……」

「あなたの身体なのですからあなたが一番存じていると思いますが、普通の人間であれば、あなたはとっくに死んでいます。それに、その驚異的な治癒力。骨や筋肉をも復元させるほどの魔力が体内に流れ込んでいる」


 少女は雄臣の身に起こっていることを説明しつつも、少し困惑しているようだった。


「じゃあ、僕はあの人殺しと同じってことですか?」

「魔力があるという点では一緒です」

「……その、魔力があるのは悪いこと、ですか?」

「魔力それ自体は悪いものではありません。ですが、強大な力であるが故、その力に溺れる者が殆どです。……ですからあなたの魔力も私が持つ刀で取り除かなくてはなりません」

「何だってこんな僕が。その、魔力を取り除いても死にはしないのか? 僕には妹が……」

「はい。死にません。本来そのようなものは不必要であり、私が持つ刀は特別性なので致命傷を負うこともありません」

「でもやっぱり怖いんだけど。その実際刺されるようなものなんだろう?」

「もしかしたら痛みを感じるかもしれませんが安心してください。……と言っても今出会ったばかりの者にそんなことを言われて了承するのは難しいですね」

「いや、そんなことはない。救ってくれたことが何よりの信頼だ。君にとってこれはやらなくちゃならないことなんだろ? よく分からないけどさ」

「……」


 返答はなく、少女はなぜか不思議そうにじっと見つめていた。


「ど、どうかしたか?」

「いえ。何でもありません。私も極力丁寧に優しく行います……それともずばっと一気にやってしまった方がよいでしょうか」


 急に物騒な問いかけをされて、冗談でも怖い。


「いやいや、優しく頼みます」

「承知致しました。では魔力の摘出はあなたの傷が癒えてから行いますので。少しばかりゆっくりお休みになっていてください」


 すると少女は立ち上がった。

 そして周囲を見渡して、再度こちらの方を見た。


「あなたの身体が再生するまでの間、私は殺された住民を弔いますので」


 悲しそうにそう告げて、少女は死体の回収に取り掛かった。

 一体あの子は何なのだろう。あの子も魔法使いなのだろうか。

 雄臣は首を横にして少女の一挙手一投足を見た。

 少女はグローブの手を真っ赤にしながら、頭の天辺から足の爪先まで細かく両断された人間の肉塊を、拾っては運び、拾っては運び、を繰り返していた。

 誰のものかも判別できない骨、人のものかも認識できない肉の欠片を一つ残さず一か所にかき集めている。

 ただひたすらに不謹慎だがまるでお宝を探す子どものような無我夢中さで。

 少女はしゃがみ込んだ。

 そして今度はその小さな手で固い土を懸命に掘り始めた。


「……」


 傍から見ればその少女は多分、この世で一番白が似合う綺麗で可愛らしい生き物だと思うだろう。

 ただそんな外見は本人からしたらどうでもよいことらしい。

 その白くて長い髪は結わえないから地面についているし、汚れた手で頬や額の汗を拭うし、やっぱりどこかのお城のお姫様みたいな彼女がこんな血みどろな世界にいるのは場違いである。

 けれど、本人は気にすることなく、掘り続ける。

 大事なのは自分ではなく、他人であると言うかのように。

 そうして数十人の遺体を埋めるために、少女は休むことなく二十個近くの穴を掘った。

 身体中、血と泥で汚れながら。

 しばらくした後、少女は死体を埋葬し、手を添え鎮魂の祈りを捧げていた。


 

 埋葬が終わるまで目を逸らさず少女のことをずっと見つめていた雄臣は、空がいつの間にか茜色に染まっていたことに気が付かなかった。

 だから自分の四肢がくるぶしまで修復されていることにも気が付かなかった。


「どうやら、もう少しで立ち上がれそうですね」


 雄臣の近くでちょこんと座った少女は全身血と泥で汚れていたが、吐息は付かないどころか疲れた表情も一切見せなかった。


「……魔力ってのは万能なんだな」

「あなたの魔力量は魔法使いの中でも群を抜いています。八つ裂きにされる程の重傷を負っておきながら、半日も経たずにここまで完治する者を私は見たことがありません」

「……そうなんだ」


 少しの空白が続く。自分の怪我が治らない以上、少女がここを立ち去る理由もないため、彼女はずっと雄臣を観察するみたいに見つめていた。


(……なんか、気まずいな。名前とか聞いてもいいのかな? 幼い顔してるけど、歳は幾つなんだろう? あ、でも失礼だよな。じゃあ、何処から来たんだろう? 魔法使いって言っていたけど、実は昔からいたってことなのか?)


 雄臣は少女に対して様々な疑問を抱くが、いずれも聞いてよいものか悩む。聞けばいいものの、人と思えぬ美しい容姿に、戦うための装いからして普通の人間ではないことは明らかで、質問に答えてくれるとは思わなかったからだ。


「……。あ、そうだっ! そんなことよりまだちゃんと言えてなかった」

「? 何でしょう?」


 少女は小首を傾げて聞いてきた。


「助けてくれてありがとう」


 雄臣は端的に感謝の言葉を口にした。


「……」


 少女は再びおかしなものを見るみたいにじっと見てきた。


「ど、どうしたの?」


 何かおかしなことでも言っただろうか。


「いえ、初めてそのような言葉を貰ったので、どんな顔をすればよいのか少し戸惑いました。ですが礼には及びません。それが私の責務ですから」


 少女は表情を変えず、機械のように振る舞った。

 それがこの子の素なのかどうかは分からないが、雄臣はもう知ってしまっている。

 相手が傷つけられれば、この上ないほどの怒りを露わにし、その相手が死ねば、この世の終わりであるかのように絶望し涙を流すことを。


「……あなたのお名前をお聞きしてもよいですか?」

「僕は雄臣。閻椰雄臣だ」


 雄臣は少女が自分に関心を示してくれたみたいで少し嬉しくなった。


「タケオミ……」


 少女は片言にその名を反復した。


「君の名前は……訊いてもいいかな?」

「……名前はありますが、気に入らないので伏せておきたいです。名前を訊いておきながら申し訳ありません」

「そっか。気に入らないなら仕方ないよな。でもなんて呼ぼうか。二人称が君じゃ味気ないし」

「いえ、君で問題ありません。あなたと私がこうして話す時間はこれが最後だと思いますから」


 彼女は幼いながらも大人びた口調で冷めたことを言う。


「白雪っ!」

「? どなたのお名前ですか?」

「やっぱりさ、君呼びはちょっと僕が納得できないから、君は今日から白雪、そう呼ばせてもらうよ」

「……」


 少女は三度じっと見つめてくる。もしかして嫌だったりしただろうか。


「タケオミは親し気で頑固な人間なのですね」

「え、そうかな」


 怒っているようには見えないが、表情や声音から彼女がどう思っているのかいまいちよく分からない。


「もしかして嫌だった? そうだよね。初めて会った生みの親でもない他人に、勝手に名前をつけられてもいい気はしないよね」

「いいえ、悪い気はしません」


 少女はほんの若干どことなく頬が緩んだように見えた。


「あ、本当? ならよかった」


 少し笑ってくれたみたいで雄臣も笑った。

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