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天命の巫女姫  作者: たけのこ
2章 禁断の飴玉
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2―24 黒服の男

 陽は完全に沈みきり、舗装が所々剥がれた雑草道は市街地よりも夜の色が濃い。しんと静まり返った道、夜の暗さを雨音が酷く騒がしくさせる。夜の雨は冷たく、傘にぶつかる雨は痛く、夏の名残のような生温い夜の空気はもうどこにもなかった。傘を差し片手にもう一つの傘を携えながら陽玄が歩いていると、雨に晒された琥珀が道の真ん中に立っていた。

 びしょ濡れになったパーカー。しっとりと濡れた金の髪。その髪が頬に張り付いて雨粒が滴る。唇は少し青かった。顔を顰めて、きつく瞼を閉ざしている。


「巫さん」


 声を掛けると伏せた長い睫毛が開く。こちらに気付いて、表情は少し明るくなった。互いに歩を進めて手が届く距離で立ち止まり、陽玄は差していた赤い傘を琥珀に手渡した。


「ありがとう」


 陽玄は持っていたもう一つの黒い傘を差した後、口を開く。


「千幸ちゃんの父親とは……」

「終わったよ」


 そう一言、琥珀はそれだけを口にした。


「……そう、ですか」


 戦いの終わりは一人の少女の命の終わり。

 お互い歩き始めることもせず無言の状態がしばらく続いた後、琥珀が呟いた。


「……君もあたしもこうする他なかった。君だってこれが最善な選択だと思っているんでしょ?」


 選択は間違っていないと琥珀は同感させるように問いかける。


「けど、やっぱり苦しかった。彼女にはもっとやりたいことや知らないこと、数えきれないくらいの希望で満ちていたはずなんだ」


 陽玄が複雑な表情を浮かべて言うと、琥珀は陽玄の肩にそっと手を乗せる。


「あたしたちはこうして生きている、これからも生きていく。千幸ちゃんの分までしっかり生きていく、それだけだよ」

「……ああ」


 琥珀の言う通り生きているものにしかできないことはある。生きているものは見届けることができる。そして、記憶として留めて置くことができる。


「僕は千幸ちゃんと過ごした日々を忘れない。彼女の生きた証を、絶対忘れない」


 千幸との別れに踏ん切りをつけた陽玄に琥珀は頷きを返す。

 だがその時、彼女の表情が何かを見て険しくなった。

 視線は一直線上。陽玄が背後に目をやると、そこには黒い、喪服のような外套を身に纏った男が立っていた。


「――――」


 ぴくりとも動かない様は地蔵のようで存在すべてが不気味である。そんな男は他を寄せ付けない異質な雰囲気を漂わせていて、何かに苛まれたかのような険しい表情で、琥珀を観察するように凝視している。

 彼女は眉を顰め、睨みつける。次の瞬間、不愉快だと言わんばかりに右手に刀を具現化させた。すると男は、ほう、と微かに笑って、夜の闇に消えて行った。


「あの男は……」

「……。知らない。ただすごく厭な感じだ……」


 刀を霧散させた琥珀は苦虫を嚙み潰したような表情で小さく答えた。雨はさらに勢いを増し、辺りを夜の海のように真っ黒にさせる。

 琥珀は立ち尽くしたまま男が立っていた場所を苦々しく見つめていた。

 月も星も見えない空の下、雨は止むことを知らない。

 問題は解決したかのように思えたが、すっきりしない結末を迎えた。

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